全て彼女のせい
ゆうき
出会い
入学初日、僕は同じクラスになった女子の虜になった。
彼女は僕の右斜め前の席で少しこわばった表情で筆箱をいじって時間を潰していた。
こじんまりとしていて目立たないが一つ一つ丁寧に作りこまれた目や鼻に、日の光に当てたら透けてしまいそうなほど透明感のある白い肌が乗っていて美しかった。
触れてしまったらそこからホロホロと崩れてしまいそうな繊細な感じがして、彼女を見るだけで僕の心は静かになった。
周りの男子共は彼女の美しさには気が付いていない。
明るく元気にしゃべる女子連中の、話し方だけで伝わってくる「私は一軍ですよ」というアピールがうるさくて彼女の存在はガヤガヤとした乱雑な声に覆い隠されてしまっている。
好都合だ。
これで彼女は僕だけのアイドルだ。
うるさい女子に目がいってしまうような短慮な男どもに彼女を汚されたらたまったもんじゃない。
まあ、たとえライバルがいなくとも僕が彼女と言葉を交わすことはないだろうし、まだ話したこともないクラスメイトを短慮と表現してしまうような僕はあいつらよりも下劣で彼女には相応しくない。
それが分かっている僕は身分相応に彼女をここから見ているだけで十分だ。
うちの担任が席替えをしないことを切に願う。
そんなことを思っているとジャージ姿で短髪の男が入ってきた。
こいつが担任か。
明るく多くの生徒に好かれるが少しデリカシーに欠けている体育教師。
そんなところだろう。
嫌いなタイプだが適当に笑顔を作って気分よくさせておけば良いだろうから悪くはない。
「おはよう!自分の席について!」
そう指示を出してから男が話し始めるとこいつは数学教師だと判明した。
いや、お前は体育教師であれ。
見た目に合わなすぎるだろう。
なぜジャージを着ている。
快活な声も体育教師を連想させるが、クラス全体を見渡した時の目付きにはわずかに鋭さが含まれていて元気なだけの男ではなさそうだ。
「入学おめでとう。これから高校生として、勉強やスポーツに励んでいくことになりますが、その前に一緒に高校生活を送るクラスメイト同士で顔と名前を覚えてもらいます。ということで端から順に自己紹介。名前となにか一言」
そうして自己紹介が始まった。
なにか一言?
なにを言えばいい。
一番左後ろの席の僕は順番がすぐに回ってきてしまう。
自分が何を言うか考えるのに必死で他の人の自己紹介なんて聞く余裕はなかった。
何も思い浮かばないまま自分の番が来てしまうと、静かに立ち上がって声を出した。
「小川アキラ」
それだけ言うとまた静かに座った。
窓の方を向いて顔を見られないようにした。
それだけ?つまらない奴。
そう思った人間がこっちを見ている気がして前を見れなかった。
それから数人の自己紹介が終わるとついに彼女の番が来た。
この苦痛でしかない時間の中にある唯一のオアシス。
彼女の時間だけがメインイベントでクライマックス。
他の有象無象の名前なんてどうでもいい。
さあ!君の名前を教えてくれ!
「清水レイです。よろしくお願いします」
彼女の周囲にいる数人にしか聞こえないようなかすかな声だった。
内緒話をするときのささやき声よりも小さいのではないか。
彼女が座りなおすときにイスをそっと引いた音の方が大きかった。
あまりの声の小ささにクラスがざわついて、その音に押しつぶされて彼女の肩はギュッと縮こまってしまった。
やめてくれ彼女をいじめるな。
早く次の奴が自己紹介を始めろ。
そうすればこのざわめきは治まって彼女はプレッシャーから解放される。
早くしてくれ。
「はい、つぎ~」
担任の間の抜けた声がクラス中に行き渡ると彼女への注目は収束していき、彼女はホッとして肩の力を抜いた。
よくやったぞ担任。
こうして僕は「清水レイ」に出会った。
全て彼女のせい ゆうき @hiaiyuki
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