第29話 みんなでお風呂

 結局、わたしはそのまま脱衣所まで連れ込まれてしまい、今は呆然としつつも上着に手を掛けていた。

 ここまで来てしまうともう逃げる術は無いから、心の中で二人に謝りつつ、出来るだけ目を向けないようにしようと心に誓う。


「どしたのフミナ? なんか、顔ちょっと赤くない?」

「……っ! その、大丈夫ですから、気にしないで下さい……」

「そう? なら、フミナも早く脱いじゃおうよ」


 そう言う那月さんもまだ下着姿なので、この位は目にしてもセーフか? 等と思いつつ、わたしも服を脱ごうとしたのだけれど、今度は何故か脱ぐのを躊躇う気持ちが生まれてしまい戸惑う。

 目の前の那月さんは、月の女神もかくやという程のプロポーションで、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、貧相なわたしの身体とは大違いだ。

 そのせいなのか、何と言うか、この人の前で服を脱ぐのが物凄く高いハードルに感じられる。


 ……ちょっと待って欲しい。その感情は何かおかしくないだろうか?

 まるで思春期の女子の様な――、と考えがよぎったところで、それは気のせいだと頭を振って、思い切って上着を脱ぐ。

 そうして、上着を脱衣籠に入れていると、那月さんから声が掛かった。


「やっぱ、フミナは細いね~。肌も白くて綺麗だし、羨ましくなっちゃうよ」

「……あなたがわたしを羨ましがる事なんて、無いと思いますけど――」


 そう那月さんの言葉に反論しようとして振り返ったのが良くなく、既に脱衣を終えていた彼女を至近距離からばっちり見てしまった。

 その瞬間、色々な感情がわたしの中で渦巻いてオーバーヒートを起こし、わたしは言葉を発する事も出来ずに固まってしまう。


「フミナ、大丈夫? どしたの?」

「恐らく、ナツキさんがあまりに綺麗なので、目を奪われてしまったんじゃないでしょうか? 私から見ても凄く魅力的ですし」

「えぇ~、そんな褒めても何も出ないよ?」

「フミナちゃんもナツキさん負けない位に綺麗だと思うんですけど、だからこそ、あるいはショックを受けていたりする……かも?」


 わたしが固まっている間に、今度は後ろからティナさんがくっついてくる。

 彼女も既に一糸まとわぬ姿の様で、その身体の温かさと柔らかさがダイレクトに伝わってきて、わたしはもう何も考える事が出来なくなっていた。

 そんなわたしに対し、ティナさんが迷(?)推理を語った事で、特に怪しまれずに済んで助かった一方で、ティナさんは遠慮なくわたしの下着をテキパキと脱がしていくと、呆然とするわたしをそのままお風呂へと連行していく。


 それが偶々クールダウンに繋がったのか、浴室に入った事でわたしも何とか気を取り直し、まずは髪と身体を洗う事にする。

 屋敷の大きさに応じてお風呂も広く、わたし達三人でも広過ぎるくらいなのだけど、わたし達はわたしを真ん中に付かず離れずの距離に位置取っていた。

 ただ、幸いな事に湯気のお陰もあり、目を向けないように気を付ければ、二人の身体を見ない様に出来るかもしれない。

 そう考えつつ髪を洗おうとしたところ、左隣のティナさんからストップが掛かった。


「フミナちゃん、待って。そのまま髪を洗うの?」

「そうですけど、何かおかしいでしょうか……?」


 そう言って、思わずティナさんの方を振り向くと、彼女はぽかんとしていた。

 それを見て、特に変な事はしていないよね? 等と考えていると、彼女は突如黙考の体制へと入る。


「……ひょっとして、フミナちゃんって本当に原石そのまま、何も手入れせずにこの美しさなの……? だとすると、これからは磨き放題……?」

「ティ、ティナさん……?」


 小さな声で呟くティナさんを見て、わたしは慄きつつも声を掛ける。

 一体、彼女に何があったのだろうか?


