第17話 アンデッドだけで良かったのに!

 それからも、わたし達は次々とアンデッドの魔物と出くわし、その都度[浄化]して進んで行く。


「気を付けて下さい。今度は恐らくゾンビです」

「うええ……。苦手なんだよね、あれ。綺麗に斃せなくてさ」

「問題ありません。[浄化]」


 視認前に漂ってくる腐臭に顔を顰めつつ、魔物がわたしの魔法の範囲に入った瞬間に[浄化]で仕留めていく。

 ゾンビは動きが遅いため、労せず全滅させる事が出来た。


「……これで終わりですね。それじゃ、魔石を拾いましょうか」

「ねえ、やっぱり[浄化]の威力おかしくない? 魔石だけを残して、完全にゾンビが消滅してるんだけど……」

「綺麗になって良いと思いますけど?」

「そういう問題じゃないって!」


 那月さん曰く、普通の[浄化]の場合、ゾンビを斃せてもその腐肉は残ってしまい、身体に残った魔石は容易には取り出せないものらしい。

 一応、わたしにもその認識はあり、それ故にゾンビに対しては魔力を強めに込めた[浄化]を打つようにしていた。

 その結果、ゾンビは綺麗さっぱり消滅した訳だけど、威力的に[浄化]ではあり得ない、というのが那月さんの言い分の様だ。


「良いじゃないですか、悪い事ではありませんし。魔物の傾向も予想通りですし、今のところは順調ですね」

「……待って。フミナ、このダンジョンがアンデッドの巣窟って知ってたの?」

「ええ、冒険者ギルドの地図に書いてありましたので」


 そう。ここまでの展開は、正にわたしの注文通りだった。

 魔道具屋のおじさんの情報を元に素材を採りに来た訳だけれど、出てくる魔物との相性が良いというのも、ここを選んだ大きな理由と言えた。

 中級以上の【光魔法】があれば攻略は容易だと思うけど、あまり稼ぎの良くないダンジョンらしく、競合する冒険者もいない様だった。


 それと、副次的な事由になるけど、アンデッドは純粋な生への渇望で動いている様で、いやらしい目を向けて来ない事もあり、気分的にも大分楽に感じる。


「……やっぱり、フミナって聖女でしょ? 嬉々としてアンデッドの巣窟に飛び込んで、[浄化]して回るのは普通じゃないって」

「聖女は止めて下さい。わたしは相性を考えて攻略しているだけで、嬉々としてはいませんよ」


 そう那月さんと言い合っていると、壁の中から魔物の気配を感じた。

 これは、那月さんを狙っている!?

 そう判断すると、わたしは那月さんを抱き寄せてから後ろ手に庇い、壁に向かって魔法を放つ。


「ちょ……、フミナ?」

「[浄化]」


 すると、壁から断末魔の叫び声が響いて、魔石が落ちて来る。


「恐らくゴーストですね。壁に潜む事が可能だとするなら、気を付けないと」

「お、おう。凄いね、私は全然気付かなかったよ……」


 どうやら那月さんにも油断があったらしく、わたしがひたすら[浄化]していたので、気が抜けた面もあったようだ。

 少々しょげてしまった那月さんを慰めつつも、ここまではほぼ『計算通り』な感じだったけど、現実とはそう容易いものではないらしい。


 次に出会ったのはスライムで、コイツはいやらしい目線を向けてきたりはしないけど、女性を苗床にするというその特性だけでも気分が滅入ってくる。

 なので、イラっとした気持ちも込めて[氷結フリーズ]でスライムを砕いていると、ヒナタの【警戒】に多数の魔物の反応があった。


「那月さん、多数の魔物が近付いて来ています。規模の大きな群れに出くわしたのかもしれません」

「りょーかい、またアンデッド?」

「いえ、これは生きてる感じ……ですね? アンデッドではないと思いますので、気を付けて」


 わたしが警告を発し、那月さんが臨戦態勢を取ったタイミングで、魔物の大群の正体が判明する。魔物は二足歩行する犬――コボルトで、どうもこのダンジョンに住み着いているらしい。

 それだけなら問題ないのだけれど、コイツも人の女性を性的に襲うらしく、既にいきり立っている個体も見受けられた。


「コボルトかあ……。いかがわしい目で見られるのって気分悪いけど、魔物だともっと最悪だよね。私が前衛を受け持つから、フミナは後ろに下がって」

「……折角、いやらしい魔物がいないところを見つけたと思ったのに、結局は何処にでも湧くんですね……」

「……フミナ? え~っと、フミナさん?」

「その視線も存在も目障りです、消えて下さい――[時空震]」

「え!? ちょ……」


 那月さんが何かを話し掛けてきていたけれど、半ばキレていたわたしの耳には届かず、わたしは自身の持つ最大級の時空魔法[時空震]を放った。

 そこまですると多少は冷静さも戻って来たのか、那月さんが話し掛けてきた事に気付き、振り返る。


「すみません、カッとなってしまって。何か話しましたか?」

「ああ、うん。それよりも、あれ……」


 呆れ顔をした那月さんが指差す方向を改めて見ると、やけに綺麗な空間になっていた。どうやら、コボルトは魔石すら残さず、半ば消滅してしまったらしい。


「…………あ」

「その、さ。気持ちは分かるけど、流石にやり過ぎだって」

「……すみません。[清浄]、[浄化]」


 グロい残骸ざんがいや血糊も残っていなかったのは不幸中の幸いだけど、那月さんの言う通り確かにやり過ぎた。

 無駄に魔力を使い過ぎたし、あのレベルの魔法だと、暴発させていたらダンジョンごと破壊していた可能性もある。

 その事に気付いて謝り、またコボルトがアンデッドとして蘇らない様に[清浄]と[浄化]を重ね掛けする。

 そんなわたしを見て、那月さんは困った様に苦笑した。


「まあ、二次災害は無さそうだし、もう大丈夫そうね。でも意外と言うか、フミナがこんな失敗するなんて驚いたよ」

「わたしも失敗くらいしますが」

「まあ、普通に考えればそうなんだけどね。でもさ、フミナってここまでは優等生過ぎた気がするから、ちょっとくらいは失敗した方が可愛いって」


 那月さんはそう言うと、『むくれないで~』と言いつつ、わたしのほっぺたを突いてくる。

 それに対してむっとした気持ちもあったけど、那月さんが笑顔だった事もあって、わたしも毒気を抜かれてしまう。


「……那月さんの笑顔って、ズルいですよね」

「フミナ、何か言った?」

「いいえ、何も。都合の良いスペースを見つけたら、そこで野営にしましょう」


 思わず呟いた一言だったけど、那月さんの耳には届かなかった様でほっとした。

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