第33話 早すぎる

 それから数日後のある日、グロスタ王子はシルヴァリア城の私室の中で、ネスターと話し合っていた。


 薄暗い部屋は、小さな窓から差す光のみに照らされて狭く思えるが、実際には王子の部屋ということもあり、サリアの部屋よりもはるかに広かった。


 そんな中で、終始苛立ちを隠さないグロスタは、部屋の奥の椅子に腰かけていた。そして机をはさんで向かいから、ネスターは怯えながらも状況を伝える。


「北方、南方の方面軍は一部を残して深き森周辺へと集結を完了しています……我らが王都の本軍が向かえば、圧倒的な数の暴力でビスタリアを滅ぼせるはずです」


「本当だろうな? 深き森の大木は火の粉程度で燃やせはしないぞ。亜人どもはああいうところでの奇襲戦に慣れている。苦戦は免れんはずだ」


 グロスタはその表情や口調は感情的ではあったものの、戦力の分析に関しては冷静に行っていた。


「犠牲はつきものですが、やるしかありません。もはや王城にいるよりも、戦地のほうが安全です。すぐにここを発ちましょう。亜人の国さえ滅べば、サリア王女もあの魔女の亜人も、心を折られることでしょう」


「やるしかない……か。サリアめ、やってくれる。わかってやっているのかは知らんが、あの魔女をこの城に連れてきた時点で、王の首にナイフを当てたも当然なのだ。末恐ろしい妹だ」


 そんな時、扉のすぐ外で、悲鳴が聞こえた。


「お前たち、何者だ!……ぐぉ!」


「ぎゃぁぁ!」


 部屋の外の声なので微かに、しかしはっきりと悲鳴を聞き、グロスタたちは身構えた。そして程なくして、勢いよく扉が開いて、大勢の亜人の兵士が侵入してきた。


「馬鹿な……早すぎる」


 グロスタはその光景を見て後ずさりながらそう言った。


 亜人の兵士たちは剣を突きつけ、グロスタとネスターが動かないよう威嚇した。その間にも何人もの兵士が部屋へ侵入してくる。二十人弱の兵士がグロスタたちを包囲した後、ゆっくりと三人の女性が部屋に入ってきた。


 サリア、マヨイ、ユキの三人だった。三人は鎧を身に着け、戦う準備を万全にして、この部屋に入ってきたのだった。


「お兄様。ここまでですわ。手を上げて降伏してください」


 机の後ろ側から、じりじりと後ずさるグロスタに、サリアはそう勧告した。


「あまりに早い。その小娘が、ここまで魔法を使いこなしているとはな……習得に時間がかかると言ったのはお前だぞ、ネスター!」


「ひいぃ……」


 ネスターはすでに素直に両手を上げ、兵士の一人に首に剣を突き付けられて、捕えられていた。


「この人数で、私の部屋まで一気に転移してきました。お兄様達が処刑し損ねた、ユキの魔法です。悔しいですか?」


 あの謁見室での出来事を思い出し、怒りに震えながらユキはそう言った。それを聞いて、グロスタは顔をしかめ、憎しみのこもった目でユキを見た。


「お前だ。亜人の魔女。お前さえ、お前さえいなければ!」


 ネスターはそう叫ぶと、手元に隠し持っていた投げナイフを、素早くユキのほうへと投げた。その狙いは驚くほど正確で、ユキには自分の頭めがけて飛んでくるそのナイフが、まるでスロー再生の様に見えていた。


(嘘……私死ぬかも)


 それ以上深い思考すら許さない、ほんの一瞬のことだった。


 それにもかかわらず、サリアは素早くユキの目の前に立ちふさがった。そしてナイフはサリアの目前で、不可視の見えない壁にぶつかったように弾かれ、くるくると回った後地面に刺さった。それはサリアの防御魔法だった。


