第26話 ちょっと怖いわ

 

 一方その頃、サリアの目の前に現れたマヨイは、当然のごとく呆然としていた。


「はっ? えっ? 何だ?」


 マヨイは辺りを見回して、腰に手をやるが、そこに曲刀は無い。目の前に立っている人物がサリアだということに気づき、じっとサリアを見た。


「ごめんなさい。急にこんなことをして。ユキが魔法を使ったと言えばわかると言っていました」


「ユキ……! 無事だったか!」


 マヨイはまずそれを喜んだ。


 ユキと入れ替わってからというもの、部下に行方を追わせてはいたものの、捜索は難航していたからだ。いまこうして自分と場所が入れ替わっているということは、ユキが無事で魔法を使ったということだった。


「ユキから伝言です。『勝手なことをしてごめんなさい。でもどうしても助けたかったの。次に会う時、怒らないでね』だそうです」


 少し苦笑しながら、サリアはユキの言葉をマヨイに伝えた。


 問答無用でマヨイを救っておいて、無事会えたら怒らないでほしいと前もって伝えるあたりが、何ともユキらしい。


「ここは?」


 しかしマヨイは冷静に、自分がいる場所を尋ねた。


 マヨイが今いる場所は、ユキが今までいた場所だ。ユキの姿を見ていない以上、無事なのかどうか確かめられない。まずはユキが危険な場所にいたのか、それとも安全な場所に保護されていたのか、確かめる必要があった。


「ここは王城ですわ。でもご安心ください。基本的にはその、安全ですので。少し説明させてください」


 サリアはユキを先日怪我させてしまったので、歯切れ悪くそう言った。


 そして、ユキが王の許可を取り人質としてこの城に滞在していること、そんな中マヨイとサリアを会わせることを提案されたことなど、経緯を手早く説明した。


「そんなことになっていたとは……しかし、私が想像していたよりは、ずっとマシだった! ありがとう、サリア。お前のおかげだ」


 王女でもない亜人のユキが、マヨイの代わりに王国軍に捕まったのだ。その場で処刑されていても、奴隷商人に売り飛ばされていてもおかしくないとマヨイは思っていたし、そういう線を部下に当たらせていた。


 今ユキが食べるものにも困らず、窮屈ではあるものの人並みの生活を送れているのは、ひとえに上手く王に話していち早く人質扱いとさせた、サリアのおかげだった。


 それにもかかわらず、その感謝の言葉を聞いて、サリアが泣きそうな顔をしたので、マヨイは驚いた。


「そんなことありません。私は……私のせいで、ユキが怪我をしてしまいました」


「お、おい落ち着け。怪我とはどんな怪我だ?」


「足をナイフで。軽く、傷は残らないはずと信じていますわ。でも、痛かったでしょうに、本当に可愛そうで、私、ごめんなさい。私のせいで……」


「そうか……」


 マヨイは心配で仕方が無かったが、それでも取り乱すユキを落ち着けるために、それ以上は深く聞かなかった。


「お前は十分やってくれているさ。ユキが王城でまともに生きているだけでも、私が想定した最悪よりは、天国のようなものだ」


「天国……」


 マヨイは亜人だからこそ、地獄を想像するのが容易だった。かつて奴隷だったユキも、簡単にその地獄を想像できることだろう。


「それで、ようやく私が正しく、この場にいられるということだな。ユキはビスタリアにいるはずだ。ふふっ……よかった。あちらでゆっくり休んでほしいものだ」


「いえ、ユキさんはしばらくしたら、もう一度魔法を使って戻ります」


「何だって⁉」


 マヨイはサリアの肩に掴みかかって叫んだ。


「し、静かに。さすがに声が大きすぎれば、人が来ますわ」


「知ったことか。どういうことだ。説明しろ」


 マヨイはサリアの肩を掴んだまま、問い詰めた。


「さすがの私も、人質が別の人間になったら城内に説明がつきませんわ。だから、こうして二人きりの時にだけ、魔法を使って、貴女と話をさせたいとユキが……」


「全く、何を考えているんだ。ユキは、いつも自分のしたいようにして、私の気持ちなんて、少しも考えていないんだから」


 悔しそうにそう言ったマヨイを見て、サリアは少しぎゅっと胸が締め付けられるような心地がしたが、なんとかそれを無視し、話を先に勧めた。


「だから、時間がありませんの。話を続けます」


「ああ。何のために呼び出したのか、教えてもらおう」


「あの時の話の、続きをしましょう」


 先ほどまでの不安げな表情は消え、サリアは覚悟を決めてマヨイにそう言った。そしてマヨイもその気迫に応じるように、一度はユキのことを忘れて、サリアだけを見て話をすることに決めたのだった。




