第28話 この、昂りなら
ユキは、自室に一人きりで、悶々としていた。
正確に言えば、一人ではなく、ユキのベッドでは世話係であるはずのローラがぐっすりと昼寝をしていた。
ユキはそんなローラのことなど気にしている余裕もなく、椅子に座って、物思いにふけっていた。
(キス……キスした。キスしたんだよね?)
それを思い出すだけでユキは胸の鼓動が速くなって、平常心ではいられなかった。ユキは自分がサリアにキスされたことだけでも動揺していたが、サリアがマヨイとキスしようとしていたという事実も気になって仕方が無かった。
確かに、マヨイとサリアはユキの魔法によって、何度も直接会って話していた。そしてサリアが嬉しそうにマヨイの話をするのを、ユキはほっこりしながら聞いていた。二人は作戦会議を続けながらも、徐々に仲を深めている。ユキはそう思っていた。
しかしユキが想像していたよりも、サリアとマヨイはずっと先にまで進んでいたらしい。たまたまあのタイミングでユキが戻ったから、キスをしていたと判明したものの、実は今までも何回もそういうことをしていたかもしれない。
もっと言えば、ユキがあそこで元に戻って中断しなければ、それ以上のこともしていた可能性だってある。
「くぁ~っ!」
ユキは変な声を出しながら、一人で悶えた。
胸が締め付けられる感情。ユキはそれを求めていたはずなのに、ずっとサリアとマヨイの二人に今の様に親密になって欲しいと思っていたはずなのに、今ユキが感じているのはそれとは違うもどかしいような感覚だった。
なぜなら、今のユキには二人がどうなっているか、全く見えないからだ。
ユキがマヨイと入れ替わっているときにだけ、サリアはマヨイと会うことができる。それは逆に言えば、サリアとマヨイの二人が会っている時には、絶対にユキはその場にいられないということでもあった。二人が何を話しているのか、どんな表情をしているのか、ユキには全くわからないのだ。
「そんなの、生殺しすぎる!」
ユキは一人、絶望していた。
それを解決する手立ては、無いわけではない。ユキがもっと魔法をうまく使えさえすれば、ユキがここにいる状態でマヨイだけを連れてきたり、逆にサリアを連れてマヨイのもとに一緒に行くことさえできるはずだ。
ユキが望みを叶えるためには、魔法を使いこなすことが急務だった。
「よし……私ならできる! 絶対できる!」
ユキは勢いよく立ち上がり、胸に手を当て、マヨイを転移させることなく、自分を移動させるように魔法を使う。ユキはまず部屋の中で、少しでもいいから自分を転移させようと試みていた。しかし頭に浮かぶのは、サリアとキスをしたことばかりだった。気づけばぼーっとして、魔法を使うどころではなかった。
こんなことでは駄目だと、ユキは壁にもたれかかって考えた。
しかしふと、ユキは一つのことを思いついた。感情が高ぶっているときほど、魔法は発動しやすいと、師匠のネザーラは言った。それは、必ずしも自分や、大切に思う相手の命の危険とは限らない。なぜなら、ユキは一度、マヨイの手にした本を取り上げようと、焦りに焦った結果、魔法を使えていたからだ。
今までユキには、感情が高ぶるということがよくわからなかったし、それを意図的に起こすなんてできるわけがないと思っていた。今までの人生のどんな記憶でも、思い出すだけで鼓動が早くなり、それが持続するようなものはなかった。
ユキにとって忘れられない、サリアとマヨイの関係のことを考えている時でさえ、魔法を使えるほどかと言えば、そこまで切羽詰まったような感情を想起させる事はできなかった。
しかし、今は違う。
サリアとのキスという経験は、思い出そうと思えば、再びその時に戻ったかのように鮮明に思い出せた。
それと同時にマヨイとサリアの二人が見つめ合ってキスしようとしている情景も思い浮かび、その時にも増して胸が締め付けられる心地がした。それはユキが手に入れた、全く新しい感情、記憶、経験だった。
「この、昂りなら……もしかして」
ユキはそう思い、胸に手を当てて、その情景を思い浮かべる。
サリアの細く、眩しく輝く金髪が、上から降り注ぐように頬に当たる感触。その唇の滑らかさ。少し震えて、頭と首をそっと支えるサリアの手。全てを鮮明に思い出しながら、自分が転移することをイメージする。
瞬間、ぐらりと、ユキは身体の支えを失って、後ろに倒れ、尻もちをついた。
「いたっ……」
そこは廊下だった。ユキがいた、城の自室の目の前の廊下だ。
ユキは自分がもたれていた壁のその裏側に、少しだけ転移できたらしい。その瞬間、もたれていた壁の支えを失って、転んでしまったらしい。
ユキの部屋の前に立っていた衛兵の一人がユキを見つけ、もう一人の衛兵に声をかける。
「お、おい。アレ……」
衛兵は指をさして、ユキのことを知らせる。当然ながら、扉を開けてもいないのに外に出てきているユキを見て、何が起きたのかわかっていないようだった。
「あ! ご、ごめんなさい! 何でもないんです!」
ユキは誤魔化せるはずもないが、勢いよく衛兵のほうへと近づいた。戸惑っている衛兵を尻目に、ユキは自らドアを開けると、中に入った。
「本当、何でもないんです! お勤め、ありがとうございます! お疲れ様です!」
ユキは一方的にそう言うと、自分で部屋に入って扉を閉めた。衛兵たちはキツネにつままれたような顔をしていたが、扉を開けて入ってくることはしなかった。
「やったぁー! 成功した!」
ユキは喜んで飛び回り、そして素知らぬ顔で寝ているローラのいるベッドに飛び込んだ。
「ぎゃっ! 何事っすか⁉」
「やった、やった! 私やったよ、ローラ!」
「んぇ? よかったっすね。なんか知らないけど!」
ユキは何のことだかわかってないローラを放って、しばらくひとりではしゃぎ、喜んだのだった。
それからユキは、部屋から出てしまわないように、先ほどと同じようにサリアとのキスを思い出しながら何度も魔法を使った。
自分から感情を昂らせる方法を知ったユキは、なんと、ことごとく魔法を成功させることができた。
部屋の端から端までは遠くて移動できない程度ではあったが、ユキにとっては確かな前進だった。
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