第26話 VSゴブリン軍団

 翌朝、わたし達はすぐには街に戻らず、浅層と中層の境界付近で薬草の採取を続けていた。

 理由は二つあって、一つは折角遠くまで来たので、単純に時間ギリギリまで採取していこうというものだった。


「フミナ~、これとか良くない?」

「それ、普通に街の近辺にも咲いていそうですけど……。思い付きで採取しても、全部は試せませんよ」

「そっか~、どんなのが良いんだろうね」


 もう一つの理由は、ポーションの苦みを抑えて中和し、飲み易く出来ないかとの観点から、香草や果物なんかも追加で採取している事が挙げられる。

 日本でも、特に小さな子向けの薬なんかは甘く飲み易くされてあるし、あんなイメージで考えれば良いだろうか。

 この世界の薬はそこまで意識が回っていないらしく、ポーション類は苦いものと認識されているから、飲み易い物が作れたら売れるかもしれない。


 そう考えつつ、中層から浅層へ移って行き、少しずつ街に近付くルートを進んで採取していたところ、不意に多数の魔物の気配を察知した。

 魔物の群れは魔の森の中ではなく、方角的に街道に陣取っている様であり、そしてこれは……人の気配!?

 そう気付くや否や、わたしは一言告げて駆け出す。


「街道で人が襲われています! 先に行きます――[疾風の羽ラピッドフェザー]!」

「ちょ……、フミナ!」


 那月さんの返事を待たず、わたしは風魔法LV3[疾風の羽ラピッドフェザー]を身に纏うと、疾風の速さを以て駆け出す。

 そのまま短時間で森を抜けると、そこには地獄絵図一歩手前の光景が繰り広げられていた。


 魔物の群れはホブゴブリンの大群で、奴らは行商人と思わしき人とその護衛とを襲っていた。

 まだ抵抗している人もいる様だけど、多勢に無勢の状況では如何ともし難く、特に女性はホブゴブリンの獣欲に晒される寸前になっていた。

 それを見て、わたしは最速で魔法を発動しつつ叫ぶ。


「助太刀します! 出来るだけ伏せて下さい! ――[アースニードル]!」


 わたしは一気に無数の巨大な針を作り出すと、それらをまとめて風魔法で射出していく。それと同時に、わたし自身も[疾風の羽ラピッドフェザー]を纏ったまま飛び出し、まずは一番近くにいた少女の元へ向かった。

