第33話 憧れの人(セルフィ視点)
「すみません。今は、男性の方への街案内は休止していまして……」
私がそう言うと、人の良さそうな冒険者のお兄さんは困った顔になる。
どうやら、私達の噂を聞いて尋ねて来たらしく、物知りな女の子の勧める宿や飲食店に行ってみたかったらしい。
それでも、この日の私は運が良かったのか、偶々近くをリゼットが通り掛かったので、彼女に冒険者のお兄さんの街案内をお願いする事で何とか事なきを得る。
「はあ……。何してるのよ、私……」
彼らを見送った後に不甲斐ない自分を振り返り、思わず溜息が出る。
確かに、最近危険な目にあったのは事実。私達の生活がようやく軌道に乗り始めた事もあって、油断もあったのかもしれない。
だけど、一度覚えた恐怖感は中々消える事は無く、それは私の日常に支障をきたす大きな要因となっていた。
マイナス思考が頭をもたげてきた事を感じ、慌てて頭を振る事で思考をリセットしようと試みる。
……いけない、私が皆の司令塔なのに。こんな事じゃ皆を路頭に迷わせちゃう。
とは言っても、自分達が少しずつ袋小路に追い詰められていて、そこから抜け出せずにいるのもまた事実だった。
私が暴漢に襲われそうになった後、間を置かずにマフィアが私達の下に現れた。
要件は以前と変わらず、私達に対してマフィアの保護下に入るようにとの勧誘で、その時も何とか断る事は出来たけど、彼らの提案に頷くまで私達は似た様な困難に晒され続けるのだろう。
だけど、マフィアの誘いに頷いてしまったが最後、碌な事にならないのも分かり切っていた。少なくとも、今の様に不自由はあっても仲間と笑い合える日常は、二度と戻らないに違いなかった。
ぼんやりと考え込んだまま、頭の中を切り替える事が出来ず困っていると、ふと私を助けてくれたお姉さんの事が思い起こされる。
魔女と会ったのは初めてだったけど、それ以上に、非現実的に思える程の綺麗な容姿と、真っ直ぐな瞳が印象に残っていた。
彼女を初めて見たときは思わず惚けてしまったけど、街に慣れない様子を見て、居ても立っても居られなくなり声を掛けてしまっていた。
その後、何の対価も求めずに私達の魔法の素養を調べてくれた事といい、彼女が世間慣れしていないのは明白だったから、その判断は間違っていなかったと思う。
とは言っても、彼女は自分の道を切り開く強さも持っていたのだけど。
その日は勇者ナツキ様にも出会い、街案内までしたというのに、思い起こされるのはフミナさんの事ばかりだった。
私にも彼女の様な強さがあれば――、そう羨んでいたからなのか、彼女の姿が目に浮かんでくる。
私の心が弱っているからなのか、フミナさんへの羨望からなのかは分からないけど、こんな調子じゃ今日も仕事にならないかもしれない。
そう思っていると、フミナさんは私に近付いて声を掛けてきた。
「こんにちは、セルフィ。今はお仕事中ですか?」
……ぼんやりと考えてたから気付かなかったけど、本人だったみたい。
まさかの再会に焦りつつも、まずは返事を返す。
「こんにちは、フミナさん。いいえ、今は休憩中でした」
実際には、仕事にならない状態なのが正しいけど、それを正直に言う訳にもいかないので誤魔化す。
でも、フミナさんはどうして私に声を掛けたのだろう?
