第38話 ラプターズ・ネスト
グランツ辺境伯領アルフルス――
辺境伯領第二の都市でありながら、その実シグルス王国北部の交通の要衝という側面をも持ち、それ故に王国内でも規模の大きな都市とされている。
実際に街には活気が溢れており、魔の森や北部のシュムラグ鉱山で採れた素材の売買や、隣国に対する防衛拠点の兵站を担うなど、経済活動に事欠かない豊かな都市でもあった。
しかしながら、むしろ豊かな都市だからなのかもしれないが、光があれば影もまたある様にその盛栄を享受出来ない者もあり、アルフルスにはその者達の集まった貧民街――スラムもまた存在していた。
その性質故、スラム街にはともすれば廃屋と見紛う様なくたびれた建物が多く、また犯罪率も群を抜いて高い危険な区域ともなっていた。
ところが、そんなスラム街にも一軒だけ、不釣り合いに豪奢な建物が存在する。
成金趣味かつ、暴力を是としている事が一目で分かる悪趣味なつくりをしており、領主の館にも引けを取らない程の広さを持つその建物は、このスラム街を支配するマフィアの本拠地だった。
その建物の最奥の議場では四名の無頼漢共が鎮座しており、これから何か会合が始まる様相を見せている。
そんな中、一人の男が会合の意図を尋ねるべく、口火を切る。
一見すると、背の高い文官を思わせるものの、明らかに堅気ではない、危険な目をした男だった。
「ホーク、まずは会合の意図を聞かせてくれ。俺達幹部連を集めるとは、厄介事でもあったか?」
「ああ。そんなところだ、イーグル」
対して、議場の最奥の席からホークはそう一言を返すと、他のならず者達をじろりと見据える。
大柄で肉厚な肉体と、顔や体のあちこちに残された傷跡は、彼が相当な武闘派である事を伺わせた。
「貴様らを呼んだのは他でもねえ、注意喚起の為だ」
「我々全員を集めて注意喚起とは、穏やかではありませんね」
今度は一番の下座に座った男が、そう驚きを浮かべる。
この中では最も若く、やや小柄ななりも相まって、一見して普通の青年の様でありながら、彼もまたマフィアの幹部の一人だった。
「ああ、カイト。それとイーグル、貴様もだ。耳をかっぽじって聞け」
「どういう事だ、ホーク? 俺達、〈ラプターズ・ネスト〉が恐れるものなど、無いはずだが……」
イーグルも、カイトに続いて困惑した表情になる。
対して、ホークはそれを意に介さず、本題について語り出した。
「勇者がこの街に来たのは知っているな? その勇者が、最近ガキ共の引率の真似事を始めたらしい」
「………………は?」
話の内容が突拍子もないものだったからか、イーグルは思わず唖然となり、意図せず呟きが漏れた。
しかし、ホークの話には、イーグルを驚愕させる続きがあった。
「何でも、そのガキ共は勇者の加護を受けて、ピンセント商会で働きだしたらしいな。ガキ共は十代前半の女が5人、最近まで街の案内なんかをしていたと聞いているぞ」
「何!?」
ホークの話を聞いた途端、イーグルは血相を変えて立ち上がる。
それを見て、ホークはつまらなそうな表情でイーグルの着席を促すと、更に話を続けた。
「そのガキ共は、貴様が狙っていた獲物だったか、イーグル」
「……ああ。……俺が目を付けてた獲物を横取り、だと!? いくら勇者だからって、落とし前は付けさせねえとな……」
イーグルは目を血走らせながら、そう独り言ちる。
もう少しで手中に収める事が出来たはずの獲物を、余所者に横から掻っ攫われた事で、彼は冷静さを失い完全に逆上していた。
ホークはその様子を見ると、テーブルを強烈に叩き、場の雰囲気を戻す。
「落ち着け。そのガキ共は、俺達の傘下にはなかった。そうだな?」
「だが後一歩だったんだ! 俺達、〈ラプターズ・ネスト〉がコケにされたんだぜ!? このままじゃ収まらねえよ!」
「黙れ」
尚も喚くイーグルに対し、ホークは一言の重みを以って黙らせる。
「ガキ共の勧誘はイーグル、カイト、貴様らの趣味だろう。〈
「くっ…………」
「貴様らの甘言に、最後まで首を縦に振らなかったガキ共の勝ちだ。たかがひよこ共がとは思うが、それは認めろ」
それでもイーグルが納得していないのは明らかで、それ故ホークは強く釘を刺した。
「言っておくが、勇者に手を出すなよ。奴はただの一騎当千の騎士という訳じゃねえ。その後ろにあるのは、この国そのものだ」
「……ならばこの屈辱、俺はどう晴らせば良い?」
「ガキならそのうちまた生えてくるさ。〈ラプターズ・ネスト〉は、今やこのスラムを取りまとめる組織でもある。たかが数人のガキの身柄如きで、潰す訳にはいかんのだ」
反論する術を失ったイーグルを睨み、ホークは最後に告げる。
「そう言う訳だ。勇者とガキにはもう関わるな。手を出すなら破門だ」
その言葉を最後にホークは会合を打ち切り、議場を後にする。
イーグルは憤怒を必死で抑えつけ、ホークの出て行った扉を睨んでいた。
やがて、ホークの足音も聞こえなくなった頃、遂にイーグルの癇癪が爆発する。
「っざけんな!! 勇者が何だってんだ、腰抜けが!!」
尚も収まらない様子のイーグルを見て、カイトは触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、息を殺して距離を取る。
それが奏功したのか、イーグルはここまで無言を貫いている最後の一人へ矛先を向けると、その勢いのまま食って掛かった。
「ファルコン! てめえはどうなんだ!? 〈ラプターズ・ネスト〉がコケにされたんだぜ! それとも、てめえも勇者が怖いってか!?」
その言葉に対しても、ファルコンは感情を動かす事もなく、ただイーグルを見据える。
ホークより更に一回り大きな身体の巨漢であり、その見た目通り〈ラプターズ・ネスト〉随一の腕力を誇る武闘派でもあった。
「……勇者との戦闘に興味はある。だが、今回はホークが正しい」
「何だと!?」
「俺達にも掟はある。なら、俺はそれに従うだけだ」
ファルコンはそれだけを返すと、尚も喚くイーグルを意に介さず、ホークに続いて議場を後にする。
結果、部屋の中には収まりの付かないイーグルと、その補佐役でありながら、勘気に触れない様に息を潜めているカイトの二人だけが残された。
「クソが。これで俺が諦めると思うなよ……!」
イーグルはそう吠えると、乱暴に議場を出て行く。
その言葉の通り、彼が少女達を諦めていないのは明白で、不穏な火種はなおくすぶる気配を見せていた。
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