第10話 勇者の提案
その後、わたしのギルドカードが発行をされるのを待ってから、ナツキさんと二人で近くの喫茶店を訪れていた。
尚、ギルドカードは小さなカードに、わたしの名前とギルドの発行支部名のみが記載された簡素なつくりで、特別な機能は無さそうだけど結構頑丈な感じだった。
冒険者全員に配る事を考えると、このつくりが現実的という事かもしれない。
喫茶店の店員さんに対し、ナツキさんが今日のお薦めを二つ頼んでから、わたし達は改めて互いに向き合う。
「ナツキさん、で宜しいですか? それで、さっきの話ですが……」
「ちょっと待って。ここって、すぐに料理が来るらしいからさ。そういやフミナって何歳?」
「わたしの年齢ですか? 16歳ですけど」
「そっか。なら私の方が一つ年上だね」
ナツキさんはそう言うと、にっこりと笑う。
馴れ馴れしい感じは少々苦手に思うけれど、その笑顔を見ると毒気を抜かれてしまうあたり、ちょっとした人たらしの性質がある人なのかもしれない。
ナツキさんの言う通り、さほど間を置かずにお茶と軽食が来た後、ナツキさんはおもむろに口を開いた。
「それじゃ、食べながら話そっか。それでさっきの質問なんだけど~」
「あ、はい。……そうですね、わたしは日本からこの世界に来ました」
ナツキさんの質問に対し、敢えて誤魔化さずに答える。
冒険者ギルドで会話した際に既に表情に出してしまっているので、誤魔化す意味はないと判断した。
それを聞いてニコニコしているナツキさんに、逆にわたしの方から問い掛けていく。
「それで、その質問をされると言う事は、ナツキさんも日本人なのでしょうか?」
「……フミナはどう思う?」
そう言ってにっこり笑うナツキさんに対し、わたしは推論をぶつける。
「恐らくですが、日本人ではないと思います。ナツキさんには日本人らしさがありませんし、こちらの世界の方々と同じ雰囲気を感じますので。ただ、何らかの形でそれを知り、
「……おお~。フミナを驚かせるつもりが、私の方が驚いちゃったよ」
「では?」
「うん、私のお母さんが日本人なんだ。だから、私は日本とこの世界とのハーフって事になるね」
ナツキさんの答えを聞き、わたしは改めて驚きを返す。
定期的な転生が行われていた様だし、確かにあり得る事ではあるものの、そこに考えが及んでいなかった事にも同時に気付かされる。
「あ、今度は驚いてくれたかな? 私の名前もお母さんが付けてくれてね、日本語だとこう書くって教えて貰ったんだ」
ナツキさんはそう言うと、『那月』となぞった。
確かに、淡い金髪と蒼穹の瞳の容姿を持つ彼女にはぴったりの名前かもしれない。
「日本語で那月さん、だったんですね」
「そ! それでさ、話は変わるけど、フミナっていつこの世界に来たの?」
「一昨日の朝ですね」
「まだ来たばっかじゃん! ……大丈夫だったの?」
「ええ。幸い、魔女の力を頂いた事もあって、何とか」
前のめりになってくる那月さんに対してのけぞりつつ、わたしはそう答える。
「そっか~、フミナが無事で良かったよ~。でもさ、だとするとフミナって今は身寄りが無い?」
「そうですね。この子は一緒ですけど、天涯孤独と言って良いかと」
「その子は使い魔だったのか~、可愛いね~……じゃなくて!」
そこまで言ってから、那月さんは姿勢を正して、改めてわたしに向き合う。
「ならさ、私と一緒に住まない? 知らない世界に一人で放り出されて大変っしょ?」
「……ええと、有難い申し出と思いますが、どうしてですか?」
「いや、見知らぬ地でせっかく故郷に
「でも、それだと那月さんにはメリット無いですよね?」
「メリットならあるよ。自分のルーツを知れる、貴重な機会じゃない」
そこまで言うと、那月さんは不意に優し気な表情を浮かべたので、わたしは思わず見惚れてしまう。
「それにさ、お母さんの遺言なんだ。『もしも、私の様に日本から来た人と出会ったなら、助けてあげて欲しい』って」
「遺言……ですか?」
「うん。お母さんは亡くなったからね、半年前に」
想定外に重い話が出てきた事で、わたしは思わず絶句する。
「そんな顔しないで、もう半年も経つしさ。ま、そんな訳で王国特務騎士も辞めてね、この街にやって来たんだ」
「そうだったんですね……」
「聞いてよ、フミナ。特務騎士を辞める時、すっごく大変だったんだから。半年近く辞めさせて貰えないし、ようやく辞められると思ったら〈勇者〉の称号は残すって言うし」
「た、大変だったんですね」
「そうそう。挙句、陛下からは『隠居するならアルフルスに行け』って指定されるしさ。でもこれはラッキーだったね、フミナに出会えたし!」
那月さんはそう言うと、輝く様な笑顔を向けてきて、わたしは思わず心を奪われた様に呆けてしまう。
そして、気付いた時には、わたしは那月さんの差し出した手を握り返していた。
◆ ◆ ◆
結局、わたしは那月さんの善意を断り切れず、その日は泊めて貰う事にした。
それで、早速那月さんの家に向かったのだけれど、これが色々な意味で凄かった。
