第34話 孤児の少女達

「その……、色々とご迷惑をかけてすみません……」


 わたしの目の前で、セルフィは縮こまりつつ、そう謝罪する。

 実際に、わたしの服はセルフィの涙や何やらで濡れてしまったから、彼女が恐縮するのも分かるけど、とりあえずは泣き止んでくれたのでほっとした。


 セルフィが泣き出した時は焦ったし、どうしたら良いか分からなかったから那月さんの真似事をしてみたのだけど、どうやら正解だったらしい。

 正直なところ、わたし自身恥ずかしい事をした自覚はあるけれど、セルフィも落ち着いたし良しとしておこう。


 わたしはそう考えをまとめると、自身に対して[清浄]を施す。

 わたしの服が一瞬で綺麗になった事に目を丸くするセルフィに対し、わたしはさっきの話の続きをしていく。


「気にしなくても大丈夫ですよ。それじゃ、これからセルフィの仲間達のところへ案内してくれるかな?」

「はい。お願いします、フミナさん。それと、ありがとうございます」


 それから、わたし達は人にぶつかったりしない様、気を付けて歩く。

 この辺は、街中で【隠密】を使う際の注意点と言えるかもしれない。


 大通りを外れると、ほどなく街並みが徐々にくたびれたつくりになっていく。

 やがて、えも言われぬ危うさを感じさせる居住区――スラムが視界に入り始めた辺りで、セルフィは立ち止まる。


 場所としてはギリギリ一般居住区というところで、そこには古ぼけた長屋が並んで立っていた。

 モニカさんに予め教えて貰ってはいたけれど、少女達だけで共同生活をしていくには非常に厳しいところになるだろう。


「着きました。ここが私達の家です」

「分かりました。それでは、人目の無いタイミングでセルフィの【隠密】を解除するから、それから案内して下さい」


 幸いにして、監視の目などは無い様で、まず最初にセルフィの【隠密】を解除して長屋のドアを開けて貰い、わたしはセルフィと一緒に長屋に入ってから【隠密】を解除する。


「ただいま戻ったわ。みんなは帰っているかしら」

「お帰りセルフィ、……と魔女のお姉さん?」

「久し振りですね、フィリア。それとお邪魔します」


 そこではフィリアが家事をしていた。

 時間帯を考えると、夕飯の準備になるのかもしれない。

 このやり取りで誰かが帰って来たと分かったのか、奥の部屋から別の少女が顔を出す。


「帰ったのか、セルフィ。と、フミナさん!?」


 顔を見せたのはリゼットで、幸いな事にここまでは皆顔見知りだ。

 一方で、リゼットの驚いた声を聞いて様子を見に来たのか、奥の部屋から、更に二人の少女が顔を出した。


「どうしたの、リゼット~? ……って、物凄い美人のお姉さんがいるー!?」

「何よ、急に大声を出して。落ち着きなさい、シャル。……えっと、どちら様でしょうか?」


 突然の訪問が良くなかったのか、家の中は一気に混沌とした雰囲気と化す。

 だけど、そこはセルフィが上手く取りまとめ、わたしと奥の二人を簡単に紹介する事で場を落ち着かせた。


 わたしを見て大声を出した子がシャルロットで、普段は愛称の『シャル』で呼ばれているらしく、ふわふわした濃いめの金髪をセミロングに伸ばした、明るく人懐こい感じの少女だ。

 シャルロットを窘めた子はコレットで、赤色の長髪を基本的には後ろに下しつつも、その一部は左右それぞれで結んでまとめている、しっかり者の雰囲気がする少女だった。


 彼女達は、普段は街の案内の他、各ギルドに持ち込む程ではない位の、ちょっとしたお手伝いを街の人から請け負って生計を立てているらしく、偶々全員が揃っていた時に来れたのはラッキーだったと思う。


