第19話 隠し通路の先

 翌朝、わたし達は目を覚ますと、軽食を摂ってすぐに出発する。

 しかし、その後の道中でも、相変わらずアンデッドの魔物が襲ってくる一方で、那月さんが指摘した通り、素材や宝は見つからなかった。


「そろそろ最深部かな? やっぱり何も見つからないね」

「そうですね。次の空間で行き止まりの様ですけど、多数の魔物の気配がありますから、気を付けて下さい」

「りょーかい、どんな奴?」

「比較的小さめで、生物の様に感じます」

「なら、ジャイアントバットかもね」

「蝙蝠ですか……。斃す事を考えると、厄介かもしれません」


 実際に広い空間に出てみると、そこは大きな蝙蝠の魔物――ジャイアントバットの巣窟となっていた。

 わたし達を警戒してか、手前のものが飛び交い始める一方で、奥のものはまだ天井に留まったままじっとしている。

 彼らが縦横無尽に飛び交う様になると、攻撃を当てるのは難しくなるから、一網打尽にするなら今が好機だろう。


「フミナ。今がチャンスだから、一発かまして」

「分かりました。凍りなさい――[氷結霧フローズンミスト]」


 わたしがほぼノータイムで唱えた[氷結霧フローズンミスト]は、そのままジャイアントバットの群れを包み込むように広がっていく。

 次いで、凍ったジャイアントバットが落下したのか、氷が地面に落ちて砕けた様な音が聞こえてきた。

 しばらくして、わたしが[氷結霧フローズンミスト]を解除した頃には、生きているジャイアントバットはおらず、全てが氷の彫像と化していた。


「うっわ~、エグいね~。初撃で全滅させるとは思わなかったよ」

「その方が効率的ですし。とりあえず、魔石を集めてしまいましょう」


 一応、昨日の[時空震]を教訓に、今回は比較的無難な魔法を使ってみたけれど、魔物を仕留める上で特に問題が無い事が分かった。


 その一方で、戦闘の成果として大量の魔石こそ手に入ったものの、やはりこの空間にも素材や宝は見当たらず、那月さんの見解通りなのかもしれない。

 ここまで落ちていたものと言えば、精々が崩れた壁の鉱石――と考えたところで頭に閃くものがあり、わたしは崩れた壁へと近付く。


「やっぱり、この部屋も外れか~。なら、そろそろ出よっか……って、フミナ?」

「もしかして――[神の天秤リーブラ]」


 わたしは直感に従い、[神の天秤リーブラ]で壁から崩れ落ちた鉱石を調べる。

 すると、その予感の通り、その中には幾つかの鉱石の素材が含まれている事が分かった。


「そう言う事ですか……」

「どうしたの、フミナ? 今のって[神の天秤リーブラ]? どうして石ころに?」

「どうやら、この石ころが素材……厳密には、素材を含有した鉱石の様です」

「そうなの?」


 那月さんは、良く分かっていない表情で問い掛けてくる。

 その一方で、わたしの方も途方に暮れた気持ちだった。

 タネが判明してみれば、素材自体はそこかしこに落ちている石に入っていた訳だけど、そこからどうやって素材を抽出するかは見当が付かない。


「恐らくですが、この鉱石を精錬する事で、幾つかの素材が採れる様です。ただ……」

「そのやり方までは分からないって事ね」

「はい。それと、精錬するに足るほどには、素材が含まれていない可能性もあります」

「そっか~」


 素材自体は見つけたものの、そう上手くはいかないらしい。

 せめて精錬の練習用に、素材が多めに含まれている石を持って帰ろうと、再度[神の天秤リーブラ]を崩れた壁全体に展開したところ、おかしな反応が返ってきた箇所があった。


「これって……」

「フミナ~、どしたの?」

「[土塊操作クラッド]……やっぱり」


 試しに[土塊操作クラッド]で崩れた壁を取り除いてみると、一箇所だけ他と光り方が違う所が目に入る。

 [神の天秤リーブラ]の反応とも一致しているから、何か仕掛けがあるのかもしれない。


「フミナ~、さっきからどうしたの? 壁とにらめっこして」

「那月さん、この箇所はどう思います? 何か仕掛けがあるんじゃないかと……」

「え……、どこ?」