「そう、なら丁度良かった。ちょっとお話しても大丈夫でしょうか?」
「? はい、それは構いませんけど……」
「それじゃ、ちょっと待ってね。ヒナタ、周りの気配は? うん、それなら大丈夫。わたしとセルフィに【隠密】をお願い」
フミナさんの言葉に私が頷くと、彼女は使い魔のヒナタちゃんと二言三言話したかと思いきや、次の瞬間、私は不思議な感触に包まれる。
思わず回りをキョロキョロと見回す私に対し、フミナさんは自身の唇の前に人差し指を立てた。
「内緒の話がしたかったから魔法を使いました。周りを気にせず話せる様になったと思って大丈夫です」
今の感触はフミナさんの魔法だったらしく、私は驚く。
でも、そこまでする程の話が思い浮かばない事もあり、同時に困惑してもいた。
それだけに、続く言葉に私は思わず目を見張る事になる。
「早速だけど、単刀直入に言います。セルフィ、あなた達をピンセント商会で雇うよう検討していまして、勿論条件はあるけど如何でしょうか?」
「え……」
「それに合わせて、あなた達を那月さんのお屋敷で預かりたいとも考えています。どちらにも頷いて貰えると嬉しいけど、どうかな?」
全く想定していなかった内容に、私は呆然とするしかなかった。
それでも、私は反射的にフミナさんに確認の質問を返す。
「この街のピンセント商会で、私達を、ですか?」
「ええ」
「勇者ナツキ様のお屋敷で、ですか?」
「そうですね」
……どうやら、私の聞き間違いという訳ではないみたい。
でも、そのどちらにも、わざわざ孤児の女の子に手を差し伸べる理由があるとは思えない。
「フミナさん、そんな訳ありません。私達には手を差し伸べて頂けるような理由はありませんから」
「理由ならありますよ。セルフィは優秀な魔法使いの卵ですし」
私の自嘲した答えに対し、フミナさんははっきりとそう告げる。
それから、優秀な魔法使いは引く手数多である事も教えて貰った。
実際に、フミナさん自身もピンセント商会に誘われて、仕事をしていく事になったらしい。
「最初は魔法の勉強からになると思いますが、ゆくゆくはわたしのアシスタントをして貰えると助かります」
フミナさんの提案は非常に有難いものだけど、ここでふと気付く。
私とフィリアは魔法の素養持ちと判定されたけど、他の三人に魔法の素養がなかった場合はどうなるのだろう?
彼女達も大切な仲間だから、見放す事なんて出来ない。
「その、凄く有難い話なのですけど、魔法の素養が無い子はどうなりますか?」
「その場合は、ピンセント商会で新規出店する店舗の店員を目指して貰います。採用の保証はありませんが、チャンスはありますし、採用されなくてもあなた達みんなを那月さんのお屋敷で預かる予定は変わりません」
私の質問に対するフミナさんの答えを聞き、再度私は呆然となった。
あまりにも都合が良過ぎるから、これは夢なのかもしれないと思う。
「……どうして、ですか?」
「なんでしょう?」
「魔法の素養が無ければ、フミナさんの得になる事なんて無いはずです! ううん、それだけじゃない! 私達はマフィアに狙われているんです! この話をするだけでも、フミナさんにも危険が及ぶかもしれないんですよ!」
「マフィアがあなた達にちょっかいを掛けているのは知っていますよ」
「え……」
それでも、フミナさんまでマフィアの魔手に晒す訳にはいかないから、思わず感情的になりつつも、私達の置かれた状況を彼女に話す。
だけど、フミナさんは落ち着いた口調で知っていると言う。
私の理解の範疇を超えた回答に、私は只々呆然とするしかなかった。
「それと、あなた達を助けようとしているのは魔女の勘が働いたと思って下さい。要は、わたしがそうしたいから、ですね」
そうしたいから、でマフィアに喧嘩を売るのは間違っている――、そう反論しようとしたけれど、私の頭が追い付いて来ないのか声が出ない。
「それに、マフィアについても問題ありません。何せ、こちらには〈勇者〉が付いていますから。わたしだって、そんな連中に負けたりしませんし」
その間に、フミナさんは確かな根拠を提示して大丈夫と語る。
確かに、勇者の力があれば、マフィアもそうそう手を出せないのかもしれない。
「だから、後はあなたがどうありたいかですよ。セルフィ自身の気持ちを聞かせてくれるかな?」
止めにそう優しく語り掛けられた事で、ずっと耐え忍んで心の奥底に蓋をしていた想いが溢れ出し、気が付くと私はフミナさんに抱き締められていた。
「泣きたいのをずっと我慢して頑張っていたんだね。でも、もう大丈夫だから」
言われてみると、確かに涙で前が見えなくなっている。
それに、泣き止もうと思っても、身体は言う事を聞いてくれなかった。
それなら、せめて答えだけでも返さないとと思い、泣いてしゃくりあげながらも何とか口を開く。
「フミナ、さん……、たすけて……、くだ、さい……」
「はい、分かりました」
その後、私が泣き止むまで、フミナさんは私を抱き締め続けてくれた。
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