第32話 モニカの秘密

 その帰り道、わたしは那月さんのぼやきを聞きながら、二人で帰路を歩いていた。


「まさか、あの場であの子達の事を言い出すとは思わなかったから、正直焦ったよ」

「すみません。これはチャンスだと思ったので」

「気持ちは分かるんだけどね。って言うか、あの子達に魔女に至れるかもしれない程の素養があるって知ってたなら最初に言ってよ。それで対応も変わってくるんだしさ」


 那月さんとしては、世間知らずなわたしが食い物にされるかもしれないとハラハラして見ていた様で、幸いにしてテルセロさんは誠実な商売人だから良かったけど、不要なリスクは避けて欲しかったらしい。

 わたしとしては、テルセロさんは信頼できると思っての提案だったけど、確かに那月さんに前もって相談していた方が良かったかもしれない。


「でも、そこは私も悪かったかな。フミナがセルフィを助けたいって言った時、すぐに否定しないでもっと話を聞けば良かったね」

「そこはわたしも言葉足らずでしたし。でも、優秀な魔法の素養持ちって、思った以上に重宝されるんですね」

「そりゃそうよ。誰も彼も魔法が使える訳じゃないし、ましてや強力な魔法使いとなると、ホント少ないんだから」


 そう会話しつつ、わたし達は夜の街を歩んでいく。

 夜の街は日本と比べるとずっと暗く、根源的な恐怖感もあるけれど、【隠密】の効果もあってか、あまり危険は感じない。


「そうだったんですね……。えっと、それなら彼女達をわたし達で保護しても大丈夫……でしょうか?」

「そうだね。話も随分大きくなっちゃったし、もう見過ごせないっしょ。だからさ、帰ったらモニカに相談してみて。多分、もう調べは付いているはずだから」

「それって……」


 那月さんの言葉を聞いて勢いよく彼女の方を振り向くと、那月さんはしまったという顔をした後に明後日の方向を向いてしまった。

 セルフィ達を助けるのは難しいと言いつつも、那月さんの方でも気に掛けてくれていた様で、その配慮に嬉しくなる。


「ありがとうございます」

「ま、相棒だからね。それより早く帰ろっか」


 照れた様にそう返す那月さんのの声を聞きつつ、わたし達は帰路を急いだ。


◆ ◆ ◆


「ただいま~」

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませー。今日はもう泊ってくると思っていたんですが、帰って来られたんですね。フミナちゃん、食事会はどうだった?」


 わたし達が屋敷に帰ると、モニカさんはまだ起きていて、何やら書類をまとめていた様だった。

 もうかなり遅い時間になっていたので、わたし達が帰ってくるとは思っていなかったらしく、モニカさんは意外そうな表情でわたし達にお帰りの挨拶を返す。


「まーね。色々と決まった事があるから、モニカにも早めに伝えとこうと思ってさ。例の件、調べは付いた?」

「そうですねー、それなりです。それをこの場で話すという事は……」

「うん、その件も含めて話すね。その前にお茶を淹れて貰って良い?」

「かしこまりましたー。では、用意してきますね」


 そう言うと、モニカさんはお茶を淹れに台所へと向かう。

 その間に、わたし達も着替える等して落ち着く事にした。




「なるほどー。フミナちゃんはピンセント商会と業務提携する事になり、それに当たって孤児の女の子を雇う事にしたんですね」


 わたし達が着替え、モニカさんがお茶を淹れた後、那月さんはピンセント商会でのやり取りをモニカさんに話した。

 当初はモニカさんも普通に頷いていたけれど、セルフィ達に優れた魔法の才能があるという話に差し掛かったときは驚いた表情になった。

 それでも、話の大筋は想定していた様で、最後に納得の言葉を返す。


「はい。ですので、早めに彼女達を保護出来ればと思います」

「ふんふん。ところでフミナちゃん、話は変わるけど、お姉ちゃんの魔法の素養も診て貰って良いかな?」

「モニカさんの、ですか? では、両手を出して下さい」


 急いでセルフィ達の話を聞こうとするわたしに対し、わたしの話の真偽を確認するためなのか、モニカさんが魔法の素養の確認を求めてくる。


 なので、わたしはモニカさんと両手を繋いで魔力を流し、続いて流れる魔力の属性を変えていく。

 わたしは人間の使える魔法全ての属性が使えるから、こういった調査にはうってつけと言えるかもしれない。


 半ば予想していた事だけれど、モニカさんは魔法が使える様で、ただの侍女という訳ではなかったらしい。


「……属性は光と風、素養としては中級の魔法使い、という感じでしょうか」

「当たりよ、フミナちゃん。魔女って凄いのねー、正直驚いちゃった」

「その、魔法が使えるという事は、モニカさんは……」


 わたしが遠慮がちに尋ねると、モニカさんは困った様に微笑みつつも、確かな答えを返す。


「私は侍女よ、ナツキ様の。ただねー、侍女と言っても仕える主によっては色々な技能が必要になるの」

「まあ、モニカはモニカで相当特殊だけどね。要人警護に近接戦闘や魔法戦、諜報まで出来る侍女って中々いないしさ、私も良く助けられたよ」

「あらー、ナツキ様から感謝の言葉を頂けるのは嬉しいですね」

「ええと、侍女ってなんなんでしょうか……」


 二人が言うには、モニカさんは万能な侍女であり、大抵の事はこなせてしまうらしい。

 実際に、今回もセルフィ達を調べるに当たり、モニカさんの諜報能力を活用して彼女たちの身辺を確認していたらしかった。


「それは良いとして、確認なんだけどさ。あの子達、何処かで囲われてるって事は無いよね?」

「はい、それは間違いありませんー。強いて言えば、この街のマフィアが女の子達にちょっかいを掛けていて、彼女達はそれを断っている感じでしょうか」

「……それは断れるものなんですか?」

「そうねー。マフィアも大手を振って活動している訳ではないから、あまり強引に事を運ぼうとはしていないみたい。でも、女の子達も遠からず限界が来るから、それを待ち構えているのが正解じゃないかな」


 モニカさんの答えを聞き、わたしはどうしたものかと考え込む。

 この街にマフィアがいた事も驚きだけど、セルフィ達に向けてその食指が動いているとなると厄介な状況になる。


 そう悩むわたしに対し、不意に那月さんがわたしの頬を突いてくる。

 わたしが驚いて振り向くと、那月さんはにこっと笑って告げた。


「難しい顔してるね、フミナ。でもさ、こういう時こそ勇者の出番じゃない?」

「ですが、これはわたしの我儘ですし……」

「そんな事言わないの。私達、相棒でしょ。それにさ、セルフィ達はマフィアにまだ囲われている訳じゃない。だから大丈夫だよ」


 不思議なもので、那月さんの声を聞くと、焦燥感が薄れていくのを感じる。

 それは、那月さんがこの世界で勇者として活動してきた実績が、その言葉に籠っているからなのかもしれない。


 それからは、わたしもセルフィ達を救う覚悟を決め、モニカさんから必要な情報を教えて貰う事にした。

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