第28話 ピンセント商会訪問

 翌朝は日が昇ってから起きて、比較的ゆっくりと朝食を摂り、遅めに出発する。

 みんなに昨日の疲れが残っていないかを懸念したけれど、ゆっくり休めた事で十分に回復出来たらしく、皆顔色は良さそうだった。


 街までの道中は、馬が一頭しかいない事もあり、馬に荷馬車を引かせて、みんな徒歩で進んでいく。

 馬車前方ではテルセロさんが馬を先導し、その護衛にミリアムさんとリンダさんが付き、馬車後方ではわたし達とティナさんとで一緒に歩いていた。


「へ~、フミナちゃんって、流離さすらいの魔女だったのね。それで、今はナツキ様と一緒に暮らしていると」

「そうですね。それはそうと、結構グイグイ来ますね……」

「私達同い年だし、お友達になれたらと思うの。敬語も不要だし、私の事も呼び捨てで良いから~」


 意外な事に、ティナさんがかなり積極的に話し掛けてきて、わたしはたじろぎつつも答えを返している状態だった。

 彼女は那月さんにも程々に会話を振ってはいるけれど、同い年という事もあるのか、わたしの方に興味があるらしい。


「わたしは普段からこういう喋り方ですので……」

「そうなの? あ、それと忘れないうちに。ナツキ様もご一緒に、アルフルスに着いたら商会までお越し頂けませんか? このお礼も兼ねて、ささやかながらお食事会などを考えていましたので」

「りょーかい、フミナと一緒に行くね。それと、私に様付けは不要だからさ。歳も一つしか違わないし、普通で良いよ」

「はい、ナツキさん。お越しになるのを楽しみに待っていますね」


 気が付くと、わたし達はピンセント商会の食事会に招かれており、那月さんもすぐさま承諾していた。

 更に話を聞いていくと、今回の行商を終えた後は元々身内での食事会を催すつもりだったらしく、そこにわたし達への謝礼も兼ねて招待する事にしたそうだ。


「それだと、わたし達は場違いになりませんか?」

「そんな事無いわ。命の恩人を粗末に扱うだなんて、ピンセント商会の名折れだもの。そうだ! フミナちゃんに食事会用のドレスをプレゼントさせて貰えないかしら!」

「え、そんな、悪いですよ」


 そう言って、わたしは助けを求めて那月さんに目線を送ったけれど、彼女も困った様な表情のまま口を開く。


「良いんじゃないかな? フミナはドレスを持ってなかったと思うし、いい機会じゃない?」

「そうなんですか! うう~、今日のすぐでなければ、フミナちゃんにぴったりの物を一から作らせましたのに……。フミナちゃん! 次こそはオーダーメイドで作りましょうね!」


