第27話 絶対後で怒られるやつ
それから、ユキは何度か、マヨイと位置を入れ替え、サリアとマヨイの極秘会談を成功させていた。
サリアは、王の陰で亜人の弾圧を推し進めているのは兄のグロスタだと言い、グロスタさえ無力化できれば、状況は大きく変わるとマヨイに伝えた。
マヨイは当然そんなことをは知らなかったので、その話をビスタリアに持ち帰り、ロアート王達とも相談したようだった。亜人には隠密行動が得意な者もいるので、上手くすれば、次回の戦いの際、虚を突いて奇襲し、グロスタを捕まえることができるのではないかと二人は考えた。
そのために、ユキのこの魔法は不可欠だった。魔法を使えば遠く離れていようとユキとマヨイは入れ替わることができ、グロスタが今どこにいるかという重要な情報を、サリアは簡単にビスタリア側に流すことができるからだった。
そうして幾度もお互い計画を考え、細かい部分を詰めているという話と一緒に、ユキはマヨイとサリアの仲も深まっているということを言葉の端々から感じていた。
そんなある日、ユキはいつものようにサリアの部屋で魔法を使い、マヨイと位置を入れ替えた。
ぼしゃん! という音ともに、ユキは暖かいお湯に放り込まれ、一瞬溺れそうになって必死に暴れた。
そしてお湯にそのドレスを漂わせながら、自分が今浴室に、それもお湯の中にいることに気づいた。
「あー……これは絶対後で怒られるやつね」
マヨイは、その綺麗な肌を空気にさらしたまま、サリアの部屋に現れた。
身体はお湯に濡れており、黒く長い髪も肌に張り付いている。
「ん……ああ、サリアの部屋か」
湯で暖まりぽかぽかになった身体を隠すこともなく、こともなげにマヨイは言った。
「な、ななななな、なぁっ⁉」
サリアは素っ裸のマヨイの姿を見て、顔を真っ赤にして、ベッドに飛び込み、顔をうずめた。
「何しているんですの⁉ なんで裸なんですの?」
「いや、風呂に入っていたんだが」
マヨイは間違いなく被害者だった。しかし何故かサリアに責められていた。
「隠しなさい! 恥じらいなさい! もう、あっち行って!」
サリアは枕をマヨイに放り投げ、それからシーツを放り投げた。
「むう……納得いかん……」
そう言いながらもシーツを身体に巻いて、マヨイは身体を隠した。そうしていつものように椅子に座ると、会話を始めた。
「それで、浅き森の状況だがな。おい、聞いているのか?」
「聞いてません! 聞けません! 今日は話せません~!」
サリアは泣きそうな声で再びベッドに顔をうずめながらそう叫んだ。
「全く、大げさなやつだな。仕方がない」
マヨイはそう言うと、シーツを巻いたまま、ベッドに寝転がった。
「お前が来ないから、私がこちらに来たぞ。それで、浅き森の……」
「おかしいでしょう、貴女! なんで私が逃げているのにこっちに来るのよ!」
サリアはヒステリックにそう言った。
「サリア、時間は限られているんだぞ。遊んでいる時間はないんだ。ユキが危険に身をさらして作ってくれた時間を、私は無駄にする気はない。お前はどうだ?」
マヨイが冷静にそう言うと、サリアはおそるおそる顔を上げた。シーツで身体を隠してはいたが、そのスタイルのいい身体のラインははっきりわかってしまうままだった。
「うう、わかりましたわ。これはあくまで、ユキのためなんですから」
そう言ってちらちらとマヨイの方を見ながら、サリアは話し始めた。それを見て、マヨイはふっと少し呆れたように笑った。しかしその表情がサリアにとってはツボだったようで、すぐに再びシーツに顔を押し付けてしまった。
「やっぱり無理ですわ!」
「お、おい。今のは話をする流れだっただろう」
「そもそも、どうして平気なんですの? マヨイは、私のこと何とも思っていないんでしょう?」
「いや、そんなことはない。お前だって、大事な友だぞ」
「ユキと……同じくらい?」
サリアの中では、ユキは守りたい相手であり、ずっと一緒に居たい相手だった。サリアから見たマヨイも、守りたいというのとは少し違うとはいえ、ユキと同じくらい、一緒にいて心地よく、もっと深く知りたいと思う相手になって来ていた。
そんな中で、マヨイはあくまで冷静で、感情を表に出さない。