 みんなの紹介が終わったところで、今度はわたしがここに来た目的を話していく。

 魔法の素養については、彼女達の間で情報共有をしていたらしくあまり驚かれなかったけど、ピンセント商会での採用や彼女達を那月さんの屋敷で保護するとの話に差し掛かると、セルフィと同じ様にみんな驚いた顔になった。

 ……いや、フィリアだけは表情に変化が見えなかったけど、彼女は彼女で一応驚いてはいたらしい。


 それから少し間を置いて、彼女達の顔に喜色が広がっていく。

 マフィアを恐れることなく普通の生活が出来る様になるというのは、身寄りのない孤児である彼女達だけでは叶えようが無かっただけに、この話はわたしが考えていた以上のインパクトがあったのかもしれない。


 そんな中、コレットだけは緊張を浮かべつつ、わたしに問い掛けてくる。


「フミナさんの話は、私達にとってとても有難いものと思います。なので、確認させて下さい。どうして、ここまで私達に良くしてくれるのでしょうか?」

「そうですね……。理由は先ほどお話しした通りですけど、付け加えるなら、セルフィとの縁を感じたからですね」

「縁……ですか?」

「はい。わたしがこの街に来て初めて話した相手で、魔法の素養も高く、那月さんともお知り合いでしたし」


 わたしがそう答えを返すと、コレットは困った表情を見せつつ考え込む。

 何となくだけど、美味過ぎる話に対する警戒心と、今の苦境を打開するチャンスを逃したくない気持ちとで葛藤している様に見えた。

 考え込んでしまったコレットの代わりに、今度はリゼットが口を開く。


「コレット、私はフミナさんの提案に応じようと思う。セルフィも信用している様だし、私もこれまで話した感じで信頼できる人だと思うよ」

「私も良いと思うー。こんな美人さんだもん、きっと大丈夫だよ」


 便乗する形でシャルロットも賛同し、その能天気とも言える回答に、コレットも毒気を抜かれた様な顔になる。

 それでも、コレットは気を取り直すと、改めてわたしに向き直った。


「はあ……。リゼットはともかく、シャルの答えはどうなのよ。色々考えた私が馬鹿みたいじゃない。……フミナさん、最後に一つ教えて下さい。私達は貴方のご期待に沿えないかもしれません。それでも、貴方を信じて大丈夫ですか?」

「ええ。今のすぐの話ですし、それが難しいのは承知しています。それでも、わたしを信じて付いて来て欲しいと思います」


 わたしはそう答えを返して、コレットだけでなく彼女達みんなを見つめる。

 すると、コレットは自嘲めいた笑みを浮かべると、表情を緩めた。


「本当に、フミナさんは真っ直ぐなんですね」

「……ええと?」

「セルフィから聞いていた通りで、確かにこの子の目は信用出来ますけど、正直驚きました。その、疑う様な事を言って申し訳ありませんでした」


 そう言うと、コレットは私に対して頭を下げる。

 とは言っても、彼女の懸念はもっともだと思うので、そこは気にしていない事を告げた。


 これで、彼女達全員を那月さんの屋敷に連れていく合意が取れたので、早速行動に移していく。

 今からすぐに移動する予定と話すと、流石にみんな驚いた様だったけど、お試しでセルフィの荷物を[アイテムボックス]に入れると、納得した表情になった。

 基本的に、荷物は全てわたしの[アイテムボックス]で運び、移動時はヒナタに【隠密】を掛けて貰うから、マフィアもすぐには足取りを追えないだろう。


 彼女達の荷物はごく少なく、荷造りはあっさりと終わる。

 最後にセルフィが大家のお婆さんに鍵を返しに行って、わたしはそれをこっそり見守っていたのだけど、そこでも特に問題は起きなかった様だ。

 セルフィの話だと、お婆さんはマフィアとは無関係らしく、実際にこの長屋を借りられたお陰で、セルフィ達がマフィアの手に落ちずに済んだ面もあるらしい。


 セルフィがお婆さんに礼を言って戻って来たのを機に、わたし達は長屋を離れ、那月さんの屋敷に向けて出発した。

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