 さらに、マヨイは素早くユキの身体を抱き絞め、自分の背中をナイフの方に向けるようにしてユキを守った。ユキは二人の動きの速さに驚きすぎて声が出なかった。


「クソ……」


 苦し紛れの一撃を防がれたグロスタは悪態をついた。


「実戦で私に勝てるとお思いですか? お兄様。往生際が悪いですわ」


 サリアは剣をグロスタの方へ向け、そう言い放った。するとグロスタは黙って両手を上げて、近くにいた兵士に拘束された。


「ユキ、お願いします」


「うん。守ってくれてありがとう、サリア」


 そう言うと、それぞれ兵士二人ずつに捕えられたグロスタとネスターは、部屋の中央に並ばされた。


 ユキはそこに手をかざすと、兵士と共にグロスタとネスターを転移させた。その先はよく見知ったビスタリアの、訓練場の中央だ。その周りを何十人もの兵士が取り囲み、その後万全の備えで二人は投獄される手はずになっている。


「ユキ、怪我は無いか?」


「うん。マヨイも守ってくれてありがとう」


 ユキは自分を身代わりにユキを守ろうとしたマヨイに礼を言った。ユキは、マヨイが自分の代わりに怪我をするのは嫌だったが、王城内で自分が死ねば、ここにいる全員が逃げられずに孤立して捕えられてしまうことをよくわかっていた。


 サリアとマヨイはさすが戦場の中で出会うだけのことはあり、どちらも百戦錬磨の強さだった。


「では行くぞ。油断するなよ」


 マヨイがそう言うと、兵士たちは剣を身体の前に構えて、了解した。誰も余計な声を出すことはしない。静かに、素早く、それがこの作戦の要だった。


 マヨイたちは、大人数にもかかわらず、できるだけ迅速に城内を移動した。王城内は特別警備を増強しているわけでもなく、少人数の見張りがいる程度だった。亜人の兵士は素早く物陰から見張りに襲い掛かり、誰にも気づかれないまま敵を倒して、マヨイたちが進む道を確保していった。


 マヨイたちはその兵士たちの動きを信頼し、わき目も降らずに一直線に歩いて進む。そして一つの大きな扉の前で、立ち止まった。ユキはそこを知っている。最初にここにきてもよかったのだが、まずはグロスタたちを捕まえておきたかったのだった。


 兵士たちが扉を強引に開けて中に入ると、王が玉座に座って、家臣に何か指示を出していた。しかしマヨイたちの事を目にすると、家臣は逃げまどい、開いた扉から出て行った。


「何ということだ……サリア……考えられん……」


 ゾルアスタ王は口をあんぐりと開け、突入してきた兵士たちに取り囲まれて抵抗もせず、じっとサリアとマヨイ、そしてユキの方を見ていた。


「ごめんなさい、お父様。これにてお仕舞いですわ」


 サリアが宣言した時、丁度亜人の兵士たちが扉を閉めた音が、部屋に響いた。


「聞こうじゃないか、要求を」


 意外にも王は、諦めきったように、小さくそう口を開いた。状況を見て、ユキが兵士たちを連れてきたことを察したのだろう。その表情に浮かんでいたのは、微かな諦観と、悲哀だった。


 マヨイが一歩前に出て、王へと要求を述べた。


「亜人との戦争を即刻停止すること。また、ビスタリアを正式に国と認め、国内の亜人を全てビスタリアに送還することだ」


 マヨイはビスタリア王国の王女として、亜人の悲願をついにシルヴァリア王ゾルアスタの目の前で、言ってのけた。


「条約を調印するために、一時的にビスタリア王国に出向いてもらう。グロスタ王子とネスター氏は、既にあちらでお待ちだ」


「人質というわけか。抜け目ないな……いいだろう。すぐに準備する」


 ゾルアスタ王は玉座からゆっくりと立ち上がった。しかし、サリアが首を振って、それを否定した。


「準備は必要ありませんわ。既に会談の準備は済んでおります」


 そう言うと、サリアはユキにアイコンタクトを送った。


「全く……全てが規格外だ。力が抜けるよ」


 ゾルアスタ王は大きくため息を吐いて、恨めし気にユキの方を見た。王を取り囲むように、亜人の兵士たちは集まり、ユキは自分とサリア、マヨイを含む、その全員をビスタリア王国へ、一挙に転移させた。


 その日、大群に攻められてもいない大きな城はたった一瞬で王と王子を失い、空虚な権威を民に振り撒いていたのだった。

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