第16話 ダンジョンアタック

 翌朝、わたし達はまだ暗いうちに起きて、太陽が見え始める頃に出発する。

 日本の様に夜でも明かりが絶えない世界ではないので、太陽と人々の生活とは密接にマッチしている様だ。


「…………あふ」

「欠伸? フミナ、ちゃんと眠れてる?」

「その、大丈夫です」

「無理はしないでね。別に今日じゃなくても良いんだし」

「……では、[精神治癒マインドキュア]。これで大丈夫かと」

「そう言う事じゃないんだけどなあ……」


 那月さんは苦笑するけれど、わたしの意思を優先してくれたのか、それ以上はわたしを窘める事はしなかった。


 わたし達はまずは街の南門を出ると、そのまま農耕地帯を抜けていき、やがてこの都市の南端まで辿り着く。

 ここから先は街の外になるから、特に注意が必要だ。

 なので、早速ヒナタの出番になる。


「それじゃ、ヒナタ、お願い」

「おっ、おお~?」


 ヒナタに【隠密】を掛けて貰うと、那月さんは身に起きた変化を感じたのか、驚いた表情で辺りを見回していた。

 わたしは、ヒナタに【警戒】も発動して貰うと、街の外に踏み出そうとする。


「待って、フミナ。何か気配が希薄になった気がするんだけど」

「はい、ヒナタの【隠密】の効果です。これで魔物にも見つかりにくくなるかと」

「……凄いね。その子、可愛いだけじゃなかったんだ」

「魔女の使い魔ですので。それじゃ、行きましょう」


 そのまま、だだっ広い草原をわたし達は歩んでいく。

 途中、魔物に遭遇する事もなかったので、わたし達はあっさりとフォルパス山の麓の森まで辿り着いた。


「フミナ、森は要注意だからね。厄介な魔物だらけだから気を付けて」

「はい。まずは私が先頭で進みますね」


 わたしはそう言うと、【隠密】と【警戒】に力を入れて進んで行く。

 途中、魔物の気配を感じる度に進路を修正しつつ進み、昼頃には山の中腹まで来ることが出来た。


「そろそろお昼ですし、この辺で昼食にしましょう」

「……うん、オッケー」


 そう言いつつも、那月さんは首を捻りつつ、云々と唸っている。


「どうされました?」

「いや。ここに来るまで、魔物と全く出会わなかったっしょ? 確かに、魔物に見つかりにくくはなってるんだろうけど、それでもおかしいと思ってさ」

「まあ、魔物と鉢合わせる前に進路を修正しましたし、こんなものじゃないかと」

「……待って、フミナはそんなに遠距離から魔物の気配が分かるの?」

「正確にはヒナタが、ですね。この子の【警戒】の恩恵です」


 わたしがそう言うと、那月さんはぽかんとした表情になった。


「どうしました? お昼、食べてしまいましょう」

「ああ、うん……って、何それ? 凄すぎない!?」

「そうなんですか?」

「そうだよ! 誰でも欲しがるよ、そんなスキル!」


 那月さんはそう言うと、わたしに詰め寄ってくる。

 お互いの顔が密着しそうな程に近付いた事もあって、わたしは思わず仰け反ってしまった。


「あ、ゴメン」

「いえ……。それに、この力もヒナタの能力ですし、誰もが使えるものでもありませんから」

「そっか~。でも、この力のお陰でフミナは無事だったんだね」


 幸い、那月さんも納得した様で、そのまま簡単な昼食を摂った後、わたし達は山頂近くにあるダンジョン入口へ向けて出発する。

 その後も、魔物との遭遇を避けて進んだ結果、まだ日が高いうちに辿り着く事が出来た。


「意外と早く着きましたね。標高もあまり高くありませんでしたし」

「そうだね。でも、さっきの景色は綺麗だったし、冒険してる感じがする!」


 那月さんの言う通り、道中で北方を一望出来るところがあり、そこではグランツ辺境伯領を見渡す事が出来た。

 その景色は綺麗だったけど、異世界に来た事を改めて強く印象付けられた事もあり、少々複雑な気持ちになる。


「それじゃさ、フミナ。今日はここで野営する?」

