第31話 商談

 そのまま、わたし達はメイドさんに先導されて食事会の会場へと入る。

 そこではミリアムさんとリンダさんが既に着席していて、テルセロさんが二人の子どもと一緒に迎えてくれた。


「ようこそ、ナツキさん、フミナさん。良くお似合いですよ。それと、早速ですが紹介させて下さい。こちら、私の子どもでマシューとカリーノです」

「お姉さん達、すっごい美人だね。姉貴が興奮しそう。あ、俺マシュー」

「…………私、カリーノ……です」


 二人ともまだ小学生位で、恐らくはフィリアよりも年下になるだろう。

 快活そうな男の子がマシュー君で、人見知りな女の子がカリーノちゃんとの事で、二人は双子になるらしい。


「初めまして、マシュー君、カリーノちゃん。私はナツキ、こっちはフミナね」

「初めまして、フミナです」

「よろしく! ……って、フミナのドレス、ひょっとして姉貴が選んだ?」

「マシュー、目上への言葉遣いは気を付けなさい。ナツキさん、フミナさん、子どもがわんぱくで申し訳ありません」


 マシュー君が生意気盛りな感じでわたし達に話し掛けて来たところを、テルセロさんが叱る。小さい男の子はこんな感じだと思うけど、カリーノちゃんが大人しい事もあって、悪目立ちするのかもしれない。


