皿嘗めた猫が科を負う

三鹿ショート

皿嘗めた猫が科を負う

 学校を卒業し、ようやく関係が絶たれたと思っていた相手からの連絡ほど、心臓に悪いものはない。

 彼に指定された場所へと向かうと、其処には彼以外にも、二人の女性が存在していた。

 彼の交際相手であろう一人は私の存在を気にすることなく酒を飲み続け、一人は一糸まとわぬ格好で床に転がっている。

 半裸の状態である彼と、引き裂かれた衣服が床に落ちていることや、現場に充満する臭気などから、事情を察した。

 立ち尽くしている私に向かって、彼は笑みを浮かべながら床に倒れている女性を指差すと、

「処分しようとしていたのだが、それでは勿体ないと考えていたところ、きみのことを思い出したのだ。経験が無いだろう、私の使用済みで悪いが、愉しむと良い」

 そう告げると、男性は酒を飲んでいた女性に合流し、談笑を始めた。

 正直に言えば、弱っている女性に追い打ちをかけるような真似など、したくはなかった。

 だが、彼の命令に従わなければどのような目に遭うのかは、経験から理解している。

 ゆえに、私は倒れている女性と繋がることを選んだ。

 彼の言葉通り、何もかもが初めてだったために、何時しか私は他の人間の存在も忘れて愉しんでしまっていた。

 放出を終えた後、振り返ると、其処には撮影機器を私に向けている彼の姿があった。

 血の気が引いていくのを、確かに感じた。

 予想通り、彼は撮影機器を指差しながら、

「この映像により、其処の女性を陵辱した人間は、誰がどのように見たとしても、きみということになるだろう。これを公のものとされることを避けたければ、協力してもらおうか」

 私は、うまうまと彼に嵌められたというわけだった。


***


 彼の言う協力とは、見知らぬ女性を捕らえるというものだった。

 私が声をかけることによって女性の意識を逸らし、その隙に彼が捕らえると、その後は彼が愉しむ時間の始まりである。

 其処に加わることは許されなかったために、行為の最中は、部屋の外に出ていた。

 そして、彼が愉しんだ後は、その女性を処分するために山奥へと向かった。

 見知らぬ女性を埋めながら、私は謝罪の言葉を吐き続けた。

 その様子を、彼は笑みを浮かべながら眺めていた。

 彼が悪人であることは間違いないが、協力している私もまた、同類だと考えられたとしても仕方が無い。


***


 今日もまた、彼が愉しんでいる間、私は部屋の外で時間が過ぎるのを待っていた。

 其処で、珍しく彼の交際相手が部屋から出てくると、私に煙草を差し出してきた。

 私が首を振ると、彼女は無言で紫煙をくゆらせ始める。

 彼女と二人きりと化すことなどほとんど無かったために、良い機会であることは間違いない。

 私は、彼女に問うた。

「何故、彼はあのような行為に及んでいるのでしょうか」

 彼女は私に目を向けることなく、煙を吐き出すと、

「彼が、私を愛しているからです」

 背後の扉を一瞥した後、彼女は天を仰ぎながら、

「彼は、暴力的な欲望を抱いているのです。ですが、愛している私にそのような真似をすれば、生命を奪ってしまう可能性が高くなってしまう。それゆえに、彼は他の女性で欲望を発散することで、危機を回避しているのです」

 私は、唖然とした。

 彼女と交際していなければ、多くの女性たちがその生命を奪われることはなかった。

 つまり、彼女こそが、元凶なのではないか。

 私の思考を悟ったのか、彼女は小さく頷いた。

「これまでにこの世を去った罪も無い人々に対しては、申し訳なさを覚えています。彼に目をつけられることがなければ、老衰でこの世を去ることになっていたかもしれません」

 彼女は表情を浮かべることもなく、煙草を地面に落とし、靴の裏で火を消しながら、

「ただ、運が悪かったというだけの話です。交通事故も、同じようなことを言うことができるでしょう」

 その言葉と態度から、彼と彼女は、救うことができない人間だということに気が付いた。

 このような悪人を野放しにしておけば、今後どれほどの新たな被害者が生まれるか、分かったものではない。

 しかし、私には、どうすることもできなかった。

 彼とは体格の差もあるが、虐げられてきた記憶が、私の動きを鈍らせるのである。

 不意を衝いたとしても、私が彼に勝利することができる可能性は低いだろう。

 其処にくだんの映像が加わってしまっては、私が行動することなど、出来なかった。

 彼女が室内に戻る姿を見届けながら、私は己の弱さを呪った。


***


 彼の悪事はその後も続いていたが、やがて彼と彼女の間には、娘が誕生した。

 己の行為など忘れているかのように、二人は娘を可愛がっている。

 その姿が、私には信じられなかった。


***


 二人と関わることが多かったために、必然的に、娘とも親しくなった。

 二人に溺愛されている娘を眺めているうちに、私はとある計画を考えた。

 彼らを懲らしめるためには、良い方法である。


***


 先に女性を捕まえておいたと告げ、彼を室内に案内した。

 其処には、手足を拘束され、袋を被せられた女性が倒れている。

 笑みを浮かべながら衣服を脱ぎ、その女性の肉体を味わい始めたところで、私は急いでその場から逃げ出した。

 過去の私の映像が公のものと化す恐れがあるだろうが、私は罪悪感に耐えることができなくなってしまったのである。

 そのまま然るべき機関に自首し、これまでに埋めた女性たちについて話すことにした。

 彼は今頃、自身が犯していた相手の正体に気付き、怒り狂っていることだろう。

 私は、ようやく意趣返しをすることができた。

 だが、良い気分では無かった。

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