「いえ? このままダンジョンに入りますよ」

「ええ!? それだと、ダンジョンに入ってすぐ野営する事にならない?」

「そうですね。でも、考え無しではないので、わたしを信じて貰えますか」


 わたしはそう言うと、尚も訝しがる那月さんを先導する形でダンジョンに入っていく。

 ダンジョン内では不思議な事に壁が発光しており、灯りがいらない状態だった。


「……なるほど。太陽光をここの鉱石が取り込んでいるんですね」

「ホントだ、明るいね~。ここって光属性?」

「みたいです。位相を変える程ではない様ですけど」


 そう話していると、早速【警戒】に反応があった。

 ダンジョンだと【隠密】の効果も落ちるのかもしれない。


「魔物です。結構な数なので、気を付けて下さい」

「了解」


 那月さんは頷くと、聖剣に手を掛けて臨戦態勢に入る。

 それと同時に、先の曲がり角から何体ものスケルトンが姿を現した。


「アンデッド……。そうか、このダンジョンの光に引き寄せられたんだね。なら、私が成仏させたげる」

「[浄化]」


 那月さんが集中力を高めている最中ではあったけど、わたしは[浄化]を使ってさっさとスケルトン軍団を一掃する。


「…………え?」

「あ、那月さんも魔石拾い、手伝って下さい」


 わたしはそう言って、魔石を拾いに行く。

 生物の魔物と違い、骨だけなので、気分的には大分楽な感じだ。

 那月さんは少しの間ぽかんとしていたけど、やがてはっとすると、わたしに食ってかかった。


「え、なに今の? あれが[浄化]? 嘘でしょ!?」

「普通の[浄化]ですけど、何かおかしかったでしょうか?」

「いや、おかしいって! 何あの威力! 射程も範囲も色々おかしいって!」

「お、落ち着いて下さい」


 那月さんは興奮した様にわたしを揺さぶってきて、中々落ち着いてくれない。

 【魔女の知識】的には問題無いはずだけど、魔女の魔法力は思った以上に強力なのかもしれない。

 やがて、那月さんも落ち着いたのか、わたしの肩に掛かる力が弱くなる。


「……興奮してゴメン」

「いえ。でも、そんなに特別でした?」

「そうだよ! 伝説上の聖女の術って言われたって信じるよ!」

「聖女、ですか?」

「そう。教会において象徴的な力を持つ、光魔法を司る女性の称号ね」


 わたしは那月さんの説明に頷きつつ、その称号から厄介そうな雰囲気を感じ取る。

 なので、聖女には関わらないようにしようと考えたけれど、この話には続きがあった。


「それとね、聖女になるには幾つか条件があるらしいけど、優れた光魔法の使い手で見目も良いと、身分や教会との関係性も度外視して聖女認定する事もあるみたい」

「そうなんですか?」

「うん。だから、フミナは聖女になってもおかしくないの」

「……え?」

「だって、見目良し光魔法良しの条件は十分過ぎるほど満たしているし、教会に気付かれたら、実際に聖女認定されちゃうんじゃないかな」

「……それは嫌ですね」


 そこまで話を聞いて、わたしは思わず顔を顰める。

 そういう政治的な立場を得てしまうと、色々と縛られて自由が無くなりそうだ。

 それだけならまだしも、将来的には政略結婚なんかも視野に入りそうだし、男性とそんな関係になるのは御免なので、わたしとしては全力でお断りしたい立場になると思う。


「そっか。ま、フミナは魔女だから、はたからそう見られる心配はさほど無いと思うけど、人前で光魔法を使う時は気を付けた方が良いかもね」

「そうですね。大体、光魔法が一番得意な訳でも無いですし」

「いや、あれ以上に適性ある魔法って何さ……」


 那月さんはそう言って苦笑する。

 幸い、ようやく状況も落ち着いたので、二人でスケルトンの魔石を拾って、先に進む事にした。

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