 少女を襲おうとしていたホブゴブリンは、わたしの[アースニードル]で貫かれており、そのまま仰向けに斃れていく。

 幸いな事に、ホブゴブリンは少女を動けなくしてから襲おうとしていた様で、少女は足に怪我をしていたものの無事だった。


「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……。っ! それよりも、お父さんが……」


 少女を宥めて次へ行こうとしたところ、彼女の父の姿が目に入る。

 少女を庇ったのか、かなりの深手を負っており、このままだと命も危ない状態なのは明白だった。


「む……、冒険者の方、ですか? ……この様な状況で不躾ですが、娘だけでも、連れて逃げて頂けませんか」

「お父さん!」

「ティナ、私はもう長く無い様だ。なら、せめてお前だけでも……」

「[上級回復エルダーヒール]、それと[回復ヒール]」


 父の方は、せめて娘だけでも助けたいと要請してくるけれど、わたしの魔法ならこの位の傷は十分治せる。

 時間が無いので二人を一緒に回復させてから、ヒナタを呼び出した。


「え……、傷が……」

「これは……、信じられん……」

「今ので大丈夫なはずですが、念のためこれをお渡ししておきます。あなたがたはここから動かないで下さい。ヒナタ、後はお願い」


 念のため、わたしは二人に幾つかのポーションを預け、ヒナタに守りをお願いすると、次の戦いへと赴く。

 親子から比較的近いところでは、二人の女性冒険者が戦っていた様だけど、多勢に無勢の状況でもあり、一人は倒れ、もう一人は襲われる寸前になっていた。


「いや……、やめて……ください……」

「そのまま動かないで! [アースニードル]!」


 下卑た嗤いを浮かべながら女性を襲おうとしていたホブゴブリンは、わたしの魔法で脳天を貫かれ、そのまま絶命する。

 また、周りにいたホブゴブリンも、同様に[アースニードル]で貫き、まとめて一掃した。


「大丈夫ですか!?」

「……嘘、助かったの……? ありがとう、ございます。でも、私よりリンダちゃんが……」

「あちらの方ですか? とりあえずはこれを。それと[回復ヒール]」

「凄い……、暖かい魔法……」


 女性の服はホブゴブリンによって破かれており、下着が露わになっていた事で彼女の豊かな胸元が見えてしまっていたため、外套を取り出して渡す。

 合わせて[回復ヒール]で彼女を回復し、急いでもう一方の女性の方へと移動した。

 彼女は深手を負っており、気を失っていたけれど、幸いにしてホブゴブリンに乱暴されたりはしていなかった様で、まずはほっとする。


「リンダちゃん、目を覚まして……」

「彼女が目を覚ましたら、あちらの親子と合流して下さい――[上級回復エルダーヒール]」


 わたしはリンダさんの傷を[上級回復エルダーヒール]で癒すと、もう一方の女性に避難するよう指示する。

 そうして辺りを見渡すと、少し離れたところに魔物の本隊が見えた。


「あれはゴブリンキング……、どうしてこんな所に」


 本隊の中央には巨大なゴブリン――ゴブリンキングが君臨しており、その両脇には上位種のゴブリンウォーリアとゴブリンガードを従えていた。

 また、その周りにはまだ多数のホブゴブリンが控えており、先遣隊こそ全滅させたものの、戦いはまだこれからの様だった。


 ゴブリンキングはわたしの存在を認めると、獣欲に塗れた視線を向けてきて、下品に嗤う。

 その視線の気持ち悪さに、わたしは思わず怖気が立ったけど、ゴブリンキングを睨み返して大声で告げた。


「わたしの事を獲物と勘違いしている様ですが、それが間違いだと教えて差し上げます――[アースニードル]!」


 わたしが力ある言葉を紡いだ事で、ゴブリンの軍団は身構えるも、しばらくしても何も起こらなかったため、奴らから嘲りの嗤いが起こる。

 それでも、ゴブリンキングだけはすぐに状況を把握したのか、一転して怒りの形相を向けてきた。


「気付いた様ですね。後詰めの魔物は始末させて頂きました」


 わたしはそう言って、改めてゴブリンの軍団と対峙した。

 今の[アースニードル]で始末したのは、わたしの遥か後方で、逃げた獲物を待ち構えていただろうゴブリン共で、恐らくは上位種だろう。


 流石にゴブリンキングともなると知恵も回り、今回は物量で押し潰すと共に、獲物が逃げても後詰めの部隊が仕留めるという戦術らしかった。

 また、本隊が苦戦するようなら、後詰めの部隊が後方から奇襲を掛ける事も出来るから、応用も利く戦略的な布陣とも言えるだろう。


 この戦略を採るなら、後詰めはメイジやアーチャーの様な遠隔攻撃を得意とするゴブリンの可能性が高く、それを初手で潰されたのは計算外だったに違いない。

 事実として、本隊には遠隔攻撃タイプは見受けられず、このやり取りでわたしは大分優位に立つ事が出来た。


 それに、わたしが伏せている手札はもう一枚あって、どうやら彼女も間に合ったらしい。


「聖剣技――[ルミナスソード]!」


 那月さんは聖剣技を発動しながら森から飛び出すと、ゴブリンの本隊の一角を切り付けた。

 光り輝く聖剣は、ホブゴブリンの群れを豆腐でも切るかの様に切りひらいていく。


「フミナ、早過ぎだって……。無事!?」

「はい! 襲われていた人達の怪我の治療もしましたので、後はそいつらを斃すだけです!」

「りょーかい! なら行くよ~!」


 那月さんはそう言うと、流麗な剣舞で次々とホブゴブリンを屠っていく。

 ゴブリンキングは、たまらずゴブリンウォーリアとゴブリンガードを前線に派遣するけど、それでも那月さんは止められない。


「上位種か、容赦はしないよ!」

「キギャ!」


 最前線にゴブリンガードが立って盾を構えるけど、那月さんの光り輝く聖剣はそれをもろともせずに、盾ごとゴブリンガードを真っ二つにする。

 その瞬間、ゴブリンウォーリアは剣を振りかぶりつつ飛び出すけど、残身を残していた那月さんの返す剣を受けて、ゴブリンガードと同じ運命を辿った。

 それでも、残ったホブゴブリンは、ゴブリンキングの命令を受けて、次々と那月さんに飛び掛かっていく。


 その状況を見て、わたしは一歩踏み出すと力ある言葉を紡ぐ。


「これで終わりです――[フレイムファング]!」


 巨大な炎の咬撃こうげきは、完全に那月さんに気を取られていたゴブリンキングの頭に命中すると、それを喰らうかの様に焼き尽くす。

 その後には、首の無いゴブリンキングだけが残されており、それはゆっくりと倒れていった。


 ゴブリンキングが斃された事で、ホブゴブリンは統率を失い、あるものは森へと逃げ込み、またあるものはわたしや那月さんに向かって来たけれど、あっさりと斃されていく。

 しばらくすると生きたゴブリンはいなくなり、わたし達はゴブリンの群れの撃退に成功した。

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