第14話 召還命令



「召還命令ですって?」


阿古屋の言葉に城嶋は驚きを隠せなかった。

「そうだ。正式な命令は追って文書で通達される。特防班に所属する警察OB全員が厚労省から警察へと戻ることになった。厚労省の上層部もこの件については了解済だそうだ」

阿古屋は何の感情も交えず淡々と言った。

「もちろん、現在では正式に厚労省の幹部となった私はその中に含まれないが。もともとおまえたちは、いわば期限付きのレンタル移籍とでもいう立場だった。そしてその期限が来た、それだけの話だ」

静かに語る阿古屋に対し、抗議するように城嶋は言った。

「でもなぜこのタイミングなんです?どこからか圧力がかかったんですね?」

「私が知る由もないが、おそらくそういうことなのだろう。まあ、どの筋からの圧力か、おまえにもおおよその見当はついているはずだ。とは言え、これは多かれ少なかれ私が予想していた動きだ。織部たちが行動を起こすシグナルととらえることも出来る」

「特防班をけん制するために奴らが警察の上層部に金を握らせ、警察OBを召還させたということですか?」

まなじりに怒りをにじませつつ城嶋が言った。

「奴らができることは限られている。特防班そのものを潰すことが出来ずさぞ焦っていることだろう。それに、例の特効薬も実際に使用できる目途がたったが、奴らはそのことを知らない。依然として我々は有利な立場にあるという訳だ」

「しかし警察OBは俺とゴロを入れて五人、その全員が特防班の前衛です。警察OBが撤収するということは、その前衛がそっくりいなくなるということだ。室長、あなたはひとりで奴らに立ち向かうつもりですか?」

息せき切ってそう問いかける城嶋に対し、阿古屋はなだめるように言った。

「まあ落ち着け、ジョー。さっきも言ったように、奴らは特効薬のことをまだ知らないが、遅かれ早かれ秘密をかぎつけるだろう。そうなっては我々の有利な立場は失われる。おまえたちがいるいないにかかわらず、やるなら今しかないのだよ。

フフ、そんな顔をするな。今回の召還命令は我々特防班にとって実は大きなチャンスだ。我々の力をそぐことに成功して奴らも油断しているに違いない。それに、おまえたちが警察に戻って逐一上層部の動きをこちらに知らせてくれれば、より正確に織部たちの動きをつかむのにも役立つだろう。

戻るなら早いほうがいい。たとえ俺の息が掛かっていても、優秀なおまえたちのことだ。さっさと警察に復帰してしおらしくしていれば上層部の覚えもめでたいだろうし、余計な疑いを持たれずにすむ。

そうそう、おまえには警察への復職と同時に巡査部長から警部補に昇進させる旨、内示が出ているそうだよ。ゴロは警察を離れた時、昇進したばかりだったから巡査部長のままだが。警察に戻ってもおまえたちの将来は順風満帆という訳だ」

警部補だって?今さら昇進の話を聞いたって何のなぐさめにもなりゃしない。

室長だってそれはわかっているでしょう?

そう言いたいのをぐっとこらえつつ、城嶋は奥歯を嚙み締めた。

どうにも納得がいかない様子の城嶋だったが、その時不意に根来がオフィスのドアを開け、紙包みを抱えて入ってきた。

「秋ですねえ。秋と言えばこれ、ヤ・キ・イ・モ。たくさん買ったらオマケしてもらったんで、ジョーさんにもおすそ分けですよ!」

「こんなときにおまえは!」

掴みかからんばかりの勢いで城嶋が言うと、根来はいつもの調子で先輩の抗議を軽く受け流した。

「ジョーさん、これ室長のおごりなんですよ?別れ別れになればしばらく一緒に飯も食えない、さりとて召還命令が出た今、のんびり食事にも行けない。そこで俺が提案したんです。じゃあヤキイモでも買ってきましょうって」

「そういうことだ、ジョー。ほかの連中はもうとっくにここを引き払ってしまった。残るはジョーとゴロ、おまえたち二人だけだ。ほら、熱いうちに食え。そうのんびりもしていられないが、まずは腹ごしらえだ」

根来が差し出したイモを手に取り、阿古屋は旨そうに目を細めながら食べ始めた。

阿古屋だけでなく根来もヤキイモを手に取り、もぐもぐやり始めた。

前衛の俺たちが突然いなくなって、阿古屋室長の目算は大きく狂うに違いない。それなのにこの人は平気な顔をしてのんびりイモなんぞを食べている。正気なのか?

城嶋はイモに舌鼓を打つ二人を呆れて眺めていたが、その時ふと阿古屋の口癖を思い出した。

「この期に及んでじたばたしても仕方がない。腹を据えてかかれ、ジョー」

今まで何度となく窮地に陥ったとき、決まって阿古屋が口にしていたセリフだった。

そういうことか。今がこの人にとってその時なのだ。

城嶋はそう心の中でつぶやき、軽くため息をつくと、イモを手に取って半分に割り、やけくそのように口いっぱいにほおばった。


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