第8話 少女の街案内

「フミナさんは魔法の探究のため、放浪されているんですか」

「ええ。まあ、実際にはそんな高尚な目的でもありませんけど。この子のお陰で、旅が苦にならないというのも一因かもしれませんね」

「へえ~。ヒナタちゃん、可愛いのに凄いんですね」


 それから、わたしはセルフィと会話をしながら街を散策していた。

 最初に、わたしが魔女という事と、ヒタナが使い魔という事を話すと驚かれた。

 セルフィはこの仕事柄、色々な人と触れあってきたけれど、魔女と話すのはわたしが初めてになるらしい。

 当然、魔女の使い魔と接するのも初めてな訳で、レッサーパンダも見た事がない……というかこの世界に存在しないかもしれないらしく、彼女の方も珍しい出会いを楽しんでいる様だ。


 それと、ここまでの会話で、この街などの情報も教えて貰った。

 この辺りはシグルス王国最北部に位置するグランツ辺境伯領であり、この街は辺境伯領第二の都市でアルフルスという名前らしい。

 また、西~北西に掛けては広大な魔の森が広がっており、魔物や素材が豊富な事もあって、それを求める冒険者も多い様だった。


 ……やはり、わたしが転生させられた場所は中々の危険地帯だったらしく、セルフィに気付かれない様こっそり嘆息する。


 そうして街中を歩んでいると、ふと気付いた事があった。

 この世界はファンタジー物っぽい雰囲気があり、例に漏れず中世~近世くらいの時代感に感じるけれど、やけに街並みが清潔なのだ。

 正直なところ、現代日本に育った身としては不潔な世界だと地獄なので、清潔なのは有難いのだけれど、どういう事だろう?


「この街は意外と整理されているというか、清潔で秩序が保たれていますけど、何処もそういうものなのでしょうか?」

「そうですね。元々は、かつての聖女『アサヒ』様が清潔にする事の大切さを広められたのが切っ掛けで、今ではある程度大きな街はこんな感じですよ」


 へえ~、かつての聖女の功績なのか……と聞いていたところに、その名前が出てきてむせかける。

 名前と言い、やった事と言い、過去の転生者の可能性が高い気がする。

 そう言えば、神様は定期的に転生者を送り込んでいると言っていた様な……。


「アサヒ様と言えば、生涯結婚されなかった事も有名ですね。その事もあって、実は女性を愛していて、特に傍仕えの方を大切にされた……という噂話も出た程だったとか」

「そ、そうなんですか……。セルフィは物知りですね」

「ありがとうございます。実は、街の案内のためもあって色々勉強したので」


 そう言って、悪戯っぽく微笑むセルフィは可愛かったけど、わたしは別の事で頭が一杯だった。

 アサヒさんも、女体化して転生させられてたりしていないよね……?