「これは凄い……ですね」
「あはは……、色々気にしないで貰えると嬉しいかな……」
国王から下賜されたというだけあって、とても大きく立派な屋敷だけれど、その一方でちゃんと管理されていなかったのか、庭の草は伸び放題、建物も幽霊屋敷の様な雰囲気が感じられる。
今は昼だから大丈夫だけど、夜ここに来るのは少々躊躇うかもしれない。
「まあ良いです。早速ですが、軽く庭を手入れしても構いませんか?」
「え、構わないけど、どうするの?」
とりあえず那月さんの言質を得た事で、わたしは[
「これで行き来だけは苦にならないかと。庭の整備は、ちゃんと専門家に頼んで下さいね」
「おお~、凄いね! ありがとう、助かるよ」
それから、整備した道を通って屋敷の中に入ると、これもまた凄かった。
入ってすぐが大きなホールになっていたけれど、埃が凄いし、ところどころ蜘蛛の巣も張ってあるしで、人が住む場所とは思えない。
「何か幽霊でも出そうですね……」
「思っていても言わないで。一人で掃除するの大変だったんだから……」
「那月さん一人で掃除したんですか?」
そうして話を聞くと、那月さんもこの街には一昨日着いたばかりで、それから頑張って掃除をして、最低限人が住めるスペースを確保したところだったらしい。
言われてみると、確かに綺麗になっているところがあり、それは水回りがあると思わしき方角へと続いていた。
「こういう場合って、使用人なんかも出して貰えるんじゃないでしょうか?」
「だってさ、折角自由になったのに、陛下に見張られている様で嫌じゃない」
那月さんの言い分も分かるけど、この広さを一人でどうにかするのは無理だと思う。なので、泊めて貰う事だし、もう少しお節介を焼く事にした。
「でも、那月さん一人じゃ無理ですよね」
「うう……、そうだけど~」
「なら一泊の恩を返すという事で、[清浄]」
とりあえず、見える範囲に[清浄]をかけて一気に綺麗にしていく。
家にかけるのは初めてだったけど、問題なく機能した様だ。
「こんな感じでどうでしょう」
「フミナって凄いね……。魔力が足りなくなったりしない?」
「この位なら全然ですね」
「それなら、掃除屋さんだってやれるかもね……」
「あ、そのアイデア良いですね」
「ちょ、冗談だから。一旦落ち着こう?」
そうして、那月さんが今のところ寝泊りに使っている部屋へと入る。
位置的には使用人の宿直室っぽいけれど、入り口や水回りに比較的近いので使い易いのだろう。
「ちょっと座ってて、お茶入れるからさ」
「それなら、わたしも手伝います」
その後一悶着はあったけれど、結局はお茶もわたしの【水魔法】と【火魔法】を駆使して手早く淹れて、部屋で改めて那月さんと向き合った。
「うう~、フミナの魔法が便利過ぎるよ……」
「まあ、折角頂いた力ですし。使えるなら、それに越したことはないかと」
それからお茶を一口飲んで、那月さんは真面目な顔を作って語り出す。
「それでさ、フミナはこれからの事はどう考えてる?」
「そうですね。まずは冒険者として生業を立てようかと。その中で、わたしの魔法が使える仕事を見つけていこうと考えています」
「やっぱりそうなるよね。ならさ、冒険者の間は私とパーティー組まない?」
「有難い話だと思いますが、そこまでして貰うのは……」
「良いじゃない、私も今はフリーだしさ。私がフミナと一緒にいたいから、じゃダメ?」
那月さんの様な美少女にそこまで言われ、わたしも思わずたじろぐ。
「……何か口説かれているみたいですね」
「え? ……あ! その、変な意味じゃないからね」
「冗談です」
そう言って笑うと、那月さんは少し顔を赤くした後に困った顔になる。
ここまで彼女と会話したけれど、この申し出も純粋にわたしの身を案じてくれての事の様で、とても有難く感じる。
その一方で、わたしは別の観点から物事を考えていた。
とてつもない美少女の勇者――もし、この世界が大人のファンタジー作品と仮定するなら、まず間違いなく『攻略対象』だろう。
勿論、その推測が正しいとは限らないけど、この世界で生きていくには協力者がいた方が良い事も事実で、いずれにしても彼女の提案は渡りに船だと思う。
そう言った計算もあったし、那月さんに惹かれ始めていた気持ちもあったので、彼女の申し出を受け入れる事に決めた。
「今の話ですけれど、むしろわたしの方からお願いしたいと思います」
真面目な顔に戻ってそう告げると、那月さんはぽかんとした後に笑顔になった。
「良いの? それじゃ、今から私達は相棒だね。これからよろしく、フミナ」
「はい。よろしくお願いします、那月さん」
わたし達は、お互いにそう言い合って握手をする。
那月さんが頼もしい仲間なのは間違いなく、この世界で暮らしていくに当たり、ようやく光が見えてきたと感じる。
「それなら、まずはこのお屋敷の掃除からですね」
わたしがそう言うと、那月さんは苦笑しつつも頷きを返した。
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