第32話 絶対した
ユキとサリアが、王城で最大のピンチから逃れ、ビスタリアに無事転移してきてから、しばらくが経った、そんな時。
マヨイはサリアに呼び出され、人気のない森の中に来ていた。
サリアとユキがビスタリアに来てからというもの、三人はいつでもべったりと一緒にいたので、二人きりで話すということは珍しくもあった。サリアは自分の方へ歩いてくるマヨイを見つけると手を振り、近づいた。
「ごめんなさい、こんなところにお呼びだてして」
「いや、構わない。何か問題か?」
「いえ、その……一度しっかりと、謝らなければいけないと思いまして……」
「謝る? 私は何かされただろうか……」
マヨイは少し考えを巡らせたが、サリアから謝られるようなことはやはりされていないと思った。
「その、私が、接吻を、マヨイに……軽い気持ちでしてしまったことを、謝らないと、と」
サリアは目を反らし、頬を赤らめながらも、はっきりとした声でそう言った。
「接吻……」
マヨイはユキとサリアが無事帰ってきたことで、すっかりそんな考えは抜け落ちていた。いや、抜け落ちていたというと嘘になった。
マヨイは毎日一人の時には、ふと、サリアはあの日、マヨイがビスタリアに戻った後、ユキとキスをしてしまったのかもしれないと考えては、今はそれどころではないと頭を振ってその煩悩を追い出していた。
「いや、私こそ。サリアが三人の中で疎外感を持っていたことなど、気づいていなかったから。すまない」
「いいんですのよ。もう、そんな気持ちにも少しは整理がついたつもりです」
サリアは照れながらそう笑った。
「で、その、したのか?」
「へっ?」
「あの後、ユキと、キスしたのか?」
サリアは答えずに、黙って頬を染めて俯いてしまった。その瞬間、マヨイは上を向いて大きく息を吸った。
(絶対した。こいつらキスしたんだ……)
マヨイはそうして気道を確保しながら深呼吸し、何とか心を落ち着けようとした。
ユキとサリアがしたキスを想像して、心がぐちゃぐちゃになる。
まず、愛するユキが他人とキスしたこと。そして、その相手が、気に入っているサリアであること。もっと言えば、それは本来、自分がされるはずだったキスだったということ。
ユキを奪われて心が苦しいのか、サリアのキスをユキに奪われて苦しいのか、マヨイには最早わからなかった。
「マヨイ?……おーい、マヨイ? どうしたんですの?」
心がどこかへ吹き飛んでいったマヨイの様子を見て、サリアが声をかけるが、返事はない。
「キスって……キスってどんな感じなんだ……」
現実逃避するように、マヨイは上を見上げたままそう言った。
サリアもさすがにマヨイが心を破壊されて、呆然自失としていることに、罪悪感を抱いた。
自分が逆の立場で、マヨイとユキがキスをしたのを知らされたら、きっと同じことになるだろう。そう考え、ユキは焦って何かマヨイを勇気づけようとした。
(こんな時、何て言ったらいいのでしょう? とにかく、何とかして、励まさないと!)