 どんどんこの世界に対する不審と不安が募ってきた事で、わたしは再度、セルフィに気付かれない様こっそりと溜息をついた。


◆ ◆ ◆


「ここが冒険者ギルドになります。大通りに沿って歩けば着きますので、それほど迷う事は無いかと」

「ありがとう。……結構大きいですね」

「はい。アルフルスは冒険者が多い街ですので。中には入られますか?」

「いえ。今日は場所を確認するだけで、中に入るのは明日にしようと思います」

「かしこまりました。冒険者ギルドは早朝から開いていますが、早朝は特に混み合いますからご注意下さい」


 冒険者ギルドに着いた後、その建物の前でセルフィと話し合った後、さっさと次の目的地へ向かう事にする。


 道中でセルフィから冒険者ギルドの実情を教えて貰ったけど、冒険者というよりも何でも屋の方が近い様だ。

 商工農といった仕事にもそれぞれギルドがあるらしいので、それ以外の仕事となると、確かに何でも屋になるのかもしれない。

 実際に、早朝に来る人達は短期バイトの様な仕事を求めている人が多いらしい。

 その事もあって、手続き等をするなら、その時間は外すのが無難なのだとか。

 わたしの場合は、まずは冒険者登録をする必要があるので、早朝を避けて一服したタイミングの方が良いだろう。


 続いて旅の雑貨屋へ向かう途中で、わたし達の元へ二人の少女が駆け寄ってきた。

 一人は、セルフィより明るい青髪と紫色の目をした中学生位の感じの少女で、長い髪をポニーテールにまとめていて、快活そうな雰囲気が感じられる。


「セルフィ、お疲れ。お客さんを案内中か?」

「お疲れ様、リゼット。こちらはフミナさんで、只今街中を案内中よ」

「そうか。初めまして、フミナさん。リゼットと申します。セルフィとは仕事仲間兼同居人という感じです」

「初めまして、フミナです。わたしは各地を放浪していて、偶々着いた街でセルフィに声を掛けられて、案内をお願いした感じですね」

「女性一人で放浪……、冒険者ですか?」

「そうなるのでしょうか? わたしは魔女なので、魔法の探究のためという面が強いですけど」


 そこまで話すと、リゼットの後ろに隠れていた小柄な少女がひょっこりと姿を現す。こちらはまだ小学生位の雰囲気で、セルフィよりも更に年下になるだろう。

 白銀の目と髪が印象的な一方で表情が薄く、おかっぱ気味の髪型だけれどもみあげは長めという具合に、神秘的だけれども一風変わった雰囲気も感じさせる子だった。


「お姉さんは魔女? 魔法使い?」

「こらフィリア、挨拶しないと駄目だろ」


 年長者だからなのか、リゼットがフィリアをそう叱ると、フィリアはわたしに向き直ってぺこりと頭を下げた。


「私フィリア、初めまして。夢は魔法使い……です」

「初めまして、フミナです。わたしが魔女だから気になる感じですか?」


 わたしがそう尋ねると、フィリアはコクリと頷く。

 将来の夢が魔法使いという事もあって、魔女という存在が気になる様だ。


「私、魔法使いになれるかな? 魔法を覚えるきっかけが知りたい……です」

「フィリア、あまりフミナさんを困らせるんじゃない。すみません、この子は魔法使いに憧れている事もあって、不躾になってしまいまして……」


 意外とぐいぐい来るフィリアに対し、リゼットがそれを窘める。

 フィリアの質問に答える術が無かったので助かったけど、不満げな彼女を見ていると少し手助けをしたくなった。


「構いませんよ。と言っても、魔法を覚えるきっかけは特に無かったかと。只、もし魔法の素養を知りたければ、少し手助けが出来るかもしれません」

「本当! お願い!」

「ええ。では、わたしと両手を繋いで下さい」


 わたしはそう言って、フィリアに両手を差し伸べる。

 フィリアが迷わずその手を取ったのを見て、【魔女の知識】に従い、二人の間で循環するように魔力を流した。


「今、わたしの魔力をフィリアに流しています。分かりますか?」

「うん、暖かくて不思議な感じ。これが魔力?」

「ええ。今から魔力の属性を変えていきますから、感じたまま答えて下さい」


 難なく魔力を感じられた事から、フィリアは魔法の素養持ちと判明する。

 本人としても、何の根拠もなく魔法使いを目指していた訳ではないらしい。

 更に属性も見ていくと、火魔法と水魔法の反応が良かったので、この二つがメインの属性になるだろう。

 その事を本人に伝えると、無表情から一転して、可愛らしい笑顔を見せる。


「ありがとう、お姉さん」

「すみません、フミナさん。案内の途中で……」

「構いませんよ。折角ですから、セルフィもやってみますか?」


 困った顔で謝罪するセルフィに対しても、問題ないと話した上で提案してみる。

 最初は困り顔のまま右往左往していたけれど、セルフィも興味はあったのか、最終的には『お願いします』と両手を差し出してきた。


 なので、わたしはその手を取って、フィリアの時と同様に魔力を流していく。

 ちらりと見ると、リゼットが顔を赤くしてわたし達に見入っていたので、後で彼女にも提案した方が良いのかもしれない。


 予想通りではあったけど、セルフィも魔法の素養を持っていて、更に水魔法と風魔法に強い特性があった。

 人間には魔法の素養持ちが多くない事を考えると、魔法使いは惹かれ合う性質があるのかもしれない。


「ありがとうございます。それとすみません。案内の途中で、こんな事をして頂いて……」


 セルフィも魔法の素養があると知り、嬉しそうな顔をした一方で、案内の途中という事を思い出したのか、申し訳なさそうな表情になる。

 それに対して、わたしは大丈夫だよと、にっこり笑い掛けた。


「問題無いですよ。それと、折角だからリゼット、あなたもやってみます?」

「へ!? いえ、私は剣士志望なので大丈夫です」

「そうですか? 先ほどは、顔を赤くしてわたし達を見ていた様でしたので、試してみたいなら構いませんよ」


 わたしがそう言うと、リゼットは困り顔になって落ち着きが無くなる。

 そこに横からフィリアが口を挟んだ。


「お姉さん、リゼットは見惚れてただけ。お姉さんとセルフィが手を繋いでいるの、凄く綺麗だったから」

「ちょ……、フィリア!」

「それと、今のお姉さんの笑顔も可愛かった」

「良いからフィリア、もう喋るな!」


 リゼットはそう言うと、フィリアを引きずる様に遠ざけていき、一定の距離を取ったところで、わたしに礼をしてからフィリアを連れて去っていく。


「……すみませんでした、騒がしくしてしまいまして」

「わたしも楽しかったですし、本当に大丈夫ですよ。あの子達は、セルフィの仲間なんですね」

「はい。私達は身寄りの無い女の子同士で、一緒に暮らしているんです」


 二人が去って落ち着いた事もあり、セルフィに軽く話を振って、返ってきた答えにわたしは驚く。

 彼女達の仲間は後二人いて、歳の近い女子5人で共同生活をしているらしい。

 この世界では、十五歳になれば成人と見做されるとは言え、まだ小学生から中学生くらいの子達が自立するのは相当な苦労に違いない。


「そうなんですか? 孤児院などは頼れないのでしょうか?」

「そう……ですね。それに、私達はそれぞれ夢があって、それを叶えるなら早めに独り立ちして頑張ってみようかなと」


 セルフィが言葉を濁した事を考えると、孤児院暮らしも何らかの問題があるのかもしれない。

 だからこそ、この子達は子どもだけで生活する道を選んだのかもしれなかった。


「幸い、街の案内や、ちょっとしたお仕事を頂けたりもしますので、何とか暮らしていけています」

「そう……でしたか」

「それに、良い事もありますから。私の夢は商人ですけれど、こういった仕事をしていると色々と勉強になる事も多いんですよ」


 そう言って、セルフィは屈託なく笑う。

 だけど、この世界の厳しさを垣間見た事で、わたしはどんな表情をして良いのか分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る