 ビスタリアのトバリの私室で、トバリに全てを話し終えたユキは、頭を抱えていた。


「どうしたの? 急に」


「いえ、実は、私が以前に話した、マヨイといい関係になりそうだった子が、まさにサリア王女なんです」


「まぁ……それは。王女とマヨイが出会うことがあったなんて」


「奇跡ですよね! 運命ですよね!」


「え、ええ。でもそれがどうして頭を抱えているの? よかったじゃない、二人が今話せているのなら」


 普段見ない勢いのユキを見て、トバリは少し気圧された。


「だって……私が一番最前列で見たかったんですよ? その二人の行く末を……でも、マヨイをサリアと会わせる時には、私は魔法を使ってマヨイと入れ替わっているから、絶対その二人の傍にはいられないんです! 今何を話しているのか、どんな表情なのか……あぁーっ、考えただけでも勿体ないんです!」


「ユキちゃん、落ち着いて。普段と別人すぎてちょっと怖いわ」


「うう、トバリ様だけは分かってくれるとおもったのに」


 悔しそうにユキは机を叩いた。マヨイとサリアに仲睦まじく話してほしいというのに、それを叶えようとすると、その場にユキはいられないというのは、ユキにとっては喜劇のような悲劇だった。


 そうしてしばらくすると、頃合いを見計らって、ユキはトバリに別れを告げた。


「トバリ様、そろそろ戻ろうと思います。本当に心配をかけてごめんなさい」


「心配だけど……仕方がないわ。今は安全なところにいるというのなら、ユキちゃんの信じたことを、邪魔はしません。頑張ってね」


「はい。では、またこうして来ると思いますけど、ひとまずお別れです」


 ユキは名残惜しそうに、トバリと、トバリの部屋を見てから、部屋の中で目をつぶり、呼吸を整える。


 先ほどと同じように、結果をイメージして、魔法を発動すると、問題なくユキはマヨイと位置を入れ替えられたようだった。




「はっ」


 ユキが目を開けると、ユキはベッドに座っていた。そして、そのすぐ、肌が密着するほど近い隣で、サリアが喋っていた。


「ええ。きっと上手くいく筈……まあ、ユキ! お帰りなさい!」


 まだ話している途中だったのだろうが、仕方がないことだった。ユキには、マヨイたちがいまどうしているか知る術はないのだ。とはいえ、ユキにとってはそんなことなどどうでもよかった。


(え? サリアのベッドに、この距離で隣で座っていた? あの二人が? どんな流れで? どっちから誘ったの?)


 ユキはそれらの疑問を全て目の前のサリアにぶつけたくなったが、サリアが満ち足りた表情をしていたので、躊躇った。


「ユキ、本当にありがとう。私達、本当に分かり合えるかもしれませんわ!」


 話し合いはうまくいったようで、サリアは満面の笑みを浮かべていた。


 サリアも、マヨイも、どちらも聡明で、実力があり、戦う力さえもあることをユキは知っていた。この短期間で、きっと実のある会話をできたのだろう。ユキもそう考え、嬉しくなっていた。


「ねえ、次はいつマヨイと話せるかしら。きっと私達、うまくやれるわ。ユキ、この国を変えましょう。亜人と人類が、共存できる世界に」


 勇気づけられるとは思ってたが、ここまでとは思わず、ユキは上手く行き過ぎて怖いくらいだった。それほどまでに、サリアは孤独な戦いに参っていたのだろう。


「サリアが呼んでくれれば、いつでも。でも、マヨイは大丈夫そうだった? 急に飛ばされることになっちゃうけど……」


「ええ。大丈夫だと言ってくださいましたわ! その、時間を選べないのは困っていましたけど」


「どうしても、私達が城の人たちに気づかれない時間になっちゃうから、しょうがないよね」


「ええ。マヨイもね、これ以上の血は流したくないって、言ってくれましたわ。恨みはあるけど、ユキを助けた私のことを信じてくださるみたい。それでね、具体的にどう動くかを相談しているところだったんです」


「そう。細切れにはなってしまうけど、仕方ないわね。また、次に話せばいいわ」


 ユキは少し残念がっているサリアを、そう慰めた。


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