第5話 森を抜けて街を目指そう

 女体化による混乱はあったものの、一通りの現状把握を終えたので、続いて今後の行動指針を考える。


 普通に考えるなら、この森を抜けて人間の集落を探すのが無難だけれど、その為には人間の集落の位置と、それに向かいつつ森を抜けるルートとを把握する必要がある。

 現在地はかなり深い森の中の様で、そもそもどちらに進めば森を抜けられるのかすら分からない。


「これって、いきなり詰んでもおかしくなかったんじゃ……。ま、いっか。時空魔法[旅の道標ポラリス]」


 という訳で、手っ取り早く魔法による解決を図る。

 [旅の道標ポラリス]で周囲を確認してみると、どの方向もずっと森が続いていて、これを抜けるのは容易ではなさそうだ。

 それでも、捜索範囲を広げていくと、北と西は山になっていて、南と東はやがて草原になっている事が分かった。

 更に南と東を重点的に見てみると、南東の方角に結構大きな街を発見した。

 距離としては、歩いて一泊半くらいのイメージだけど、この世界の感覚だと近い部類なのかもしれない。


「まずは、あの街を目指そうか。なら次は準備だね」


 確認の意味も込めて声に出し、そして街に辿り着くまでの準備をする。

 まあ、出来る事は多くは無いのだけれど、途中で一泊野営する必要があるから、ここで用意出来るものは今のうちに[アイテムボックス]に放り込んでおくのが正解だと思う。

 とは言っても、水や火は魔法で済むので、必要なのは最低限の食料位だろう。


 そう考え、野苺などの食べられる果物を採って[アイテムボックス]内に入れていく。その他にも、川魚を凍らせて仕留め、同じ様に仕舞う。ついでに、【錬金魔法】で使えそうな薬草も採取しておく事にした。

 そうやって、程なく最低限の物資が確保出来たので、ちょっと早い昼食を摂る事にした。


「やっぱり塩気が足りない気がする……。あ、ヒナタはリンゴ食べられるよね」


 とりあえず、川魚は【火魔法】で焼いて食べてみた。

 塩や調味料は何も無いので、素材そのままの味だけど、食べる分には問題ない。

 その一方で、ヒナタには近くの木になっていた季節外れの林檎らしき果物を切って渡す。

 使い魔は、主の魔力があれば食事はいらないけど、おやつ感覚で食べる事は出来る様で、ヒナタも美味しそうに林檎を口にしていた。


 大した食べ物があった訳でもないので、食事はあっさりと終わる。

 なので、早いうちに出発しようとしたけれど、未知への恐怖からか中々一歩を踏み出す事が出来なかった。

 現実問題として、魔物が跋扈する危険な旅路であり、命を落とす可能性も否定出来ず、日本人としては慣れない状況なのは間違いない。

 それでも、得られたスキルやヒナタの力を信じ、意を決して街へ向かうべく出発した。


◆ ◆ ◆


 〈聖域〉を出発した後、【隠密】と【警戒】を併用しながら森の中を進んで行く。

 そのおかげで、魔物に気付かれる事もなく、また魔物の気配を事前に察知し回避しながら行軍を続けていた。


 しかし、その一方で俺はかつてないほどの消耗を覚えていた。

 一つ間違えば命に関わる環境が心身を大きく消耗させており、徐々に集中力が失われていく。

 この状況に危機感を覚え、一旦足を止めて立ち止まった。


「はあっ、はあっ……、これは、思ったより、きついかも……」


 辺りを警戒しながら、汗を拭いつつ呼吸を整える。

 春の陽気とは裏腹に、森の中は薄暗くひんやりとしていた。

 それでも、命懸けの緊張感と、不安定な足場を早足で歩んだ事による疲労が重なり、とめどなく汗が滲んでくる。

 想定以上にストレスによる消耗が激しかったので、ここで一旦休憩を入れる事にした。


「[回復ヒール]それと[清浄]」


 まずは体力を回復させた後、汗だくの身体を[清浄]で綺麗にする。

 その後に[水生成アクア]を使って水を一口飲んで、ようやく一息が付けた。


「思ったより消耗が激しいね。それと、真っ直ぐ進めないのも痛いかな」


 落ち着いたのを契機に、現状把握も兼ねて独り言ちる。

 魔物を避けてきたのも一因だけど、森の中には様々な障害物があり、どうしても回り道になるため、都度[旅の道標ポラリス]を使わざるを得ないのも痛かった。

 正直なところ、【魔女】になっていなければ魔力が尽きていたかもしれない。


「ホント、不幸中の幸いだったかもね。[旅の道標ポラリス]」


 何度目かの[旅の道標ポラリス]を唱え、進路をまた微調整する。

 まだ日は高い様だけれど、森の中だと日が落ちるのが早いかもしれないし、余裕を見て野営をした方が良いのかもしれない。


 そう、ぼんやりと物思いに耽ったのは油断だったのだろう。

 気が付いた時には、敵意を持った気配が数体、俺に向かって近付き始めていた。


「見つかった!? ……今からでも逃げられるか?」


 急いでその場を離れたけれど、敵は確実に俺の後を尾行して来る。


「これは魔物? 焦るな、落ち着け。力の差は絶対、俺が負ける事はない……」


 これは逃げ切れないと見て、意を決して迎え撃つ覚悟を決める。

 冷静に考えれば、単純な戦闘能力では俺が圧倒しているだろう。

 敵が複数であっても、虫を薙ぎ払うかの様に一掃出来るはずだ。

 だけど、魔物とはいえ大型の生物を殺せるのか? それを躊躇ったら万が一があるのでは? との不安から、緊張感が全身を支配する。


 それから間を置かずに、俺は三匹のゴブリンと遭遇した。


「くっ……、いけるか? ………………え?」


 その三匹のゴブリンは、確かに俺に対して害意を向けていた。

 しかし、それは殺意とは違う感じで、どちらかと言うと粘着質な気持ち悪い視線を向けられている様に思う。


 想定外の状況に思わず戸惑ったけど、ゴブリンも獲物を見定めているのか、ねっとりと舐め回す様に俺を見ていた。

 その結果、良く分からない間が生まれ、ゴブリンの視線の気持ち悪さから、俺は思わず身震いする。


 そして気付いてしまった。気付かなくても良い事を。

 このゴブリン共は雄の様で、何故かやけに元気になっている。

 その事に気付いてドン引きしつつ、改めてゴブリン共を見やると、顔を赤らめており、興奮というか下手をすると発情している雰囲気があった。


 ……どういう事?

 こいつ等は俺を追って来ていて、三匹は徒党を組んでいる様に見える。

 縄張りに入った人間を襲おうとしているのは分かるけど、なら奴らは何故発情している様に見えるのか。

 この場に性別♀は俺一人……まさか!


 そこまで考えると、不意に【世界の基礎知識】から知識が流れ込んでくる。

 ……どうやらこの世界のゴブリンは、人の女性を襲うらしい。

 という事は、こいつ等は俺をそう言う目で見ていたという事になる。


 そんな目で見られていた事に、吐き気と共に怒りがこみ上げて来た。

 その様子を見て、ゴブリン共は獲物が恐怖に震えているとでも思ったのか、奇声を上げて飛び掛かって来る。


 その瞬間、俺の怒りが頂点に達した。


「ふざけんなーーーー!!!!」


 それと同時に、俺の魔法が半ば暴発的に発動し、鋭く巨大な針が地面から無数に伸びてゴブリン共を刺し貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る