第12話 お風呂チャレンジ

「遂にこの時が来てしまいました……」


 脱衣所で洗面台の鏡を見ながら、わたしはそう呟いていた。


 よくよく考えると、ちゃんとした鏡で今の自分を見るのは初めてな訳だけれど、やっぱり物凄い美少女になってしまったと思う。

 年齢的な面もあってまだ威厳が足りないけど、腰に届きそうな程に真っ直ぐ伸びた長く艶やかな黒髪に色白な肌といったモノトーンの色彩と、精巧な人形の様な美しさは、正に魔女らしさを感じさせる。


「ここからは気を強く持って、ですね」


 わたしはそう言うと、緊張した手付きで服を脱いでいく。

 そうして下着姿になったところで、謎の罪悪感を感じ、思わず手を止めた。


「随分と細身になってしまった様な……、それにこれ、どうやって外すんでしょう?」


 それ以上は鏡を見る余裕も無く四苦八苦して下着を脱ぐと、タオルで前を隠しつつ、ヒナタと一緒に急いで風呂へと向かった。

 ここまでは何とか身体を見ないように出来ていたけれど、結局は髪や身体を洗う際に目にしてしまったので、無駄な努力だったと思う。

 ただ、一度目にしてしまえば自分の身体と認識したのか、意外と平気だった。


「見てしまえば、案外大丈夫でしたね。それが分かっていれば、あんなに焦らなくても良かったかもしれません……」


 ただ、わたしの身体が那月さんと比べて慎ましやかだからなのかもしれず、そう考えると微妙な気持ちになる。


「そう言えば、この世界に転生した時もそれほど違和感を感じませんでしたし、その理由って……」


 そこで、物思いがだんだんと変な方向に転がり始めたのに気付き、頭を振って思考をリセットする。

 目の前ではヒナタが風呂桶に入れたお湯に浸かっているけれど、レッサーパンダってお風呂に入るんだろうか?


「多分、普通のレッサーパンダはお風呂には入りませんよね……。まあ、この子は使い魔ですし、良いのかな……?」


 本人も楽しそうなので、それ以上深く考えるのは止める。

 後は難しく考えず、この世界に来て初めてのお風呂を堪能する事にした。


「[清浄]は便利ですけど、やっぱりお風呂は良いですね……」


 そんな風に呟きつつ、久々にゆっくりした一時を過ごせたと感じていた。


◆ ◆ ◆


 お風呂の後は、那月さんから譲り受けた下着とワンピースの寝間着を身に着けてから、部屋へと戻る。


「おかえり~。おお! やっぱ似合うじゃん!」

「そうですか? 何か、可愛いらし過ぎる気もしますけど。それに、ちょっとスースーする様な……」


 思えば、スカートを履くのは初めてだし、随分と心許なく感じる。

 そのせいもあって、わたしは寝間着の裾を抑えているけれど、那月さんはその姿を見て嬉しそうに頷いていた。


「可愛すぎて、私には似合わないかな~って思ってたやつだけど、フミナだとピッタリだね!」

「はあ……、ありがとうございます?」


 可愛いという言葉をまだ受け入れきれない事もあり、思わず疑問形で返す。

 しかし、那月さんは気にする事もなく、ニコニコとわたしを見ながら話し掛けてくる。


「こういう女の子っぽい服を貰う事もあるんだけど、私には似合わないしさ、着る機会も無かったんだよね。フミナなら似合うし、可愛く着こなしてくれるから良かったよ」

「そうでしょうか? 那月さんも似合うと思いますけど」

「またまた~、私のイメージじゃないって」

「一度着てみても良いのでは? 那月さんは可愛いですし、きっと似合いますよ」


 わたしがそう言うと、那月さんはピタリと動きを止め、照れた感じの上目遣いでわたしを見上げてくる。


「本当にそう思ってる?」

「はい」


 わたしが本心からそう答えると、那月さんは頬を染めて落ち着かなくなった。


「まったく、どうしてそういう事が簡単に言えるのかな……」

「どうしました?」

「何でもない! フミナは女たらしだと思っただけ!」

「女性にも女たらしって使うんでしょうか?」


 わたしの素朴な疑問に毒気を抜かれたのか、那月さんはぽかんとした後に大人しくなる。勇者という職業柄なのか、女の子らしい格好をする事にコンプレックスがあるのかもしれない。


 やがて那月さんは気を取り直すと、今度こそという感じで提案してきた。


「それじゃ、フミナ。夜も遅いし、そろそろ一緒に寝よっか」

「……一緒に、ですか?」

「そう。今日は布団も一つしか無いし、良いじゃない」

「わたしはソファーでも構いませんけど」

「駄目だって、風邪ひいちゃうよ。それにほら、大きなベッドだから二人でも狭くないしさ」


 確かにベッドはとても大きく、キングサイズ位の大きさがあった。

 那月さんの様な美少女と一緒に寝るのは気が引けるけど、物理的に間違いは起きようが無いので、今日だけと自分を納得させる。


「……分かりました。それでは、お邪魔します」

「うん、入って入って」


 お風呂のリベンジなのか、那月さんは嬉しそうにわたしを迎え入れるけど、わたしとしては変に身体が触れ合わない様、端の方に陣取る事にした。


「そんな端にいないでさ、こっちに来なよ~」

「気にしないで下さい。こちらの方が落ち着きますので」


 そう言って、さっさと寝てしまおうと思ったけれど、背後から衣擦れの音が聞こえてくる。


「……那月さん?」

「フミナの髪は良い匂いがするね~」

「え? ちょっと!」


 那月さんの不穏な発言に驚いて振り向くと、彼女はわたしのすぐ傍まで近付いて来ていた。

 わたしが驚いて固まっていると、那月さんはふいにわたしの頭を抱き締める。


「那月さん、待って……!」

「頑張ったね」


 顔に那月さんの柔らかな感触を感じ、わたしは慌てて抜け出そうとするけど、那月さんに頭を撫でられながら優しく囁かれ、思わず動きを止める。


「この世界に来て大変だったでしょう? フミナは良く頑張ったよ。だから、今日はゆっくり休んで」


 そのまま那月さんに抱き留められ、優しく頭を撫でられていると、ゆっくりと睡魔が襲ってくる。

 その暖かな安心感から、この世界に来てから初めての安らかな眠りに、わたしは落ちた。

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