「ここです。光の色が違うの、分かりませんか?」

「全部同じに見えるけど……」


 そう言って、那月さんは困った様な顔をする。

 どうやら、本当に分からないようだけど、何故なのか――そう考えたところで、[神の天秤リーブラ]の追加情報が頭に入ってきた。

 なるほど。それなら、那月さんに見えないのも道理だろう。


「では、後ろに下がっていて下さい」

「了解、どうするの?」


 那月さんが後ろに下がるや否や、わたしは光魔法を発動させつつ、壁の怪しい箇所に触れる。

 その途端、目の前の壁が強く発光したかと思うと、次の瞬間には消え去っていた。

 どうやら、さっきの箇所は隠し通路の鍵となる部分だったらしい。


「おっ、おお~! 凄いね、どうして分かったの!?」

「[神の天秤リーブラ]の解析のお陰です。一定以上の光魔法の魔力に反応する様でしたので、試してみたらビンゴでしたね」

「一応、私も光魔法使えるんだけどなあ……。それはそうと、やっぱりフミナは凄いね!」


 那月さんがぼやくのも無理はなく、この仕掛けに反応するには、相当に高レベルな光魔法の使い手でないと駄目な様だ。

 田舎の寂れたダンジョンなだけに、中々その様な人材が訪れる事もなく、今まで気付かれずに放置されてきたのだろう。


「まずは進んでみましょう。この先は手付かずと思いますし、何かあるかもしれません」

「おお~、遂にお宝が?」

「あるかもしれませんが、そう簡単ではないと思いますよ」


 那月さんと二人、隠し通路を歩きながら、わたしは注意を促す。

 仕掛人は高レベルの光魔法の使い手を求めている訳で、それだけでも容易ならざる事情が推測されるし、警戒するに越した事は無いだろう。


 その推測を裏付けるかの様に、やがて大きな観音開きの扉へと突き当たる。

 扉は堅く閉ざされており、その表面には文字が書いてあった。


「あれ? 何か書いてるね。何々……『この地に邪霊を封ず。我を浄化せしめる者のみ扉を開けよ』って、何じゃこりゃ?」

「なるほど、そういう事ですか」

「どゆこと?」

「恐らくは、この先には強力なアンデッドが封印されているのでしょう。隠し通路の仕掛けもそうですし、アンデッドを浄化するため、強い光魔法の使い手を求めているのかと」


 わたしがそう推論を述べると、那月さんは頷きつつ、真面目な顔になる。


「そっか。多分、フミナの推測は正しいと思う。だけど気を付けて」

「何をですか?」

「こういうのって、罠の可能性もあるから。罠とはいかなくても、意図した方に認識を誘導させる事も出来るしね」

「……なるほど」


 那月さんの指摘はもっともで、生きるか死ぬかの状況では、騙しも重要なテクニックになる事を示していた。

 現代日本でまだ高校生だったわたしとしては、こういうのは素直に受け取ってしまいがちだと思うから、注意しなければいけないだろう。


「なら、どうしましょう? 入らずに撤収しますか?」

「う~ん、フミナはどうしたい?」

「わたしですか? ……なら質問ですけど、どんな罠が考えられますか?」

「それは流石に分からないかな~」

「……那月さんって、こういうのを力づくで突破するタイプですか?」


 わたしがそう質問すると、那月さんはギクリとした表情になって動きを止める。

 その様子を見て、私はジト目で那月さんを睨んだ。


「い、いや~、どうだろう? でも、ちゃんと考えてるつもりだよ」

「……とりあえずは分かりました」


 わたしはそう言って溜息をついてから、那月さんの所持アイテムを確認する。

 幸いにして彼女は様々な回復薬を持っていたので、それをいつでも使用出来る様にして貰い、今回はわたしのサポート役をお願いする事にした。


「では開けますよ」

「やっぱり、私がやった方が良くない?」

「経緯を考えるとわたしが適任と思いますし、打ち合わせ通り、那月さんはサポートをお願いします」


 そう那月さんと言い合いつつ、わたしは重い扉を開けていった。

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