第30話 見せてあげます


 次に、ユキがサリアの部屋に招かれたとき、今回はマヨイを呼ぶことにした。


 マヨイも、あれ以来しばらく入れ替わることがなくなっており、不安に思っているかもしれない。

 そうしてユキが転移を行うと、ユキはマヨイの自室に転移した。そしてしばらく、マヨイとサリアが二人きりで何を話しているか考えて、悶えた。


「前回は、途中になってしまったな。続きをするか?」

 マヨイの真似をして、ユキは言った。


「もちろんですわ、マヨイ。わたくし、したくてしたくてたまらなかったんですわよ」

 少しかわいこぶるようにして、ユキはサリアの真似をする。


「私もだ、サリア。寂しかったぞ」

「私の方が会いたかったんですから」

「いや私のほうが」

「私のほうが!」

「とか言ってたりして!」


 一人芝居を勝手にしては、ユキは悶えてたまらないといったように、足をじたばたとさせた。




 その頃、マヨイとサリアは、お互い気まずい気持ちで、それでも今後のことを話し合おうとしていた。


 しかし、そんな空気は一瞬にして消え去ることになる。


 突然部屋の扉が開き、ネスターと兵士が数人、サリアの部屋に押し入ってきたのだった。


「何事です!」


 サリアは立ち上がり、そう叫ぶ。マヨイも立ち上がって構えたが、惜しいことに武器は持っていない。


「やはり亜人の王女か! 兵士に立ち聞きをさせ、聞きなれない声を聞いたというから、押し入ってみれば……これはどういうことか、王女よ! 説明してみせろ!」


 ネスターは勝ち誇ったように、そう言った。


 サリアたちの部屋の前で盗聴させて、マヨイの声が聞こえたことで、確信を持って押し入ってきたらしい。やり方は王族に対する反抗であり、誤ればネスター自信をピンチに陥らせるような諸刃の剣だったが、実際に兵士とともにマヨイの姿を見た今、危険なのはサリアの立場の方だった。


「無礼者が! 一介の貴族が、お兄様に気に入られるからと、王族の私室にまで立ち入るなど許されると思っているのですか!」


 サリアは自分が不利な立場にいるとわかっていながらも、ネスターを威嚇した。


「馬鹿めが。現場を押さえられているというのがわからんのか。貴様はすでに王女などではない。国家反逆罪を犯した大罪人だ! 奴らを捕らえろ!」


 ネスターはサリアの言葉に耳も貸さず、兵士たちに指示を出すと、サリアとマヨイを捕えさせた。マヨイは丸腰にもかかわらず、両手を構えて兵士を威嚇した。


 しかし、丁度その時、マヨイは空間に吸い込まれるように消え去った。そしてそれと同時に、ユキが戻ってくる。ユキが何も知らないままに、城に戻ろうと転移魔法を使ったのだった。


「な、何だ!」


 マヨイの姿が突然ユキに変わったのを見て、周りの兵士たちが驚く。


「え⁉ なにこれ!」


 しかし、ユキも何も知らずに戻ってきたので、兵士たちに囲まれた物々しい雰囲気に、ただ事ではないと驚いていた。


「うろたえるな! それこそがその魔女の企みだ。いいからひっ捕らえろ!」


 ネスターに指示されて、ユキとサリアは兵士に囚われて、部屋から連れ出される。ネスターは兵士の一人に指示を出し、先に王へ報告に行かせると、そのままユキとサリアを連れて、謁見室へ向かった。


 サリアとユキが兵士に連れられて謁見室に入ると、既に玉座に王……シルヴァリア・ゾルアスタが座っていた。初めて見た そして、遅れてグロスタが部屋に入室してきた。


「一体何事だ? よいから、サリアの傍から離れい」


 ゾルアスタ王はサリアとユキを取り囲む周りの兵士たちに、二人から離れるように指示した。サリアとユキは玉座の正面に取り残され、兵士たちはネスターとグロスタの近くへと下がっていった。


「王よ。私はサリア王女が謀反を企てていると気づき、しばらく様子を探っておりました。もちろん王族を疑いたくなどなかったのですが、王の身の安全のために、仕方が無かったのです」