「マヨイ……じゃあ、試してみます?」
気づけば、サリアはそう発言していた。世間知らずのサリアは接吻は仲がいい同性同士なら普通にすることと思っていたので、自分が妙にどきどきとしてしまうだけで、普通のことだと勘違いしていた。
「本気で言っているのか?」
マヨイはそう聞き返した。マヨイも、あの日からサリアにキスされる直前の情景を思い出しては、悶える日々を過ごしていたのだから、その先を知りたいと思ってしまうのも当然だった。
「ええ。接吻くらい、大した事ありませんわ。それでは、その、目を瞑ってくさださい。恥ずかしでしょう⁉」
「えぇっ? そ、そうか。じゃあ……」
木漏れ日が降り注ぐ中、マヨイはゆっくりと目を閉じた。
そんな二人の後方、そして遥か高い大木の枝の上に、怪しい人影が迫っていた。
「あの二人、急にどちらもどこかへ行っちゃうから探してみれば、一体何を話しているんだろう? でもでも、二人で話したいって、そういうことよね……絶対そうよね!」
のけ者にされたというのに喜んでいるその不審人物は、ユキだった。ほとんどその魔法を使いこなし始めたユキは、二人を見つけると転移魔法を使って、目立たない高いところからその様子を盗み見ているのだった。
「まったく、魔法を覚えたと思ったら盗み見とは。感心しないねぇ」
急にうんざりしたようなだみ声がすぐ近くから聞こえて、ユキは跳び上がった。
「うわわわわ!」
ユキは枝から落ちそうになり、必死に枝につかまって、何とかよじ登った。その隣には、同じく別の枝に乗って足を組んでいる、ユキの魔法の師匠、ネザーラの姿があった。
「師匠、ちょっと脅かさないでくださいよ! 死んじゃうかと思いましたよ!」
「落とすわけないだろ? この森の植物はみんな私の頼みを聞いてくれるんだから」
ネザーラがそう言うと、ユキが捕まっていた枝から分かれた枝木が、ユキを支えるようにして、元居た場所へと戻れるように手助けをした。
「ふぅ、助かりました。一体何しに来たんですか? 師匠」
「何しに来たとはお言葉だね。弟子が誤った魔法の使い方をしているから、それを正しに来たんだよ。生憎、これでも他の亜人より耳がいいもんでね」
ネザーラはピンと上に伸びた自慢のウサギ耳を、ぴょこぴょこと動かして見せた。
「師匠の近くでは悪いことできないですね……」
「そうだよ、よく覚えときな。それはそうと、魔法の方は順調そうだね」
「はい。自分一人の転移なら、もうほとんど自由です」
ユキは、行ったことがある先で行先のイメージさえできれば、たった今やって見せたように、もう遠くにでも転移をできるようになっていた。
「まだ足りないよ。外の様子は聞いているのかい?」
「ええ……シルヴァリア王国は、また戦争をするつもりみたいですね」
ユキが戻って来てからバーシルに挨拶をしに行ったとき、大体の状況は聞いていた。
「ああ。各方面軍が、徐々に浅き森周辺に集まり始めている。数日のうちに集まり終えたら、今度は王都から大群が進軍してきて、戦争の始まりだ」
「戦争……」
ユキはなんとかサリアとここまで無事に逃れてきたが、それで亜人の問題が解決したわけではなかった。むしろ王と王子たちはよりその憎しみを強めて、ビスタリアを襲おうとしていた。
「だからその前に、魔法を何とかしてマスターしてもらうよ。アンタがこの戦争のカギだ。ユキ」
「へ? どうして私が?」
首をかしげてユキはそう聞き返した。
「まだわかってないのかい……」
ネザーラはぐったりしたようにそう言って、話を続けた。
「こんなにも急に王国軍がビスタリアを攻め落とそうとしているのは、アンタの魔法を見たからに決まっているだろう? 西方諸国に睨みを利かすために、深き森への侵攻をあきらめて一度王都に戻した軍隊だよ。それをこの短期間で戻してくるなんて、常軌を逸していると思わないかい?」
「え、えぇ……私の魔法ってそんなに怖いものなの?」
ユキ自身、そんな感覚は全くなかった。ただ今となってはかなり移動が便利になり、何でもできるような気がしていたのは確かだった。
「当り前さね。本来何十年も習得にかかると思っていたから、それほど戦争に影響を与えるものとは思ってなかったけどね。こうも簡単に扱い始めたとなれば、アンタはほとんど兵器だよ」
「私が兵器⁉」
強大な力を持つという意味で言われたのかもしれないが、ユキとしてはもっと優雅だったり可愛かったりする言葉で表現してほしいと思わずにはいられなかった。
「となりゃ、私はできるだけ早くその使い方を仕込むだけだね。ほら行くよ。ぐずぐずしてる時間は無いんだ」
ネザーラがそう言うと、木の枝に這っていたツタがユキの胴を掴んで、無理やりネザーラと一緒に移動し始めた。
「待った待った待った! 私は二人の行く末を見なきゃいけないの! ほら見て! なんか近い! 距離が近い! 嫌だぁー!」
問答無用で連れ去られたユキは、二人が遠い森の地面の上で熱いキスを交わしたことを、知らないままなのだった。
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