第9話 NO舞台

 スーパーで総菜を買って帰った。すぐに飲もうと思っていたビールを飲む気が失せていた。ずうっと頭に残ったままの重苦しさから逃れてはならない気がしていた。断熱タンブラーに淹れた麦茶をグイっと飲んで膝を抱えた。テレビはつけてない。つけられなかった。もう座っていると言うのに風を感じる。それは運転させた扇風機のそれではない。ずっと残ったまま問いかけて来る。堂々巡りの思考が止まらない。今の自分に今以外の選択肢はあるのだろうか、そんなのは夢を追いかけて生きると言う点からすれば体の良い現実逃避に似せた妥協でしかないと気づかずにはいられなかった。ただ気づいただけでだから別の選択肢を設けるなんて、簡単に言えば怖くて目をそむけた。

 時間が過ぎていて、腹が減っていた。買って来た焼き鳥とイカの唐揚げとポテトサラダを並べてビールを飲んだ。テレビはつけなかった。一口飲んでは一口食べて、味は感じているはずなのに、頭の片隅がずうっとあの事を動かし続けていた。ビール臭い息を大きくついた。それと一緒に懸念が消えてくれないかと思ったが、そんなことはなかった。総菜の濃い味を咀嚼する。施設にあずかってもらえているからこそのこの時間。もっと気楽に遊ぶくらいに流れていてほしい。それなのに。いや、だからこそか。介護をしていたらこんなことに頭を悩ます暇はない。本間青年が走ったレースを思い出していた。田舎とは言え公式の大会である。レース結果は公認として記録される。アスリートランキングにも載る。そうか、あれはいわば舞台なのだと思った。本間青年は部活動と言う舞台役者そのものではないが、今日ああして登場した。彼とて自覚しているのかもしれない。自分がイレギュラーなことをしていることくらい。それでも参加できる舞台に登場し走り満足する、あるいは満足せずとも走りで何かを感じる。では、自分は舞台に上がっているのだろうか。いや、それどころか、自分にとっての舞台とはどういうものだろうか。知らない間にもう自分はそこに上がっているのだろうか。だとしたら、この舞台はあまり望まないものだ、と否定が即答した。それならば、自分が望む舞台とはいかなるものかと答えなければならない。だけれども、それがすぐに描けるのなら、こうして煩悶はしていない。とすれば、現状とはまるで違う世界を描けばいい、ということになる。それは一体。やはり言葉が詰まる。口にした焼き鳥を咀嚼し損ねて飲み込んでむせてしまった。ビールで潤し直す。酔いが回るには早い気がする。現実が歪む。夢の世界は現れない。理想はどこかに埋没している。だからこそ。ビールを飲みほした。瞬きをすると視野がぼやけた。いや、違う視界が明瞭になった。それが舞台であればいいなと思いながら、竹井はビールを取りに立った。

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NO舞台 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

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