第25話 ポーション作成
翌朝早く、わたし達は土のシェルターを出ると、薬草摘みを再会する。
採取状況は順調と言って良く、時折遭遇する魔物も昨日のサーベルタイガー程に危険なものはいなかった。
「フミナ~、薬草はどんな感じ?」
「そうですね……、あとは
「そっか~。なら、それだけ見つけて帰ろっか」
「いえ。ポーション作成までは、ここでやってしまいましょう」
「うぇ!? こんなところでポーション作るの?」
「お屋敷には工房がありませんし。それに、論より証拠だと思いますので、見て頂ければ分かると思います」
わたし達はそう雑談しつつ、薬草の採取を続ける。
但し、那月さんと話し合った結果として、安全性も考慮して、薬草の採取を終えた後は浅層部に戻ってからポーション作成をする事になった。
そうして捜索と採取を続けていると、遂に月桂樹の群生地を見つける。
「フミナ、あれだよね?」
「そうですね。魔物と遭遇する前に採取してしまいましょう」
これがあれば、魔力枯渇と状態異常の危険度も大分和らぐだろうと安心していたところに、昨日と同様にヒナタの【警戒】が魔物を感知する。
サーベルタイガー程ではないけれど、かなりの高速で近付いてくる魔物を前に、わたしは警告を発した。
「魔物が一体、高速で近付いていて、間もなく遭遇します!」
「どんな奴?」
「サーベルタイガーではありませんが、かなり危険な気配です!」
やがて、那月さんも魔物の気配を感じ取り、迫り来る方角へと剣を構える。
そこに姿を現したのは、鬼の魔物――オーガだった。上背はオークと同程度だけど、鍛え抜かれ引き締まった肉体を見ても、その実力は別物と考えた方が良いだろう。
事実として、オーガはサーベルタイガーと並び、中層での危険な魔物として挙げられていた。
オーガは那月さんを難敵と認めたのか、間合いに入らず機を伺っている。
一方の那月さんは、わたしを庇う様に位置取っているけど、オーガの様子を見て一歩踏み出した。
それを戦闘開始の合図と捉えたのか、オーガは那月さんへ向けて猛然と疾走する。
ところが、二人が交差しようかという瞬間、オーガはフェイントを交えて那月さんを躱し、後方にいるわたしに向けて突撃してきた。
那月さんは咄嗟に聖剣技の構えを取るけど、その射線にわたしがいるから撃つことが出来ない。
「フミナ!」
焦ってわたしの名を叫ぶ那月さんを見つつ、わたしはこの危機を乗り切るべくもう一人の相棒に指示を出した。
「ヒナタ、お願い!」
ヒナタは使い魔らしく、わたしの意思を感じ取った瞬間に動き出し、二本足で立ち上がるとバンザイの態勢を取った。
正にレッサーパンダの威嚇のポーズそのままだけど、その瞬間、わたしを覆う【防壁】の強度が一気に上がる。
その頃には、オーガはすぐそこまで近付いて来ており、わたしに向かって一気に飛び掛かって来たけれど、そのまま【防壁】へぶち当たると、大型トラックに跳ね飛ばされた様に元いた方へと吹っ飛んでいく。
それを見て、ヒナタはバンザイの態勢から右前足を振り抜いた。
ヒナタの鋭い爪から放たれた【尖爪】は、オーガへ向けて爪の斬撃を飛ばし、その体をあっさりと引き裂く。
致命の一撃を受けた事で、オーガはそのまま斃れ伏して動かなくなった。
その光景を見て、わたしと那月さんは唖然として動けないでいた。
唯一、ヒナタは『褒めて』と言わんばかりに、わたしの足元に擦り着いて来る。
ヒナタのスキルを確認する良い機会と考えていたのは事実だけど、ヒナタがここまで強いとは思ってなかったから、驚きの方が大きかった。
オーガの攻撃を跳ね除けられる防御力と、一撃で仕留められる攻撃力とを考えると、わたしが思っていた以上にヒナタは優秀なのかもしれない。
そう考えつつ、ヒナタを抱き上げてもふもふしていると、那月さんも我に返ったのか駆け寄ってきた。
「フミナ、大丈夫!?」
「はい、ヒナタのお陰ですね。正直言って、ヒナタがこんなに強いとは、わたしも思っていませんでしたけど……」
「そうなの? でも、フミナが無事で良かったよ~」
そう言って、那月さんはわたしからヒナタを取り上げると、『凄いなコイツ~』と言いながらもふもふしている。
オーガは知恵ある魔物らしく、前衛を躱して直接後衛を襲ってきたので、彼女も気が気でなかったのだろう。
ともあれ、その後は
◆ ◆ ◆
その後、わたし達は浅層まで移動すると、早速土のシェルターを作り、ポーション作成を試してみる事にした。
「ねえフミナ、本当にここで作るの?」
「はい。もし辛くなったら、隣の部屋に退避して下さいね」
今回は土のシェルターを二つ連ねていて、片方を工房、片方を休憩部屋にしている。
その理由だけど、ポーションを作成するには薬草を煮詰める必要があり、その際に薬草の青臭いというか苦みのある独特な匂いが部屋に充満するからだった。
しかも、この匂いは残り易く、特に建物には付くと中々消えないらしい。
