第36話 備えあれば憂いなし
翌朝、わたしは早めに起きて、屋敷の敷地内を散策していた。
その目的は敷地内の防護結界構築のための下見で、屋敷の住人も増えたし、特に子ども達はまだ戦う力も持っていないので、防衛機構を充実させようというものだ。
【魔女の知識】のお陰で、魔法による防衛策が色々と立てられそうだし、この点は魔女になって大分得をしていると思う。
そんな事を考えながら歩いていると、目立たない場所で朝練をしている那月さんを見掛けたので挨拶する。
「おはようございます」
「あ、フミナ。おはよ~」
「朝から剣の訓練ですか?」
「まあね、定期的にしとかないと鈍っちゃうし。フミナは?」
「わたしは防護結界構築の下見ですね。子ども達を守らないといけませんから」
簡単に言葉を交わした後、那月さんは鍛錬を再開する。
丁寧に型をなぞっている様で、動作自体は緩やかなものの、その綺麗な動きにわたしは思わず目を奪われる。
やがて、そんなわたしに気付いたのか、彼女は鍛錬を休止すると、少し顔を赤くしてこちらに振り向いた。
「……そんなに見るなら、フミナも一緒にやる?」
「……わたしは魔女ですけど」
「でも、体術もそれなりにやれるでしょ? 思い返すと、魔の森では連携がチグハグだった気がするし、お互いの力を知る意味でもどう?」
那月さんの提案を受けて、わたしは少考する。
確かに、わたし達の能力を考えると、前衛後衛という区分けは合ってない様に思えるし、彼女の打診は一理あると感じる。
なので、まずはお試しという感じで、一緒に鍛錬してみる事にした。
「やっぱり、十分、動ける、じゃん!」
「そう、です、か!」
二人で体術の鍛錬を始めてしばしの時が経ち、今はお互いにそれなりに本気になって組み手をしていた。
もっとも、近接戦闘の腕前では、那月さんの方が身体能力も含めて大きく上回っているので、わたしが一杯一杯なのに対し、彼女にはまだ余裕が感じられる。
とは言っても、那月さんの方もわたしがここまで動けるのは想定外だった様で、戸惑いと驚きが感じられた。
やがて、わたしの息が上がったところで休憩となり、那月さんが近付いて来る。
一応、寸止めでの組み手ではあったけど、お互いに軽いアザや怪我をしていたので、[
「[
「……あなたには、全然敵いませんでしたけどね」
「そりゃ、一応勇者だからね。でも、魔物と戦う時は、あまり前衛後衛を意識しない方が良いかもね。多分、サーベルタイガーと戦った時も、そうした方がやり易かったんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
わたしは汗を拭きつつ、そう答えた。
その後も休憩がてら、今後の連携について話を交わす。
わたしの体術が十分に実戦レベルと分かったのは収穫で、変に後衛という意識を持たない方が対応し易いケースも出てくるかもしれない。
那月さんの方も、本来は盾役というよりも回避や
短時間の鍛錬ではあったけど、存外得られたものも多く、手応えを感じていると、程なくしてモニカさんが朝食の準備をし始めたらしく、その匂いが感じられる。
那月さんの方も気付いた様で、朝の鍛錬はここまでになるだろう。
「もうすぐご飯みたいだし、ここまでにしよっか」
「そうですね。大分汚れてしまいましたし、まずは綺麗にしないとですね」
わたしがそう言うと、那月さんは良い事を思い付いたという顔をして、ニコニコしながら寄ってきた。
「それじゃ、一緒にお風呂に行こうよ。時間も無いし、ちゃちゃっと入っちゃお」
「……はいはい。時間が無いなら、もっと良い方法がありますよ」
那月さんの行動が読めていた事もあって、わたしは那月さんごとまとめて[清浄]を掛ける。結構強めにしたので、汗や臭いが残る事もないだろう。
「それでは急ぎましましょうか。遅れたら、モニカさんに申し訳ないですし」