サリアと同じくらいマヨイもサリアのことを想ってくれているのか、サリアは時折不安になっていた。その反面ユキに対しては、分かりやすく大事にしている感情を表に出すので、サリアはマヨイにユキよりは大事にされていなのだろうと、少し妬いてしまうこともあった。
「いや、それは……」
「やっぱり。マヨイにとっては、ユキが一番なんですのね」
「ああ。私は、ユキのことが好きだ」
その言葉を聞いて、今までの恥じらいを捨て、サリアはじっとマヨイの方を見た。その変化に、マヨイも少し驚き、恥ずかしくなってきた。
「私、いやですわ。ユキとマヨイが二人で、私を置いて行ってしまうなんて、嫌!」
サリアは悲痛な声で、そう言った。マヨイはそれを聞いて、胸がちくちくと痛んだ。
「だ、だから。私ずっと考えていたんですの。それならいっそ、ユキと同じくらい、私のことを好きになってもらえばいいんだって。今ユキの方が好きなら、私のことをもう少しだけ、見てもらえばいいんだって……」
「そうはいってもだな……」
マヨイが自分の気持ちを、コントロールできるわけではない。均等に愛するなんて、絵空事なのだ。マヨイにはどうしてもユキが一番で、サリアは大事な友達だった。
しかし、サリアは覚悟を決めたように、立ち上がり、ベッドに膝立ちになる。そして、マヨイの方を押して、その上にのしかかった。
「さ、サリア?」
マヨイは戸惑う。しかし、力づくで押しのけることはしなかった。サリアは緊張した顔を赤く染めて、マヨイの方を押さえたまま、息がかかるほど、顔を近づける。
「よせ、サリア」
マヨイはそう言いながらも、サリアの顔から眼が話せなかった。金色の美しい髪が、ベッドの天蓋からかかるカーテンのように、マヨイの顔を覆った。
「本当に嫌だったら、私を突き飛ばして。でもそうじゃないなら、少しだけ、私のこと、好きになって欲しいの」
サリアは、唇を、マヨイの顔に近づける。マヨイは自分の鼓動の音に脳内を埋め尽くされ、何も考えられない。思わず、マヨイは目を閉じてしまう。
サリアの瑞々しい唇が、もう一方の、柔らかい唇に、触れた。
「ん⁉」
その唇の奥から聞こえた声が、マヨイのものではなかったことに驚き、サリアは素早く身体を起こした。
目の前には、口に手を当て、驚きながらも顔を赤らめたユキが、サリアの方を見ていた。
「あ、あぁ! ユキ! 違うんです。これは違うんです! 私、こんなつもりでは! 違うんです! ユキとキスしたくなかったわけじゃなくて! キスなんてしようとしてなんか!」
サリアは口を押えながら、必死で弁解していた。それも無理はない。
サリアがマヨイにキスしようとした瞬間に、ちょうどユキが魔法を使い、マヨイと入れ替わったのだ。
そのせいで、意図せずしてサリアはユキにキスしてしまったばかりか、マヨイにキスしようとしていたことまで同時にバレてしまったのだ。
「え、き、キス?」
一方ユキの脳内も色々な思考で爆発していた。
(サリアとキスしてしまった! 柔らかかった。ふにゃっとして、気持ちよくて、吐息がかかって、いい匂いがした。でも待った。マヨイに? 今、マヨイにキスしようとしていたってこと? もうそんな距離まで親密になっていたの⁉ というか、私また最悪のタイミングで邪魔してしまった……!)
「あ、あぁぁーっ!」
ユキはびしょ濡れのシーツとドレスに身体を包まれながら、頭を抱えたのだった。
そして、ビスタリア城の風呂の中、マヨイは呆然とした表情で、自分の胸に手を当てていた。
(何だ? この気持ちは。サリアはあんなにも健気に、私とユキのことを思って嫉妬していたなんて。それに、あんなに積極的なことまでするなんて。もし私があの場に残っていたら、どうなっていたんだ⁉)
「いや、違う……」
マヨイは呟いた。自分がキスの直前にこちらに戻って来たということは、つまり、ユキがサリアにキスされたということだ。
「あ、あぁ……」
マヨイはお湯に顔まで浸かって沈むと、お湯の中でその何とも言えない感情に身を任せて、大声で叫んだ。
その声は誰にも届かず、ただ泡になって水面に浮かび、消えていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます