第13話 買い物に行こう!
翌朝、窓から差し込む柔らかな日差しを受けて、わたしは目を覚ます。
「……ここは?」
「あ、おはよ~、フミナ。よく眠れた?」
「……那月さん、その、おはようございます……」
起き抜けでぼんやりしていた頭も、目の前の美少女を見た事で徐々にはっきりしてきた。
結局、昨日は那月さんに抱き締められ、あやされているうちに寝てしまったらしく、頭が働いてくるに従って気恥ずかしさが増してくる。
「那月さん。昨夜は、その……」
「調子はどう? フミナ、すっごく疲れてたみたいだし、ちょっと心配だったんだよね」
「そう……ですね、悪くないと思います」
「なら良かったよ」
実際に、これまでの朝と比べると大分スッキリして、調子も良いように思う。
これまでは、ヒナタの【結界】に守られていたとは言え、精神的にかなり張り詰めていた事もあり、疲労が抜け切っていなかったらしい。
それを考えると、気恥ずかしさはあるものの、那月さんのお陰で安心して眠れたのは良かったと思う。
「那月さん。その……、ありがとうございました」
「どういたしまして。それに役得もあったしね~」
「役得、ですか?」
言葉の意味が分からず、わたしはオウム返しで質問を返す。
「うん。今の恥ずかしがっているフミナも良いけど、あどけない寝顔はもっと可愛かったから。相棒の特権だね!」
「……!」
寝顔を見られる位は大した事が無いはずなのだけれど、良く分からない羞恥心に心が支配され、顔がとても熱くなる。
「……忘れて下さい」
「え~。大切な思い出だし、忘れられないよ」
「良いから忘れて下さい」
「じゃあ、一応は善処するって事で。それよりも、朝ご飯にしようよ」
恥ずかしい姿を見られた事にむくれつつも、わたしは溜息をついて、朝食のテーブルに着く事にした。
◆ ◆ ◆
朝食を食べて身だしなみを整えた後、わたし達はとある部屋へと来ていた。
「やっぱり、大分ガタが来ていますね。この状況だと、もうほとんど機能していないかと」
「そっか~。古い屋敷だから仕方ないけど、困ったね」
部屋の中には、屋敷全体を覆う防護結界の魔法陣が敷かれていたものの、経年劣化からなのか半ば機能しなくなっていた。
今日の買い物のため、屋敷の不足物の調査をしていたのだけれど、これはちょっと難しい問題になるかもしれない。
「恐らく張り直す事は出来るとは思いますけど、必要物資がすぐには見つからないかもしれませんね」
「そっか~。なら、それも一応買い出しリストに追加だね」
それから部屋を出ると、那月さんが小難しい顔をしていた。
「どうされました?」
「うーん。何て言うかさ、フミナに頼ってばかりで申し訳ないなって思って」
「そうですか? わたし達は相棒ですし、適材適所で良いかと。あるいは、一宿一飯の恩とでも思って下さい」
「相変わらずクールだな~。でも、確かに適材適所かもね。ありがと」
その後も、屋敷の中を一通り見て回り、買い出しリストに付け足していく。
今日の買い物は、中々の大仕事になりそうだった。
◆ ◆ ◆
買い出しリストがまとまったところで、わたし達は早速外出する。
そして、今は二人で大き目なお店の前に来ていた。
「ピンセント商会……ですか?」
「うん。新進気鋭の商会で、女性ものの取り扱いに力を入れてきてるらしくってね、丁度良いかなって」
「なるほど。まずは、わたしの身の回りの品から、という事でしょうか?」
「そうだね。今からなら時間もたっぷりあるし、フミナに似合うのものがきっと見つかるよ!」
「はあ……。わたしとしては、何でも構わないのですが……」
「それは絶対駄目。フミナは可愛いんだから、それに見合った格好をしなきゃ!」
確かに、那月さんの格好を見ると、シンプルかつカジュアルながら、彼女の可愛らしさを引き出した装いをしていた。
その一方で、那月さんはわたしを上から下まで眺めると、溜息をつく。
「今も普通の旅装でしょ? こっちに来たばかりだから仕方ないけど、これからはちゃんとしないとね!」
そう言うと、那月さんは私の手を引いて店へと入っていく。
すると、早速女性の店員さんに話し掛けられた。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご入用でしょうか?」
「こんにちは。今日はこの子のものを一通り買いに来たの。まずは、下着からお願いできるかな?」
「かしこまりました。それでは案内致しますね」
「…………あ」
「お客様? 如何されましたか?」
「あ、いえ、何でもないので、お願いします……」
わたしがそう言うと、店員さんは気にした素振りを見せずに、わたし達を案内していく。
思わず声を上げてしまったのは、女性ものの下着売り場に案内される事にようやく気付いたからで、とは言っても今更どうしようもない事にも気付き、わたしは大人しく後を追う。
すぐに下着売り場には着いたものの、慣れない気持ちと罪悪感から、わたしは落ち着きなく店員さんに目を向ける。
すると、店員さんはにっこりと微笑んで、わたしに話し掛けてきた。
「では、お客様。ご自身のサイズはご存じでしょうか?」
「え? その………………」
「あ、この子はしばらく放浪していた事もあって、今のサイズは分からないんですよ~」
「承知致しました。では、サイズを測りますのでこちらへ」
那月さんの機転で、怪しまれずに済んでほっとする。
那月さんの方を向くとウィンクされ、日本とこの世界とで衣類のサイズが違うと推測して、助け舟を出したのかもしれない。
わたしとしても、今の自分のサイズ……というよりも、女性として確認が必要になるサイズ自体が全く分からないので助かった。
この世界にも試着室はある様で、早速店員さんが案内してくれる。
そこで一通りのサイズを測って貰う事になったのだけど、生地が厚手な旅装は邪魔になるという事で、わたしは下着姿にされてしまった。
女性になってから、下着姿になるのはまだ二度目という事もあるのか、サイズを測るだけのはずなのに恥じらいを感じてしまい、そんな自分の心境に複雑な気持ちになってしまう。
そんな葛藤に苛まれつつも、何とかサイズを測り終えて服を着ようとしたところ、試着室の外から声が掛かった。
「フミナ~、終わった? 下着を見繕ってくるからさ、サイズ教えてくんない?」
「では私が参ります。フミナ様はこちらで少々お待ち下さいませ」
そうなると服を着直す訳にもいかず、そのまま上着を簡単に羽織って待っていると、しばらくして再度那月さんが話し掛けてきた。
「フミナ、入っても良い?」
「はい、構いませんけど」
わたしがそう言うや否や、那月さんは外から中が見えない様にするりと入って来る。
その手には何種類もの女性もの下着があったけど、どれも随分と可愛らしい感じのもので、わたしは思わず戸惑った。
「……なるほど。思ってた以上に、フミナって細かったんだね」
「はあ……」
「あ、これが下着ね。フミナが細過ぎるから、大人向けのじゃ合うサイズが無くって、若い子向けの可愛いのしか無かったみたい」
「……本当ですか?」
「本当本当。取り寄せれば大人向けの細身のもあるみたいだけど、この店には在庫が無いんだって」
そう言われてしまうとどうしようもなく、諦めて那月さんの持ってきた下着を手に取ろうとして気付く。
「……出て行かないんですか?」
「手伝った方が良いかなって思ったけど、どうかな? あ、店員さんは所要が出来たみたいで、今は手が離せないんだって」
「……分かりました。お願いします」
那月さんの言い分は少々疑わしく感じるけど、実際問題として女性ものの下着はわたし一人で着けるのは難しいから、諦めて従う事にする。
一応、那月さんには後ろを向いて貰い、試しに上の下着を一つ着けてみた。
「……こちらを向いて大丈夫ですよ。どうでしょうか?」
「ホントに細いね~、羨ましくなっちゃうよ。あ、この辺上手く着けられていないからちょっと待って」
「きゃっ……、何処を触って……!」
「ちょっと我慢してね。はい、見てみて。さっきより綺麗に収まったでしょ」
身体を触られた事で変な声が出てしまい、思わず下手人を睨むも、那月さんは至極真面目に下着の調整をしてくれているので、毒気を抜かれてしまう。
実際に、調整して貰ってから改めて姿見を見ると、さっきよりキチンと着けられた様に感じられる。
「その、ありがとうございます」
「どういたしまして~。下着って着けるのめんどいし、ましてや別世界のだもんね」
「……そうですね。でも、やっぱりこれ可愛過ぎませんか?」
「そんな事ないって、似合ってるよ。フミナは可愛いんだし、下着もオシャレにしなくっちゃね!」
ニコニコしながらそう話す那月さんを見つつ、実際に他に選択肢も無いので、わたしは諦めて従う事にする。
「分かりました。なら、これを買いましょう」
「うん。それじゃ、次はこれね」
「……次、ですか?」
「そうだよ、これ全部着けてみないと。一つ二つじゃ、下着足りないでしょう?」
「……全部、試着するんですか?」
「うん。身体に合わなかったら、マズいじゃない?」
那月さんの言い分は正論なのだけれど、正直わたしの精神がもちそうにない。
とは言え、ここには逃げ場もなく、言う通りにするしかなさそうだった。
その後、何とか一通りの下着を試着し、妙にフリフリした派手なもの以外は買う事になった。
わたしはそんなにお金が無いと言ったのだけれど、屋敷の掃除のお礼も兼ねて、那月さんが支払うから大丈夫と言われてしまう。
また、買わなかった下着だけれど、この世界には[清浄]の効果のあるアイテムが安価で配られているので、それなりに買い物をしていくなら気にしなくても良いらしい。
「……疲れました」
「あはは、フミナってこういうのに頓着無さそうだしね」
「そうですね。正直、こういったお店は苦手です……」
「でもさ、フミナには可愛い格好をしていて欲しいから、オシャレも気に留めてくれると嬉しい」
那月さんがそう言うなら……と思ってしまうあたり、わたしも何だかんだこの状況に馴染んできてしまっているのを感じる。
そうしていると、少々気が抜けたのか、わたしの腹の音が可愛らしく鳴った。
予想以上に消耗してしまったせいだろうけど、思わず顔が熱くなってくる。
それを見て、那月さんはくすりと笑って告げた。
「ちょっと早いけど、お昼ご飯にしよう。疲れたでしょ?」
「……そうですね。ありがとうございます」
まだ先は長そうだけれど、わたし達は一旦会計を済ませて、昼食を摂る事にした。
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