「そ、そうであったか。しかし……サリアがそのようなことをするはずがないであろう」


 王はネスターに強くは言えないようだったが、それでもサリアのことを信じているようだった。


「いえ、父上。私もサリアの事を疑い、ネスターに探らせていたのです。妹とはいえ、許してはならないこともあります」


 反論する王を諫めるように、グロスタが逃げ道を塞いだ。グロスタが頷くと、ネスターは話をつづけた。


「この亜人は魔女です。魔法を使い敵国の王女を呼び寄せ、何と大胆にもこの城の中で、サリア王女と二人ではかりごとの相談をしておったのです!」


「な、なんだと。それは誠か?」


「私とこの兵士たちが、はっきりと亜人の王女を目にしました。そしてその後、入れ替わるようにこの娘が戻ってきたのです」


 ネスターは今しがた目にした事実を、王に訴えた。もちろんその内容は、紛れもない真実だった。


「にわかには信じがたい。亜人はさておき、サリアがそのようなことをするはずがない。そうであろう? サリア。その亜人の娘にそそのかされたのだろう。いや、魔法か! 魔法を使って操られているのだな⁉」


 王は、疑いが事実と濃厚だとわかると、亜人のユキに罪をかぶせ、何とかサリアだけは庇おうとした。サリアが亜人に罪を着せれば、サリア自身を重く裁くことは無く、内密に事を済ませることができると考えていた。


 グロスタとネスターは何も言わなかった。グロスタも、サリアが邪魔なのは間違いないが、命まで取る必要はないと考えていた。


(この件で亜人に罪を着せたところで、サリアは愚かな王女だと権威は失墜するだろう。戦場で立てた武勲も帳消しだ。私の権威はより盤石になるだろう)


 グロスタはサリアと違い、前線に出て戦うようなことはしなかった。


 それゆえに、直接の武勲を立てるサリアと、それによる兵士たちや国民たちの人気の高さが煩わしかったのだった。王位を継承するのはグロスタで間違いないだろうが、王女派の人間の声が大きくなれば、どうなるかはわからない。余計な心配は取り除いておくに越したことは無かった。


「言うのだ、サリア。その娘にたぶらかされたんだな? そうなんだろう? その亜人をすぐに処刑しよう。そうすれば解決だな?」


 王はサリアに、答えを誘導するように、何度もそう聞いた。


 しかし、サリアは怒りに震えていた。結局は王も、亜人を虐げて、人類が得をしていればいいという考えの人種だったのだ。心配そうにサリアのほうを見るユキを一瞥すると、サリアは王に正面切って訴えた。


「お父様。私がこの国を変えようと考えていたのは、紛れもない事実ですわ。ユキを処刑してたって、無駄なことです。むしろ、私がユキをたぶらかしたんですわ」


「な、何を言うておる。サリア、すぐに撤回しなさい」


「いいえ、撤回しません。私こそが重罪人……国家にあだなすものですわ! そのうえで、お聞きなさい、お父様。あなたは間違っています!」


「馬鹿な! サリアお前、血迷ったか!」


 グロスタも、ユキを処刑して手打ちだと思っていた。しかし、これ以上サリアが主張を続ければ、誤魔化しは効かなくなる。サリア自身を重罪人として裁かなくてはならなくなってしまう。


 それはグロスタとしても、望んだことではなかった。サリアは王女であり、貴重な戦力の姫騎士でもあるのだ。これからの亜人との戦争に、必要な人材だった。


「亜人は虐げられています。今も国の中で、戦場で、生き物とも思われずに死んでいっています。どうして、人が死ねば悲しめるのに、亜人が死ぬことは何とも思わずにいられましょうか。お父様。戦争をやめるべきです。そして、国内の亜人奴隷を、みな解放してください!」