 そう思っていると、彼女は顔を上げて猛然とわたしに迫ってくる。

 その際に、那月さんにも劣らない程の大きな膨らみを目にしてしまい、思わず目を逸らすも、ティナさんはお構いなしに迫ってきた。


「フミナちゃん! それじゃ駄目なの。正しい髪のお手入れを教えるから、もっと綺麗になりましょう!」

「へっ!?」

「それじゃ、まずは――」


 ティナさんはそのまま半ば暴走状態になって、わたしの髪を洗いながら、逐一手入れの仕方を説明していく。

 よくよく考えると、男の時とは髪質も髪の長さも違う訳で、確かに同じ様に洗う訳にはいかないのかもしれない。

 だけど、ティナさんの『正しい髪のお手入れ』は時間が掛かる上に手順が多岐に渡り、途中からは諦めの境地で髪を洗われている状態だった。


 それでも終わりはやってくるもので、髪を洗い終えた後に大きなタオルで髪をまとめて貰い、ようやくティナさんの洗髪講座が終了する。

 わたしの髪を洗っていたティナさんがやり遂げた感じでつやつやしていて、ただ座っていただけのわたしが疲れ切っているのは何かおかしい気がするけど……。


 ともあれ、これで一段落と思ったのだけど、そう上手くはいかないらしい。


「フミナ、今度は私と背中を流し合いっこしようよ!」


 そう言えば、那月さんは相棒と背中を流し合いたいって言っていましたね……。

 今更断る事も出来ず、きゃいきゃい言われながら、今度は那月さんに身体を洗われる事になった。


 そんなこんなで随分と精神的に消耗したけれど、身体を洗い終えた後は、何とかお風呂に入って一息付く。

 折角のお風呂なのに疲れる様では本末転倒なので、先ほどの疲労感を癒す様に入浴を堪能していると、ティナさんが近付いて来た。


「フミナちゃん、湯加減はどう?」

「丁度良いです。それにしても、凄く広いお風呂ですね」

「お父さんの趣味なの。若かりし頃に入った温泉に感銘を受けて、この家を建て替える時にお風呂にも拘り抜いたんですって」

「それは凄いですね」


 さっきは精神的に一杯一杯だった事もあって気が回らなかったけど、少し落ち着いてみると本当に大きなお風呂だと気付く。

 ちょっとした温泉旅館並だと思うし、これだけのものを家に用意するあたりに、テルセロさんの拘りが感じられた。


 そうしてティナさんと話していると、ふいに目線が彼女の胸元に行きかけてしまい、慌てて目を逸らす。

 彼女も那月さん並のものをお持ちなので、どうしても目線が吸い寄せられそうになるけど、それは駄目だと自分に言い聞かせた。


 だけど、その一方で良く分からないもやもやした気持ちも感じ、そんな不可思議な感情に思わず戸惑う。

 その気持ちを抑えるべく自身の胸元に手をやると、彼女達よりも随分と慎ましやかな膨らみが感じられ、思わず言葉が口をついた。


「はあ……。明らかに、わたしだけ小さいですよね……」

「フミナちゃん、どうしたの?」

「ひゃあ!」


 気が付くと、ティナさんに至近距離から覗き込まれており、わたしは思わず後ずさる。


 それに、わたし、今何て……。まさか聞かれた!?

 そう混乱するわたしに対し、ティナさんは再度距離を詰めてくる。


「ちょっと意外……。だけど、フミナちゃんもそういうところは普通の女の子って事かしら」

「え……、今の聞いて……」


 自分の口から出てしまった、あり得ない呟きを聞かれた事で、顔から火が出そうなほど熱くなってくる。

 お風呂の熱さか羞恥の熱か、どっちのせいで熱いのか分からないまま混乱するわたしに対し、ティナさんはわたしの手を握るとにっこりと笑いかけた。


「だけど、私はフミナちゃんのスタイルもとっても魅力的だと思うわ」

「……そんな事ありません。ただ貧相なだけですので……」


 そう言って軽く落ち込むわたしを見て、ティナさんは苦笑しつつも言葉を続ける。


「フミナちゃんは、スタイルそのものは凄く良いの。黄金比って聞いた事ないかしら?」

「黄金比、ですか?」

「私も耳にしただけなんだけどね、人に美しく見えるスタイルには、とある法則があるらしいの」

「……それが黄金比?」

「ええ」


 ある意味でティナさんらしい話につられてか、わたしも少し気持ちを持ち直す。

 多分、ティナさんもお仕事で得た知識なのだろうけど、どういう事だろうか?


「正直なところ、私も半信半疑の話と思っていたの。でもね、フミナちゃんを見て、ああこういう事かって納得したわ。だって、本当に綺麗なんだもの!」

「ティ、ティナさん……?」

「女の子同士なのに、フミナちゃんを見るとドキドキが止まらないの……。こんなところで、煌びやかな宝石の原石が見つかるなんて……」

「ティナさん、落ち着いて!」


 気が付くと、わたしの両方の手のひらはティナさんの手に包まれていて、ティナさんは熱っぽい目でわたしを見つめていた。

 良く分からないけど、このままだと色々とヤバい気がする。


 そんなわたしの窮地に対し、ティナさんからわたしを取り返す様に、那月さんが後ろから抱き着いてきた。


「だーめ。フミナは私のだから、あげないよ!」


 但し、助かったと思ったのは一瞬で、今度は那月さんの身体の感触を直に感じてしまい、再度わたしは思考停止状態に陥ってしまう。

 最早、熱に浮かされた頭は何も考える事ができず、彼女達を見たり触ったりしないように乗り切ろうという意識こそ残っているものの、最早わたしは彼女達にされるがままの状態になっていた。


「ズルいですよ、ナツキさん。私はフミナちゃんをもっと綺麗にしたいだけですのに……」

「保護者の私を通してからね。それに、今の迫り方はフミナには刺激が強過ぎるからダメ」

「うう~、ナツキさんのいけず……って、フミナちゃん!?」

「ん? え? フミナ大丈夫!? これってのぼせてる!?」


 ふわふわした感じのままぼんやりしていたら、二人がわたしを見た後に驚いた顔になる。

 単に長湯になってしまっていたのか、それとも美少女とお風呂で触れ合い続けたのが良くなかったのかは分からないけど、わたしは完全にのぼせてしまったらしかった。


 そんなわたしを前に、慌てる二人の顔が見えたのを最後に、わたしは意識を手放した。

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