第37話 採用試験

 翌朝、わたし達は早めに準備をして、ティナさんを待っていた。

 まだ予定時刻まで間はあるのだけど、子ども達よりもわたしの方が緊張してしまい、気が気で無い状態が続いている。

 もっとも、そんなわたしの様子を見て、子ども達は逆に落ち着いたらしく、何故か笑顔でお礼を言われたりもした。


 そんなこんなで時間は過ぎて、ティナさんがやって来たので、モニカさんが出迎えに行く。


 ティナさんは護衛兼荷物持ちとして、ミリアムさんとリンダさんを同行させていて、意外な再会に驚いた。

 二人はピンセント商会と雇用契約を結んだらしく、先のゴブリン軍団襲撃の件もあって、冒険者を辞めて第二の人生を歩む方向で考えているらしい。


 それからは挨拶もそこそこに、早速採用試験の準備が進められていく。

 今回は那月さんの屋敷の二部屋を借りて、一部屋が筆記試験用、もう一部屋を面接用とするらしく、筆記試験用の机と椅子がセットされる。

 それと驚いたのが、筆記試験の際は普通に紙を使うらしく、過去の転生者の恩恵なのか、この世界にはそれなりに紙が普及しているらしい。


 やがて、筆記試験会場の設営が完了し、子ども達の採用試験が一斉に始まる。


 試験の開始後に問題を見せて貰うと、内容は平易なものの、読み書き計算の可否をしっかりと確認する内容になっていた。

 この世界の識字率はそれほど高くない様なので、これだけでも十分高いハードルっぽいけれど、セルフィ達なら大丈夫だろう。

 実際に、彼女達はすらすらと問題を解いている様で、まずは第一関門は越えられそうな雰囲気にほっとする。


 そうしていると、試験官としてセルフィ達が問題を解いている様子を見ていたティナさんが、わたしに不意に近付いて来て耳打ちする。


「フミナちゃん。次は一人ずつ順番に面接する予定だけど、フミナちゃんにも手伝って欲しいの。大丈夫かな?」

「は……え!? ……待って下さい。それは色々と問題があると思います」


 ティナさんの想定外の提案に対し、思わず大声を出しかけるも何とか自重する。

 でも、セルフィ達を採用して欲しい立場のわたしが、彼女達の試験官をするのは流石に問題だろう。

 そう考えてティナさんを見やると、彼女はにっこりと微笑む。


「大丈夫、合否の決定権は私にあるから。フミナちゃんがいれば、あの子達の緊張も少しは和らぐと思うし、そういうお手伝いだけだから、ね」

「……良いんですか?」


 わたしの確認にもティナさんは笑顔を崩さず、『それじゃ決まりね』と言うと、試験官へと戻っていく。

 わたしが唖然となった一方で、セルフィ達は次々と筆記試験を解き終えていた。




 筆記試験は当初の予定より早く終わり、回答用紙を回収した後に、すぐに面接試験が始まる。

 今度は一人ずつ順番に行っていくため、終了後に他の子に質問内容を口外しない様、部屋の外ではミリアムさんとリンダさんが監視役を務めるらしい。


 ティナさんと一緒にわたしも試験部屋に入った時は、みんな驚いた様だったけど、ともあれ二つ目の試験が始まる。


 一人目はセルフィで、キチンと挨拶をして始まり、ティナさんの質問に対しても淀みなく受け答えしていく。

 それに対し、ティナさんは感心しつつも、ちょっと意地悪な質問を投げ掛けた。


「う~ん。それじゃ、一つ質問ね。セルフィちゃんは魔法もお店も頑張ろうとしているけど、大丈夫? どちらか片方だけでも大変よ?」

「そうですね。正直なところ、私はまだ魔法が使えませんので、仕事内容を十分にはイメージ出来ていない面もあると思います」


 セルフィはそこで一旦区切ると、改めてティナさんに向き合う。


「それでも、私はどちらも頑張る気でいます。商会でのお仕事は私の夢であり目標ですし、魔法はフミナさんが見出してくれた力ですので、大切な恩人に報いたいとそう思います」