 サリアは声を高らかにそう訴えた。


 サリアが喋っている間、その気迫に押されて誰も口をはさむことはできなかった。ユキは間近でそれを聞き、保身に走らず亜人の味方をするサリアの姿を見て、心が震えた。


 王は、サリアにそうして正面から説得されたことがなかったようだった。驚き、慌てながら、困ったようにグロスタのほうを見た。


「馬鹿を言うな、サリア!」


 グロスタは、既にサリアをかばうことを諦めていた。むしろ、サリア可愛さにゾルアスタ王がサリアに丸め込まれるのを防がないと、とんでもないことになると危機感を抱いていた。


「亜人の鎮圧は、じき終わる! 勝利は目前なのだぞ。勝てる戦をその寸前で辞める阿呆が、どこにいる! それに国内の亜人奴隷を解放などしてみろ。治安は悪化し、今度は人類の反乱が起こるぞ。お前はシルヴァリア王国を終わらせるつもりか!」


「やりようはあるはずですわ。お父様。惑わされないで!」


 あくまでユキはゾルアスタ王のほうを見て、説得を続けた。


「しかし、サリア。亜人が人間に劣っているのは明らかだ。それは何代も続いたこの王国の常識だというのに、おいそれと変えることなどできまい」


「お父様……」


 兄よりは少しマシだと思っていたが、父親もやはり同じだと知り、サリアは深く落胆した。やはり孤独な闘いだったのだと、サリアは思った。


 王がはっきりとそう言ったのを聞いて、勝ちを確信したグロスタは、攻撃の手を緩めた。そしてネスターのほうをちらっと見て、発言させた。


「王よ、恐れながら……サリア王女は亜人の娘に、何らかの魔術で魅惑されているのでしょう。裁く必要はありません。亜人を処刑すれば、自ずと術は解けるでしょう」


 ネスターが娘を無罪にしておきたい王に解決の糸口を与えると、ゾルアスタ王は飛びついた。


「おお! そうか、そうだろうとは思っておったのだ。 サリアはまるで別人のようだ。同性で妙に仲睦まじくしているのもおかしいと思っておったのだ」


 ゾルアスタ王のその言葉を聞いて、サリアはゆらり、と膝をついて、次に手をつき、地面を見つめた。


「話になりませんわね……」


 サリアはユキにしか聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。


「サリア……」


 ユキは隣から声をかけた。


「もういいよ、サリア。ありがとう。貴女にはマヨイがいる。マヨイとなら、変えていけるはず」


 ユキも怖くないわけではなかった。でも、もうどうしようもない。ここまで追い詰められたら、終わりだ。


 二人一緒に地獄に落ちるよりも、サリアが助かる可能性があるなら、サリアだけでも生き延びたほうがいいと、ユキは思った。


「私、二人と出会えて楽しかった。ここまで生きてきて、よかったって思えた。だから……もういいんだ。サリアだけでも、助かって」


 サリアは顔を上げずに、ユキの声を聴いていた。どうやら震えているらしいことだけは、ユキにもわかった。そしてしばらくすると、立ち上がり、ユキのほうをじっと見つめた。その目に涙は一粒も浮かんでいなかった。


「もういい。ユキ。私を連れ出して」


「え……? でも……」


 ユキの魔法は少しずつ上達していたが、サリアと共にこの場を逃れるができるとは到底思えなかった。当然、マヨイをこの場に連れてきて入れ替わるなんて、絶対にするつもりはなかった。


「貴女、言いましたわよね。魔法を使うには、感情の昂ぶりが必要だって。私、以前、嘘を吐きましたわ。私の魔法が著しく強くなったのは、間違いなくあの日からですの」


「え……?」


 唖然とするユキを無視して、サリアは王の方を振り返った。


「お父様。女同士の色恋は、亜人との恋は、魔術でもなければあり得ないとお思いですか?」


「それは……そうだろう。大体世継ぎが生まれんではないか……」


 自分を睨みつけるサリアの、その意思のこもった瞳に気圧されながらも、小さな声で王はそう答えた。


「では、見せてあげます。真実の愛を」


 そう静かに言い放つと、サリアは、見切りをつけるように再び王に背を向け、ユキのほうを振り向いた。


 そして、サリアは素早くユキを抱き寄せた。


 咄嗟のことに反応もできないユキに、サリアは迷わず唇を重ねた。

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