「……フミナ~、それは女子としてどうなのよ……」
「時と場合によりけりです。今は朝食を優先しましょう」
尚も那月さんは不服そうだったけど、わたしの言葉に理があると感じた様で、大人しく二人で朝食に向かう事になった。
わたしとしても、朝から気を失う訳にもいかないので、[清浄]が上手くいった事にほっとしつつ、屋敷へと戻った。
◆ ◆ ◆
その日の昼下がり、わたしは一人でピンセント商会を訪れていた。
目的は二つあって、一つはセルフィ達5人全員に採用試験を受けさせて欲しいとの依頼で、もう一つは新店舗用に用意する魔法薬や魔道具の相談だった。
採用試験の件はすぐにOKが出たものの、ティナさんと話しているうちに魔法薬や魔道具の件はそっちのけになってしまい、何故か新店舗の制服のデザインについて話が進んでいた。
確かにそれも重要だとは思うけど、わたしとしても専門外の話になるから、正直なところどうしたら良いのか分からない。
しかし、ティナさんはその反応を待っていた様で、あれよあれよと話が進んでしまい、気が付いた時にはわたしが制服のモデルをする事になっていた。
……と言うか、用意された制服はわたしのサイズにキッチリ調整されていたので、ティナさんは最初からそのつもりだったのだろう。
色々と諦めの境地になって制服を着てみると、ティナさんが目を輝かせて近付いて来る。
「やっぱり、フミナちゃんは素敵ね。落ち着いたデザインにしたのに、こんなにも綺麗だなんて……」
「……ええと。わたしの事より、制服はどうでしょうか?」
ティナさんの目線がちょっと妖しくなってきたので、機先を制す様に彼女に話し掛けてみる。
ティナさんも我に帰ったのか、わたしの周りを歩きつつ色々な角度から制服を確かめると、合格を示すように両手で丸を作った。
「うん、大丈夫だわ。これなら、新ブランドの制服として合格かしら」
「なら良かったです。それでは、一旦制服は脱いでしまいますね」
制服があっさりと決まったので、わたしが安心してそう言うと、ティナさんは困った表情になる。
「出来れば、もう少し着ていて貰えないかしら。その方が新店舗のイメージもし易いもの」
「でも、実際にはわたしが制服を着る機会は無いのでは?」
「え?」
「え?」
早めに制服を脱ごうとしたところ、ティナさんの反応が不穏で、思わずお互いに顔を見合わせる。
話を聞いてみると、ティナさんとしては、わたしが工房にいる時もこの制服を着ていて欲しかったらしい。
そこで、ポーション類作成の際は薬品やその臭いが服に付くから、汚れても良い服装でないと駄目な事を話すと、目に見えて沈んだ表情になった。
「そうだったの……、それは残念ね……」
「ま、まあ。それはさておき、魔法薬や魔道具はどんなのが希望ですか?」
とりあえず話を変えてみると、ティナさんも気を取り直し、少し考え込む様子を見せる。
「う~ん。お父さんからの課題ではあるけど、私もいまいちピンと来ないのよね。フミナちゃんは何か案ある?」
「そうですね……。フレーバー付きの、苦くないポーションなんかはどうでしょう?」
わたしがそう提案すると、尚もティナさんは思案に暮れつつ答えを返す。
「悪くない……というか、ポーションの味を変えられるのは驚きだけど、ポーションってそんなに気軽に買えないじゃない。無理は承知だけど、もう少しお手頃に取り扱える物だとベストね」
ティナさんはそう言いつつも、フレーバー付きのポーション自体は有力商品と認識したらしく、新店舗で取り扱う事にした様だ。
但し、ポーションより安価な魔法薬や魔道具は多くはなく、ティナさんの要望を叶えるのは中々大変かもしれない。
最後に、明日の子ども達の試験の予定を改めて確認し、わたしはピンセント商会を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます