第30話 騎士とお姫様
「ん…………、ここは……?」
「あ、目が覚めた? フミナ、私が分かる?」
「那月さん……? そっか、気を失っていたんですね、わたし」
「うん、顔が真っ赤になってたから焦ったよ。はい、お水」
那月さんはそう言うと、冷たい水の入ったコップを差し出してくる。
わたしは素直にそれを受け取ると、一息で水を飲み干した。
冷水のお陰か徐々に意識もはっきりしてきて、わたしは湯あみ着を着せられており、どうやら那月さんの[
「……ありがとうございます。それと、迷惑を掛けてすみません」
「気にしないで。今回の冒険は結構大変だったから、疲れてたんだよ」
「そうかもしれませんね……」
実際には、那月さん・ティナさんとの混浴が主要因だと思うけど、確かに今までで一番長く街の外にいた上に魔物との戦いも激しかったので、それなりに疲れもあったのかもしれない。
「どうする? 食事会は出られそう?」
「それは大丈夫です。調子が悪い訳ではありませんので」
わたしはそう言うと、自分自身に一通りの回復魔法を掛ける。
念のための措置ではあったけど、とりあえずは心身共に落ち着きを取り戻せたと思う。
丁度そのタイミングで、ティナさん・サリーさん
「フミナちゃん、大丈夫!?」
「はい、ちょっとのぼせただけですので。ご迷惑をお掛けして……」
そうわたしが言葉を発したところで、突如サリーさんがわたしの唇の前に人差し指を立てる。
わたしが驚いて口を閉じると、サリーさんは医者がする様にわたしの様子を診ていって、特に問題無いと分かったのか、最後にほっとした表情になった。
「大丈夫そうで良かったです。戦闘も伴う長旅の後、慣れない環境での入浴でしたからね。疲れが出たのでしょう」
「ごめんなさいね、フミナちゃん。気付かずに長湯させちゃって」
「いえ、わたしの方こそご迷惑をお掛けして……」
そのまま、わたしとティナさんで謝罪合戦になりそうなところ、サリーさんは両者の口の前に人差し指を立てて、それを仲裁する。
「どちらが悪い訳でもないから、この話は終わりにしましょう。フミナさん、食事会には出られそうでしょうか?」
「はい、大丈夫と思います」
「お母さん、でもそれだと……」
「心配ないわ、ティナ。フミナさんなら小細工をする必要が無いもの。フミナさん、お着替えをお持ちしましたので、このまま着てしまいましょうか」
何故か困った顔をしたティナさんに対し、サリーさんは問題ないと返すと、わたしに向き合ってにっこりと微笑む。
わたしとしても、ここまで来れば毒を食らわば皿までの心境なので、ティナさんの困り顔は気になったものの、ドレスの着付けをお願いする事にした。
一方で、那月さんは自前の正装に一人で着替えて来るらしく、お風呂場の更衣室を後にする。
幸いな事に、用意されたドレスは中世貴族の様な装飾華美なものではなく、意外と現代的なつくりをしていたので、思ったより普通な事にほっとした。
「良くお似合いですよ。苦しくは無いですか?」
「そう……ですね。もっと大変かと思っていましたが、大丈夫と思います」
「最近はシンプルなデザインのものも良く出ていますし、フミナさんにはそちらの方が似合いますので……。ティナ、どうかしたのかしら?」
サリーさんの問い掛けにつられてティナさんを見ると、彼女はぽかんとした表情をしていた。
どうしたのだろう? と思ったけれど、どうやらかなり細身のドレスだったらしく、わたしがのぼせた後でもあるので、きつくないかを懸念した様だった。
何か複雑な表情になったティナさんを他所に、サリーさんはわたしの髪の毛を手際よくまとめると、綺麗な髪飾りで固定する。
最後にドレスに合わせた靴を履かせて貰って、わたしの着付けが完了した。
「ふふっ、見立て通りでしたね。良くお似合いですよ」
「その、ありがとうございます」
実際に姿見で今の自分を見てみると、自分で言うのも何だけど、深窓の令嬢という感じで、普段とはまた違う雰囲気になっており驚く。
但し、思ったよりは動きやすそうだけど、特に靴が慣れない感じなので、歩く時は気を付けた方が良いかもしれない。
そんな事を考えていたところ、部屋の外から那月さんの声が掛かった。
「入るよー。……おお~、凄いね! やっぱり、フミナはドレスも似合うじゃない。本物以上にお姫様みたいだよ」
そう言う那月さんは、畏まった感じの騎士服を纏っていた。
確かに良く似合っていたし、勇者としての正装なのかもしれないけど、わたしばかり女性らしい格好をさせられた感じで、ちょっとズルいと思う。
「……どうも。ですが、それは不敬なのでは?」
「良いの良いの。それより、立たないの?」
せめてもの反撃で、那月さんの発言を咎めたものの、本人は何処吹く風という感じだ。
それに対して、わたしはどう答えたものかと困った顔を作りつつ、まずは那月さんの手を借りるべく彼女を見上げた。
「ちょっと靴が慣れなくて……、手を貸して貰って良いですか」
「そっか。多分、フミナってこういう格好初めてだよね? ちょっと待って」
そう言うと、那月さんはわたしの前に跪く。
那月さんは、意味が分からず困惑するわたしの手を取ると、手の甲に口づけを落として微笑んだ。
「それでは私がエスコートします。参りましょう、姫」
那月さんなりの冗談なのだと思うけど、返しが浮かばず思わず固まる。
しかし、それは沈黙とはならず、ティナさんの嬉しそうな悲鳴と、そのまま倒れたと思わしき音が聞こえた事で、わたし達はそちらへと振り向いた。
「…………え?」
「ナツキさんが騎士で……、フミナちゃんがお姫様で……、しあわせ……」
「……どしたの、ティナ?」
良く分からないけど、わたし達の格好と那月さんの冗談とがティナさんの何かを刺激したらしく、彼女は幸せそうな表情で倒れていた。
それを見て、サリーさんは頭痛を堪える様に自らの頭を抑えている。
「娘が粗相をしてしまい、申し訳ありません。お二人は、そのまま会場へ向かって下さい」
「え、ええ……、分かりました」
「私達も着替えた後に伺います。……ティナの再教育も行わないといけませんので、この場は失礼致します」
そう言うと、サリーさんはティナさんを無理矢理立たせて、引き摺って行ってしまった。
残されたわたし達はしばしの間唖然としていたけれど、やがて気を取り直すと、那月さんがエスコートする形で会場へと向かう事にした。
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