 その後は二言三言会話し、ティナさんが試験の終わりを告げる。

 最後に、合否は全員の試験が終わった後に発表する旨の説明をして、まずはセルフィの面接が終わった。


 それから、セルフィの退室に合わせて、次の試験前に何故かティナさんに詰め寄られる。


「フミナちゃん! あの子は何!?」

「何って、話した通りの孤児の子ですけど……」


 わたしが驚いてそう答えると、ティナさんは呆然と呟く。


「いくら何でも優秀過ぎるでしょう……。そっか、なるほど……。フミナちゃんが推薦する訳ね……」


 どうやら、セルフィが想定外に優秀だった故の反応らしく、まずはほっとする。


「ええ。ティナさん達にとっても良い話だと思っていますので。あの子は特に凄いですけど、他の子達も良い子ですよ」

「……その言葉を聞いて、ちょっとほっとしちゃった。流石にあのレベルの子は何人もいないわよね……。でも良い子が採れそうで良かったわ」


 そう言うと、ティナさんはセルフィの答案用紙を見せる。

 それは非の打ち所が無く、満点を示すものだった。




 その後も面接は続き、リゼットとコレットは卒なく受け答えをこなして、試験を終えていく。この二人はしっかりしているし、それが受け答えにも現れていたから大丈夫だろう。

 それと、二人にも将来の夢を聞かせて貰ったけど、リゼットは前にも言っていた通り剣士になるのが目標で、コレットはアクセサリーを制作したいらしい。

 但し、二人とも夢を目標にする一方で、地に足を付けた考えも持っている様で、その意味でも今回の試験に真剣に臨んでいるのが見て取れた。


 二人に続いたのはシャルロットで、普段からぽやぽやしているから、正直なところ一番心配な子だった。

 だけど、わたしの心配を吹き飛ばす様に、シャルロットは可愛らしい笑顔を絶やさずに面接を進め、途中からはティナさんと意気投合して、衣服のデザインについて二人で語り始めていた。

 実際に、シャルロットの描いたラフ画を見せて貰うと、中々上手に描けていて、本人も服飾の道に進みたいらしいので、ティナさんと気が合うのだろう。


 最後に残ったのはフィリアだけど、こちらも意外な事に無難な出来だった。

 普段はあまり愛想がないので心配していたけれど、仕事の場合は別らしく、今回も仕事モードで乗り切れた様だった。

 フィリアは魔法使いが目標と言っていたし、正直なところ、店員に拘る理由は無いと思っていたのだけど、仲間との絆は大切にしたいらしい。




 その様な形で全員の試験を終えてから、ティナさんは手早く採点すると、子ども達を集める。

 どうやら、この場で合否を告げるらしく、子ども達にも緊張が見て取れた。


「はいは~い。それじゃ、みんな聞いてね。今回の試験だけど、みんな合格よ」


 ティナさんがあっさり過ぎたのか、最初は子ども達も実感が沸かなかった様だけど、やがてその言葉が理解でき始めたのか、みんなで喜びを露わにする。

 わたしとしても、一番良い結果に落ち着いて一安心だった。


 ティナさんは、それに続いて今後の予定を話し始める。

 セルフィ達は、まずはピンセント商会で研修を受けるところから始まるらしく、明日から早速5人全員でお店に行く事になる様だ。


 それに対して、こちらからは那月さんを引率兼護衛として付ける事を提案し、ティナさんに了承して貰った。

 これなら、子ども達が那月さんの保護下にある事が分かり易いし、わざわざ勇者と対立してまで、マフィアも子ども達にちょっかいは出さないだろう。


 その後、ティナさんは裏手の空き店舗を調査してから、急ぎ去っていった。

 立地条件はまずまずな様で、その他にも那月さんの屋敷との行き来が容易な事、わたしの工房として使えそうな離れの建物がある事などから、ここへの出店を決めたらしい。


 実際にティナさんの動きは早く、その日の午後にまた来たかと思うと、裏手の空き店舗を買い取った事、店舗改装の手配もしたけれど、離れの建物はわたしの工房にするから好きにして良いと言われて驚いた。

 どうやら、ティナさんも子ども達に触発されたらしく、熱意が冷めないうちにやれる事を進めた結果らしかった。



 その夜は、セルフィ達の採用を祝って、モニカさんがちょっと豪勢な料理を振る舞ってくれた。

 子ども達も大分打ち解けた様で、目の前の料理を素直に喜んで美味しそうに食べていた。


 問題が無い訳ではないけど、この世界で生活していく基盤も出来たし、セルフィ達も救えて、ようやく何とかなりそうだと感じていた。

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