「テルセロさん、お気になさらず。マシュー君はどうしてそう思ったのですか?」

「そのドレスって、姉貴が立ち上げようとしているブランドの試作見本だったはずだし。フミナ……さんって、姉貴が理想とするモデルって感じがするからかな~」


 マシュー君をフォローしつつ質問してみると、予想以上にしっかりした答えが返ってきて驚く。

 また、ティナさんが過剰とも言える反応をした理由の一端が分かって、ちょっとだけ納得した気分になった。


 そうして、テルセロさん達と談話していると、やがてサリーさんとティナさんも来たので、皆が席について食事会が始まる。

 元々身内だけの食事会という事もあったのか、奇をてらった料理は無く、普通の料理がひたすら美味しく丁寧に作られた感じだった。


 食事会ではお酒も勧められたけど、わたしは日本だとまだ飲酒可能な年齢になっていないから、それはお断りした。

 ちょっと意外な事に、那月さんもお酒は飲まない様で、私同様にお酒は断っていた様だった。

 その一方で、ミリアムさんは色々と危機一髪だったところから生還した安心感もあるのか、羽目を外して飲んでいた様で、途中からはリンダさんに介抱されていた。


 やがて食事会もお開きになり、その後わたしと那月さんは別室に呼ばれ、今はテルセロさんとサリーさん、ティナさんと向かい合っている。


「夜分遅くに残って頂いて、申し訳ありません。お二人にご相談事がありまして、急ではありますがお呼び立てした次第です」


 テルセロさんはそう口火を切ると、わたし達を見回してから続ける。


「まずは、今回の救援に改めての感謝を。特にフミナさんのお力が無ければ、私とティナはこうして五体満足でいる事はなかったでしょう」


 テルセロさんがそう言うのに合わせ、三人はわたし達に頭を下げた。

 それを見て、わたしはどう答えるべきか分からず戸惑う。

 そんな状況で、那月さんがわたしの手の上に掌を重ねてきたので、わたしは彼女の方へと振り向いた。

 すると、那月さんの顔には『任せて』と書いてあったので、まずは彼女にお願いしてみる事にする。


「頭を上げて。それと、今回はフミナがいたから間に合ったけど、これからはもっと安全に気を配る事」

「そうですな。私も商売が順調に進んでいる事で、慢心があったのでしょう。今後は無理をせずに、安全を第一に考える様にします」

「そうだね、命あっての物種なんだしさ」


 那月さんが『この話はもうおしまい』という感じでそう返すと、ほっとした雰囲気が流れる。

 すると、丁度そのタイミングを捉え、ここからが本題という様にテルセロさんが切り出した。


「では、続いての話になります。先ほどの話にも絡みますが、今回のお礼も兼ねて、お二人の後援などさせて頂ければと思いますが、如何でしょうか」

「あ~、そういう話、私はパスね。そもそも王都での契約もあるし。でもさ、可能なら私の分もまとめてフミナに回して貰う事は出来るかな?」

「フミナさんに……ですか?」

「そう、私もこの子の相棒としてなら手助け出来るしさ。それに、フミナは良い薬も作れるから、色々お得だと思うよ」


 那月さんの話を受けて、テルセロさんは考え込む素振りを見せる。

 テルセロさんの提案は驚いたけど、那月さんは予想していたのか、あっさりと答えを返していた。

 更に、わたしの錬金魔法活用の提案も付け加えていて、那月さんの普段とは違う一面に思わず感心してしまった。


 そうしているうちに、テルセロさんも考えがまとまったのか、改めてわたし達を見据えて口を開いた。


「分かりました。フミナさんもそれで宜しいでしょうか?」

「……はい、お願いします」

「それと、先ほどのナツキさんの話に掛かりますが、私としても、事業の面でもフミナさんと共にありたいと考えております」


 テルセロさんはそう言うと、ポーションを一本取り出す。


「これは昨日頂いたポーションですが、素晴らしい品質のものでした。ナツキさんのいう通り、フミナさんは魔道具作成にも優れた適性をお持ちの様です。であるなら、一介の商人としてこの商機は逃せないと考える次第です」


 テルセロさんは、わたしの作ったポーションを手にそう熱く語ってくれたけど、想定外な高評価と急な誘いに、わたしは上手く答えを返す事が出来ない。

 そんなわたしの様子を見て、那月さんが代わりに話を進めていく。


「うんうん、流石だね。フミナの価値を良く分かっているじゃない!」

「あれだけの魔法とこの魔法薬とを見せられて、それで動かない様ではむしろ商人失格かと。では、詳細は後日に改めるとして、大まかなすり合わせはこの場でしてしまいましょう。そちらからご質問やご提案などはありますか?」


 那月さんとテルセロさんは笑顔でトントン拍子に話を進めて行って、ピンセント商会との業務提携があっさりと決まる。

 続いて、テルセロさんからの問い掛けに対しては、那月さんがわたしを促す様にわたしの肩に手を触れてきた。


 それを受けて、わたしは一度目を閉じて深呼吸をして、自身の考えを整理する。

 テルセロさんの申し出は非常に有難く、この話をこのまま進められれば、わたしがこの世界で生きていく上での問題はほぼ解決出来るだろう。

 勿論、それはわたしが望んだ事ではあるけど、であるなら、もう少しだけ貪欲になってみる事にした。


「では、わたしから質問と提案とを一つずつお願いします」


 わたしの言葉を受けて、テルセロさんは笑顔のままその先を促して来たので、まずは確認の意味での質問から行う。


「わたしの仕事としては、魔道具と魔法薬の作成と考えて宜しいでしょうか」

「大まかにはその通りですが、私としては魔法全般に関して我々の顧問を任せられればと考えています。例えば、魔法薬の一般用品への応用や、魔法に関する知見を求める事もあるでしょう」


