第34話 はよう


 ゾルアスタ王はビスタリアに着くとすぐにビスタリア王ロアート、トバリ妃と会談を行い、既にロアーとやマヨイたちによってまとめられていた草案に、有無を言わさず調印させられることになった。


 過去の賠償や、清算に言及せず、未来へ向けて作られたその条約は、ビスタリアと今残された亜人奴隷たちを保護することを最優先にまとめられており、シルヴァリア王国に多大な損害を出すわけでもないことから、ゾルアスタ王も抵抗せずに素直にそれを受け入れた。


 グロスタ王子とネスターは、戦争犯罪人とされ、ビスタリアで人質として過ごすことになった。二人は未だに亜人に人権を与えることに納得せず、反省が見られないことから、ロアート王がそう判断した。しかし、牢屋に入れるというよりは、幽閉に近い処遇のようだった。


 最後に、ビスタリアからシルヴァリア王国へゾルアスタ王を帰すため、ユキは広間でゾルアスタ王の前に立っていた。これからゾルアスタ王は調印した内容を家臣たちに伝え、国民に布告を出すことになる。しかし、その前に話があるようで、サリアがゾルアスタ王の前に進み出た。


 ゾルアスタ王も言いたいことがあったらしく、ゆっくりと口を開いた。


「サリアよ。私は自分がしたことを間違っているとは思わん。だが、唯一間違っていたと思うのは、サリア、お前の成長を侮ったことだ。もっと耳を傾けておれば、違った結末もあったのではないかと、今は思っている」


 ゾルアスタ王は、負けを認める形で条約に調印したとはいえ、亜人に対する政策を撤回するのは不本意なようだった。しかし、王城を放棄でもしない限り、ユキからは逃れられない。いつ何時でも、決めたことを裏切れば、再びこうして命を狙われることになるのは、理解しているようだった。


「お父様。時間をかけて反省すべきことですわ。理解し合えるまで、何度でも話し合いましょう」


 サリアが冷静にそう告げると、ゾルアスタ王は目を閉じて自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと首を横に振った。


 いくら話しても、自分の意思は変わらないとでも言いたげだった。しかしサリアは意にも介していないようで、続けて喋った。


「もう一つ、んでもらわないとならない条件がありますわ、お父様」


「それは何だ?」


 マヨイたちが決めた事は、全て条約に含まれていたはずだ。これ以上何を要求するのだろうと、ユキは疑問に思った。


「ユキとの交際を認めて欲しいの」


 自分の名前が出た瞬間、ユキはびくっと身体を震わせて、サリアの顔を覗き込んだ。しかしサリアはにっこりと、それでいて邪魔をするなという圧を込めて、笑った。


「同性同士で異例でしょうが、無い話ではないはずですわ」


「馬鹿な……」


 ゾルアスタ王としては無い話以外の何物でもなかった。サリアにはせめて他国の王子を迎え、婚姻を結んで子をなしてもらう必要があると当然考えていたからだ。


「わかりませんの? お父様。この世界で今、一番重要なピースは、ユキですわよ。身をもって知ったはずです。私たちは西方諸国からの侵略にも悩まされているはず。ユキと親交があると対外的にアピールすることが、シルヴァリア王国のためになるのですわ」


 とんでもない話だが、それは一理あった。ユキ一人の存在で、こうして実際に戦争が一つ終わったのだ。


 そんな相手と王女が仲睦まじいと知れば、他国はシルヴァリア王国と直接剣を交えることを恐れるだろう。どの国の王も、全軍を無視して王の前に兵士を指せる相手となど、戦いたくはないはずだ。


 ゾルアスタ王も、サリアの言っていることが正しいと、すぐに理解はできた。とはいえ亜人への偏見を容易に捨て去ることもできないのか、苦虫を嚙み潰したような顔で小さくうなずいた。


「勝手にするがいい……」


「やったわ!」


 ゾルアスタ王の返事とは対照的に、心底明るい声で、サリアは喜んだ。


「いや、待ってよ。交際って……え?」


 戸惑うユキを、サリアはこの時だけはまるで見えないかのように無視した。


「お父様、布告の中にその事も書くんですのよ! 絶対ですわ!」


「はよう、王城へ送れ、亜人の娘よ」


 心底疲れたようにゾルアスタ王はユキに言った。その目は変わらず、全てをあきらめた上で、ユキを恨むような目だった。


「いいですわよ、ユキ。送って差し上げて」


「はぁ……では送りますよ……」


 ユキは色々と感情が片付いてはいないが、これ以上ゾルアスタ王の目を見ていられなかったので、ひとまず王城へ送り返すことにした。


 謁見の間をイメージして手をかざすと、程なくしてゾルアスタ王はその場から吸い込まれるように消えていった。


「やったわ、ユキ。これで私たち結ばれましたわね! これからずっと、永遠に一緒にいられますわよ!」


「待った、待って。私、何も相談されてないんだけど!」


 ユキはそう声を上げた。サリアとマヨイの関係性もさることながら、ユキはマヨイから一度、告白されているのだ。


 そしてマヨイに何も答えないまま、この戦争に巻き込まれてしまったのだ。そんな状態で、サリアと交際などできるはずがなかった。


「何を驚いているの? ユキは言ってくださったじゃない。私から離れてどこにも行かないって。独り占めしたいって。それってつまり、そういうことじゃなくって?」


「そ、それは……」


 ユキはその言葉を確かにサリアに言ってしまっていた。こうして改めて繰り返されると、誤解させてもおかしくない言葉だった。


「おい」


 困っているユキの後ろから、マヨイの声が響いた。その声は低く、鋭い物だった。


「亜人は耳がいいのでな。悪いが聞かせてもらったぞ。私がいないところで、ユキを奪おうとは、大した度胸だな」


 マヨイは怖い顔をして、ゆっくりと二人に近づいた。素人のユキにでもわかる、殺気がマヨイから漏れ出していた。


「マヨイ。ユキは私のものですわ。それをわかっていたと思っていたのに。残念ですわ」


 サリアは呆れたようにそう言って、火に油を注いだ。


「何を言っているんだ。本気で怒るぞ!」


「怒ればいいですわ! また戦いますか⁉」


 その二人の様子は、ユキが初めて二人が出会うのを見た場面の様に、一触即発だった。


「いいだろう。剣を持て! ユキを賭けて勝負だ!」


「望むところですわ! 初めからそうすればよかったのよ」


 二人は剣を持ち、城の外へ出た。ユキはそんな二人の様子を見て、ぐったりし始めていた。


(どうしてそうなるの⁉ これで二人の間を割くものは無くなったのに!)


 ユキはやはり自分がサリアとマヨイの間の進展を妨げる存在であることは、ここまで来ても変わらないのかと嘆いた。

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