第6話 危険な森を駆け抜けろ!
ゴブリン共を仕留めた事で吹っ切れた事もあり、その後は自重を止めて、進路と速度を優先して森を駆け抜けていく。
正直なところ、ゴブリン共の気持ち悪い視線に対する憤りの気持ちも大きかったし、こんな所に長く居たくないと思うのが人情だろう。
魔物との遭遇を回避せずに突っ込んだ事もあり、それからは幾度となく会敵する羽目になったけど、これがまた酷かった。
まず、最初に遭遇したのはスライムだった。
可愛らしいタイプではなく、不定形で物理耐性があり、その体に触れた物を溶かしてしまう非常に危険な魔物だ。
【警戒】の効果もあり、その初撃は回避出来たけど、木の上から俺を取り込むように落下してくるなど、認識の外から奇襲を仕掛けてくる点も厄介だった。
その一方で、スライムも頭の痛い性質を持っており、何故か人の女性を苗床にするらしい……。
初撃の際に、俺を取り込みにきた理由が分かった時は、正直ブチ切れた。
とは言え、今度は魔法を暴発させず、[
続いて現れたのは、食人植物『マンイーター』だった。
太い蔦で巨木に寄生し、近くを通りかかる獲物をその蔦で捕らえて捕食する、これまた厄介な魔物だ。
頭の痛い事に、コイツも人の女性を苗床にするらしく、俺に向けてその蔦を伸ばしてきたときは怖気が走った。
それでも、【体術 LV3】を活かして蔦を回避し、スライム同様に[
更に進んで行くと、今度は良く分からない謎の触手生物と遭遇する。
その見た目は、森に生息する巨大イソギンチャクという感じで、何と言うか生理的嫌悪感が凄かった。
例に漏れず、この魔物も人の女性を性的に襲う様で、この時は苛立ちが限界だった事もあり、思わず[
森への延焼を防ぐため慌てて消火したけれど、大事に至らなかったのは幸いだったと思う。
その次には、巨大な人喰い熊『ブラッドレッドベアー』と戦う事になったけど、コイツは純粋な殺意を向けてきたので、むしろ安心してしまった。
これまでの魔物の中でも最強で、数多の旅人が被害に遭っている危険な魔物らしいけど、性的に見られないだけで心理的な負担が軽くなる。
危険度的にはズレているかもしれないけど、女性になって魔物からそういう目に晒され続けた事が、かなりのストレスになっていた様だった。
尚、ブラッドレッドベアーとの戦闘は、土魔法[アースニードル]で一撃だった。
やはり、〔クラス〕【魔女】の魔法は相当強力なのだろう。
そして、俺は今、オークの集団と対峙している。
残念な事に、オークも人の女性を性的な意味で襲う上にその頻度も高いらしく、この世界の女性としては特に警戒が必要な魔物になるらしい。
実際に、こうして向かい合ってみると、オークの威圧感は凄かった。
ゴブリンが小柄なエロ猿だとすると、オークは大男の暴漢という感じで、無力な女性だと到底抗えないだろう。
「繁殖するなら同族としてろ! [アースニードル]!」
オーク共が下卑た目を俺に向けているうちに、さっさと[アースニードル]を放った事で、奴らは反応する間もなく地面から伸びた鋭く巨大な針に貫かれてあっさりと絶命する。
ブラッドレッドベアーすら一撃だっただけに、オーク共が相手でも全く問題なかった様だ。
「ほんっと最悪。人の事を何だと思っているんだか……」
戦闘を一方的に片付けた後にそうぼやきつつ、オークの体の外に飛び出た魔石のみを回収していく。
一応、【解体 LV1】は取っているものの、オークを解体してまで魔石を欲しいとは思えなかったので、体の中に残ったものは放置した。
この世界での魔物の基本的な定義として、体内に魔石を持つ生物というのが一般的で、それ故魔石は魔物討伐の証明になる。
それに加えて、魔石は魔道具のエネルギー源としても使用されるらしく、その二つの理由から冒険者ギルドで買い取りを行なっているため、冒険者の収入源の一つとなっているらしい。
魔物の死体を見ても案外平気なのは、恐らく【精神耐性 LV5】が効いているのだろうけど、余り気持ちの良いものではないし、触りたいとも思わないので、残りは放っておいて再び移動を開始する。