 テルセロさんの答えを聞いて、わたしはなるほどと納得する。

 錬金魔法だけでなく、魔法に関する全般が業務対象になる訳だけど、魔女の能力を考えるとその方が理に適っていると思う。


「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

「但し、ティナの方でもフミナさんにお願いしたい事がある様ですので、それは次回にしましょうか」


 テルセロさんの発言を受けて、皆の視線がティナさんに集まったけど、ティナさんはどこ吹く風とわたしに熱視線を向けてくる。

 何となくだけど、マシュー君の『姉貴が理想とするモデル』に掛かってきそうで、ちょっとたじろいでしまったけど、そうなったらティナさんには悪いけど断ろうと心に決める。


 そんな感じで少々出鼻を挫かれてしまったけど、気を取り直して本題に入る事にした。


「続いて提案になります。登用をお願いしたい子達がいまして、それは可能でしょうか?」

「……それは当商会で、という事でしょうか?」


 この問い掛けは予期していなかったのか、テルセロさんから困惑の声が漏れる。

 こちらの方でも、那月さんが困った表情になったけど、わたしとしてもこの機会は逃せないから、一息に答えを返す。


「はい。その子達は孤児の少女で人数は五名、うち二人は優れた魔法の素養持ちである事を確認しています」


 わたしの言葉を聞いて、テルセロさんは驚愕の表情を浮かべ、那月さんはぽかんとした表情になった。

 テルセロさんは一早く我に返ると、今度は慎重な口調で確認してくる。


「……フミナさんを疑う訳ではありませんが、どの様に確認されたのでしょうか」

「この街に着いた時に街の案内をして貰いまして、その道中での話の流れと彼女達の希望もあって、わたしの手で直接確認しました」

「……成程。では、素養の程度もお教え頂けますか」

「そうですね……。確かな事は言えませんが、二人とも魔女に至る可能性もあり得ると考えています」


 続けて返した答えを聞いて、再度テルセロさんは驚愕の表情になる。

 那月さんも想定外だったのか、今度は物言いたげで少々不満そうな顔をしていた。


 セルフィ達をどうしたいのか――

 わたしなりに考えた結果、自分の力が及ぶ範囲なら自分のやりたいようにしようと決めた。


 わたしの力では、孤児の少女5人を抱える事は無理だけど、そこに確かな利があればどうだろうか?

 セルフィとフィリアの魔法の素養は確かで、よくよく考えれば、それだけでも2人を保護する理由になり得るはずだ。


 問題は残り3人で、特にリゼット以外の2人がどんな子なのかは、わたしも良く知らない。

 そう言う意味でこの話は賭けの面もあるけど、顔を合わせた3人はみんな良い子だったし、それなら優秀な魔法使いの卵2人を抱えられるメリットが勝るとみた。


 緊張しつつも、この話に対する反応を伺うわたしに対し、テルセロさんは熟考の末、わたしを見据えて答えを返した。


「フミナさんには驚かされてばかりですな。確かに、優秀な魔法使いを更に2人も抱えられるのなら、それは大きな利点となるでしょう」


 これだけ聞くとわたしの主張が通った様だけど、テルセロさんは更に続ける。


「……そうですな。ではフミナさんからの提案への回答も兼ねて、私からも提案させて下さい」

「……どうぞ」

「まず、当商会ではティナを責任者として、若い女性向けに新しいブランドの設立を進めている最中でして、今回の行商もその一環でした」


 テルセロさんが今回の内幕を語った事で、思わずティナさんを見ると、彼女からにっこりと微笑みが返ってくる。


「つきましては、フミナさんには主にティナの手伝いをお願いしようと考えております。新規事業ゆえに新しい事も始めやすい、というのがその理由です」

「……なるほど」


 新ブランド設立の話が出たときは驚いたけど、ここまでは想定内の内容だ。

 であるなら、ここからがテルセロさんの『提案』になるのだろう。


「ここまでが、我々が当初描いていた想定になります。そこに、先ほどのフミナさんの提案を考慮しますと、その子達は新ブランド設立に合わせて新店舗での採用を検討しましょう」

「採用の判断となる基準などはありますか?」

「そうですな……。魔法の素養持ちでしたら、一旦は仮採用として、魔法を発現出来た時点で合格。そうでないものは、筆記試験と面接をクリア出来れば仮採用、店舗教育を修了出来た時点で本採用という形で如何でしょうか」


 テルセロさんの提案する条件は真っ当で、魔法の素養持ちが優遇されるのは、それだけ貴重な人材だという事だろう。

 一方で、魔法の素養が無くても最低限の門戸は開いて貰えたので、この辺が落としどころになるのかもしれない。


 それからは、お互いの認識に齟齬が無いか簡単に確認を済ませ、最後に詳細を詰める日にちを取り決めて、話し合いが終了した。


 もう大分遅い時間になっていた事もあり、泊っていくよう提案も受けたけど、それは固辞してテルセロさんの屋敷を後にする。

 治安的な意味では、テルセロさんの提案に乗るのが無難だけど、勇者と魔女の組み合わせならまず大丈夫だろうし、ヒナタもいるから【隠密】を掛けて貰えば問題は起きないだろう。

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