 気が付くと、ドレスは最早既成事実になったらしく、話はオーダーメイドのものをどうするかに移っていってしまった。

 どうやら、ティナさんは若い女性を着飾る事に並々ならぬ想いがあるらしい。

 なので、彼女の話が一段落したのをみて、聞いてみる事にした。


「何と言うか、ティナさんは女性の服飾に凄い拘りがあるんですね」

「ええ。可愛らしさをより可愛らしく、がモットーなの。商会でも私が担当する分野になるから、もっと頑張らないといけないわ」

「そうでしたか。ティナさんは凄いですね……」


 意外というか、私と年齢が一緒にも関わらず、ティナさんは既に商会の仕事を任されているらしい。

 言われてみると、この積極姿勢や熱意などを見るに、事業を動かすだけのエネルギッシュさが感じられるから、ほわほわした外見に反してやり手なのかもしれない。


「今回も、ゼアスの街との街道が使えるか試すのが一つの目的だったの。ここが安全に使えればゼアスの布地が簡単に手に入るし、事業にもプラスになるから」

「なるほど。そんなに、この街道は危険なんですか?」

「そうね……。安全を考えるなら、行商は避けるべき道とされていたわ。実際にこんな事が起きてしまうと、やっぱり難しいのかしらね……」


 ゼアスとアルフルスは治める貴族が違うのと、街を結ぶ街道のすぐ傍まで魔の森が広がっている事もあり、距離的には近いのだけど移動は容易でないのだとか。

 特に、沢山の貨物を抱える行商だと移動速度もゆっくりになるから、危険度が更に増すらしかった。


 アルフルスまでの道中は特に特筆する出来事はなく、時々現れる魔物もいたけれど、馬車に近付く前にわたしの魔法で迎撃していたので、問題なく進んで行く。

 そうして、ティナさんとそれなりに打ち解けた頃、わたし達はようやくアルフルスへと辿り着いた。


◆ ◆ ◆


 アルフルスに着いた後は、最初に那月さんの屋敷を経由して、モニカさんに帰還の報告と食事会に行く旨とを告げて、改めてピンセント商会へと出発する。


 モニカさんとしては、那月さんは大丈夫だと考えていた様だけど、わたしの方は心配だったらしく、再会した瞬間にもふもふされてしまう。

 何とかその手の中から逃げ出しつつ、モニカさんも食事会に誘ったけど、それは固辞された上で『楽しんで来てねー』と送り出されてしまった。


 やがてピンセント商会へと到着すると、隣接する大きな屋敷に入るよう勧められる。こちらが、テルセロさんの一家が住む家になるらしい。


 屋敷では、初老の執事さんと複数のメイドさんに迎えられ、経験の無い事態にわたしは恐縮してしまった。

 但し、周りを見ると、他のみんなは平然としているので、この世界ではそれほど珍しい光景では無いのかもしれない。


 それから少し間をおいて、屋敷の奥からわたしが買い物をした時に手伝ってくれた店員さんが姿を現したかと思うと、テルセロさんと抱擁を交わす。


「ただいま、サリー。また生きて会えて嬉しいよ」

「お帰りなさい、あなた。それが、本当に冗談じゃないところだったと聞いた時は、心臓が止まる思いだったわ」

「いや、本当にすまない。今後はより安全に気を配るよ。それと紹介するよ、今回護衛して貰った冒険者と、危ないところを助けて貰った冒険者達だ」

「今回は夫と娘を助けて頂き、ありがとうございました。……ナツキ様とフミナ様ですか?」


 店員さんがわたし達に気付いて発した言葉を聞いて、テルセロさんも軽く驚いた表情になる。


「知り合いかい?」

「ええ。少々前に、フミナ様のご入用でお二人がお店にいらして、その際にお手伝いなどを」

「そうか。改めてになるかもしれませんが、こちら家内になります」

「テルセロの妻のサリーと申します。皆様、改めてになりますが、夫と娘を助けて頂き感謝しております」


 何と、店員さんはテルセロさんの奥さんだったらしく、わたしと那月さんは驚いた。

 テルセロさんの奥さんという事は、ティナさんの母親になる訳で、わたしからみても母親位の年齢になるはずだけど、とてもそうは見えない若々しさだった。


 サリーさんは普段は商会の経理長をする傍ら、偶にお店の仕事をする事もあるらしく、わたし達が来た時も偶々お店に出ていた感じらしい。

 サリーさんとしては、那月さんの事を知っていたので、その時は他の店員には任せずに自分で対応したらしかった。


「まさか、あの時はこの様な縁があるとは思いませんでしたが……。その服もお使い頂けている様で何よりです」

「どもー、あの時はありがとう。お姉さん若いから、今の話は驚いたよ~。フミナ大活躍だったし、この服も役に立ってるよ~」

「買い物の際はありがとうございました。凄くお若いので、わたしも驚いてます」

「ふふっ、ありがとうございます。私どものところでお買い上げ頂いた物が、役に立っているのは冥利に尽きますね」


 わたしと那月さんがサリーさんに挨拶した後に談笑していると、不意にティナさんが後ろから話に加わって来る。


「お母さん、ナツキさんとフミナちゃんを借りて良い? それと、今日の食事会用にフミナちゃんにドレスを贈りたいから手伝って欲しいの」

「分かったわ、ティナ。貴方はどうするの?」

「まずは、三人でお風呂に入ろうと思うの。フミナちゃんのドレスを合わせるのも、その後の方が良いわよね」

「そうね。お風呂は沸いているから、入ってらっしゃい。特別なものはありませんが、お二人もどうぞ」

「え…………」

「良いの? ありがとう~。行こ、フミナ!」


 最初にわたしのドレスの話をしていたかと思えば、何故か三人でお風呂に入る事になっており、気が付いたら左右を那月さんとティナさんにがっちりと抑えられてしまう。


 このままだと、一緒のお風呂が避けられなさそうなのと、密着した二人の身体の柔らかさとで、わたしは混乱して二人の成すがままにされていた。

 同年代の少女と一緒にお風呂は不味いと思うのだけれど、それを上手く説明して乗り切る方法が思い付かない。

 那月さんもティナさんも楽しそうで、物凄く乗り気な雰囲気なので、もう反論の余地も無い感じだ。


 そのまま、わたしは誰宛とも知れぬ言い訳を思い浮かべながら、二人にお風呂まで連行されて行った。

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