更には服にも付き易く、それ故にポーション作成時は専用のローブを着る事もあるらしいけど、そっちはわたしの[清浄]で何とかしようと考えていた。
実際に薬草を煮詰めていくと、独特の苦みのある芳香が土のシェルター内に満ちて来て、那月さんは掌で鼻と口を押さえていた。
「うわ~。苦くてキツイ、薬の臭いだ……」
「だから言ったじゃないですか。無理しないで、あっちでヒナタと待っていて下さい」
「うん、そうする~。確かに、これを家でするのは勘弁して欲しいかも……」
そう言って、那月さんは隣の部屋へと退避していく。
あっちにはヒナタもいるので、もふもふしていれば気が紛れるだろう。
尚、わたしが問題なく調合作業を進められているのは、顔の周りを風魔法で覆っているからで、それが無ければ休み休みの作業になっていたかもしれない。
やがて作業も終盤に差し掛かり、最後にわたしが【錬金魔法】で魔力を注ぎ込んでポーションが完成する。
今回作ったのは、比較的簡単な普通のポーションと毒消し薬で、一般的に流通しているものになる。
上位薬のハイポーションや魔力回復ポーション、状態異常回復ポーションを早く作りたい気持ちもあるけれど、まずは基本から始めてみる事にした。
「那月さん、出来ましたよ」
「おお~、意外と早かったね。何を作ったの?」
「普通のポーションと毒消し薬です。毒消し薬は弱い毒と食あたり用ですね」
「なるほど、普通の薬にしたんだ」
「そうですね。ポーション作成はこれが始めてですので」
そう雑談しつつ、わたしは持ってきたポーションをテーブルに広げる。
那月さんはそのうちの一本を手に取ると、光にかざして眺めた。
「へ~、出来はどんな感じ?」
「一応、[
わたしはそう言うと、うんうんと頷く那月さんを見つつ、土魔法で石の刃を創り出して自分の指先を軽く切る。
一瞬の事で唖然とする那月さんを他所に、わたしはポーションを一滴、指の切り傷へと垂らした。
ポーションはすぐに切り傷に馴染むと、切り傷は薄れていき、やがて無くなる。
「ちょ……、何してるの!?」
「ポーションの効果を試したかったので。ちゃんと効いて良かったです」
「だからって、自分を傷付ける事ないでしょ!?」
小さい傷だったし、いざという時は[
正直なところ、好奇心から試した事は否定出来ないので、わたしもちょっと反省した。
「……確かにそうですね。わざわざ試さなくても良かったかもしれません」
「フミナは光魔法が得意だから、その辺を軽く考えたのかもしれないけど、今後は気を付ける事」
「分かりました。では、一旦このポーションは仕舞ってしまいましょう」
「あ、ちょっと待って。これ一本貰うね」
那月さんはそう言うと、毒消し薬を一本手に取って持っていってしまう。
毒消し薬の一本くらいは構わないかと考えていたところ、彼女は何処から取り出したのか、梅の実らしき小さな果物を手に持っていた。
そう言えば、この世界の梅の実って結構強い毒性があって、生食は出来なかった様な……。
そう考えるわたしを他所に、那月さんは躊躇なく梅の実にかぶりつく。
「え……」
「う~ん、甘酸っぱいけど案外微妙? 生で食べるとこんな味だったんだ」
「そう言うあなたは、一体何をしているんですか!?」
「普通だと食べられない果物の試食? あ、ちょっと待って。[
わたしが焦って[
そうしていると、毒の回りが早いのか、徐々に那月さんの顔色が悪くなっていき、呼吸も浅くなってきた。
「うう~、気持ち悪い……。こりゃ、毒抜きしないと食べられないよね……」
そう言うと、彼女は手に持っていた毒消し薬を口に運んで飲み干す。
「うええ~、苦い~。フミナ~、これもうちょっと飲み易くならない?」
「良薬口に苦しです。自業自得ですよ、まったくもう……」
どうやら、那月さんはわたしと同じことをやってみたかった様だけど、これはやり方を不味ったとした言いようがない。
毒抜き前の果物を生食したい気持ちは分からないでもないけど、その後に苦い毒消し薬を飲んだら意味が無いだろう。
とは言え、薬の味を良くするのは悪くない考えだと思うので、彼女の犠牲(?)を無駄にしないためにも、今後の検討課題として覚えておこうと思う。
そう考察していると、那月さんも落ち着きを取り戻していく。
無事に毒が抜けたのと、時間が経ったので口の中の苦みも消えたのだろう。
何はともあれ、ポーション作成自体は成功だったので、続けて上位薬のハイポーション、魔力回復ポーション、状態異常回復ポーションも作成していく。
今度は流石に試したりはせず、[
【錬金魔法 LV4】の恩恵か、いずれのポーションもちゃんと作成出来ており、まずはほっとする。
魔女のわたしとしては、魔封じや魔力枯渇への対策が出来た事で自身の安全性を大きく上げる事が出来たし、今後の稼ぐ手段にもなるかもしれない。
大量のポーションを作った後は、自身に[清浄]を掛けてから工房を後にして、その日は休む事にした。
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