魔物の死体を放置する事になるけれど、大抵の森には『フォレストウルフ』という掃除屋的な魔物が居て、死肉を綺麗に処理してくれるらしい。
フォレストウルフは安全優先主義の様で、生きている人を襲う事は余りないらしく、その性質は魔物でありながら益獣と言って良いのかもしれない。
そんな風にこの世界の内実を整理しながら、オークとの戦場跡から離れていくと、日が落ちてきて森の薄暗さが増してくる雰囲気が感じられる。
なので、少々早いかと思いつつも、[
◆ ◆ ◆
早めに野営の準備をしたのが奏功し、日が落ちる前に設営を終えて、今は土のシェルターの中で今日の出来事を思い返していた。
土のシェルターは我ながら中々の出来で、四畳半位のスペースにベット付、トイレ別の作りとしている。それなりに強度も高いため、並の魔物では壊す事は難しいはずだ。
その後、灯りは光魔法、空調は風魔法で整え、最後にヒナタに【結界】をシェルター全体に張って貰って完成した。
流石に普通の家や宿屋とまではいかないけど、野営の常識を覆す位には快適な環境だと思う。何よりも、夜番の必要が無く安全を確保出来るのが大きい。
今はシェルターの出入り口も完全に塞ぎ、[清浄]で身を清め終えているので、このまま寝る事も出来る。だけど、明日には街に着くだろうから、事前に方針を決めておいた方が良いだろう。
まずは今の自分についてだけれど、正真正銘女性である事が分かった。
というのも、半日も経てば当然トイレの機会もあったので……。
自分の身体なのに罪悪感を感じたし、有るべき物が無くなったショックも受けたしで散々な気持ちになってしまった。
また、今の服装の慣れない違和感の理由は、女性物の下着を付けていた事も大きかった様で、神様の配慮とは感じつつも、男だった頃のアイデンティティが壊された様に認識してしまい、恨めしく思ってしまう。
とは言え、今後を考えると確認が必要だったのも事実なので、一旦気持ちを落ち着ける。
ヒタナを連れてはいるけれど、ここまでは一人旅で人と接する機会も無かったから、外聞を気にする必要は無かった。
だけど、街に着いた後はどうだろうか?
男言葉で仕草も男性の少女……、居なくはないと思うけど、今の自分だと外見との違和感が凄そうだ。
ただでさえ転生したばかりで、この世界の風習に慣れていないだけに、更に目立つ行動を取るのは悪手だろう。
「そう……だよね。だとすると、俺、じゃなくて、わたし、かなあ……」
性自認が崩壊しそうな恐怖もあるけれど、この世界で生きて行くにはやむを得ないと割り切る。
「それと、なるべく丁寧な言葉を心掛ける感じ? ……社会人になったと思えば、口調は何とかなりそうな気がする……します」
そう自分に言い聞かせ、何とか納得する事にする。
「後は名前でしょうか。文尚だと男性の名前ですし、この世界では悪目立ちするかもしれません」
こっちも中々頭の痛い問題で、悩みどころだ。
偽名にする手もあるけれど、咄嗟の時に自分の名前と認識できない可能性が高いから、どちらが良いかは微妙なところだろう。
尚、この世界では名字はそれなりに普及している一方で、特に田舎の村なんかだと名字が無い方が一般的らしく、名字が無くてもおかしくはないらしい。
「それなら、名字は無しで良いですね。魔法の探求のため、生まれた村を飛び出して放浪中の魔女という感じで」
そう適当に呟いたけれど、意外と悪くない設定だったので、この案を採用する事に決める。
「名前は……そうだ! 『フミナ』ならどうだろう……でしょう?」
『文尚』から終わりの一文字を抜いただけだけれど、意外と様になっている。
この世界でもそれなりに違和感の無い名前だし、最後の一文字が無いだけなので認識に問題が出る可能性も低そうだ。
「それでは、今から俺……わたしはフミナ。……まずはこの名前に慣れないと、ですね」
夜のテンションの勢いで決めてしまった感もあるけれど、街に入るに当たっての懸念が解消出来て、肩の荷が一つ下りた気持ちだった。
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