第25話 ごめんなさい

 ユキはその計画を、しばらく前から考えていた。


 今までも、ユキとサリアが二人で部屋にいて話をしているときは、誰もそこに入ってくるようなことは無かった。二人きりの密室空間だ。


 もしこの時間を使って、ユキがマヨイと場所を入れ替わったのなら、ユキとマヨイは二人で邪魔されずに話をすることができる。


 同じ世界を目指すはずの、亜人の女王と、人間の女王の、二人の友達がだ。そうして話が終わるころに、再びユキが場所を入れ替わり、この城に戻ってくればいい。


 もちろん、リスクが無いわけではない。


 マヨイが見つかったら危険に晒されるだろうし、ユキが熱心にマヨイのことをどう思うか聞いても、サリアはきちんと答えてくれなかったので、ユキは迷っていた。


 しかしサリアの取り乱した様子を見て、ユキはサリアがもたれかかる先が自分しかいないから、不安なのだと確信した。マヨイという友人もしっかりいると思い出させることで、ユキはサリアの精神が落ち着くと考えた。


 もちろんそれだけではない。そうすることで、自分に邪魔されずに築かれていく二人の関係性がどこへ向かうのか。それを確かめなければならないと、ユキは考えていた。


 ユキは、マヨイが戦いに赴く前に、想いを告白してもらった。それは本当に嬉しいことで、幸せな瞬間だった。しかし、余計なことがたくさん頭に浮かんで、返事ができないままだった。


 さらに、ユキはサリアからも、一緒にいて欲しいと言ってもらった。それは不安からそう言ったのもあるだろうが、一緒にここを抜け出して、全て忘れて二人で幸せに暮らしたいとまで言ってくれたのだった。大事に想ってくれていることには違いないだろう。


 ユキにとっては二人とも大事で仕方がない。ユキは、サリアとマヨイのためなら何でもしてあげたいと想っていた。


 そのためにも、まずは自分が邪魔をしないところで、サリアとマヨイが話し合いをしてほしいと思った。二人が何を話し、どう感じて、どこへ向かって歩いていくのか。ユキはそれを知る前には、マヨイとも、サリアとも、これ以上先へは進めないと思っていた。


 そうしてようやく、ユキが怪我をしてサリアが取り乱した時に、思い切ってそれを提案したのだった。




 今日はその計画を、いよいよ実行する日だった。


 ユキはマヨイの部屋にローラと一緒に来訪し、ローラは部屋の前に見張りに立った。


 ユキは、部屋の中央に立ち、深呼吸した。


「それじゃあ、いいわね、サリア。今からマヨイが私と入れ替わってこっちへ来るはず。だけど、マヨイは何も知らないで急に連れて来られるから、落ち着いて説明してあげて。少ししたら、こっちがどうなっているかはわからないけど、私は転移魔法で再びマヨイと位置を入れ替えて戻ってくる。それまでの時間はあまりないけど、二人でじっくりと話をしてね」


「は、はい。にわかには信じられませんが、ユキが言うのならできるのでしょう。少し緊張しますわ」


 サリアはユキの目の前に立って、胸に手を当てて心を落ち着けた。


「マヨイ、ごめんね。また驚かせちゃうけど……」


 ユキは目をつぶって、マヨイの姿を思い浮かべる。


 触れられそうで触れられない、その後姿をイメージして、手を伸ばす。


 マヨイの後ろ姿が近づいてくる。まるで吸い込まれるような感覚がある。


 だけど、手が触れるというとき、ユキはマヨイの身体をすり抜けて、暗闇の中に落ちていく。


 振り返ると、マヨイが悲しそうに笑っている。




「はっ……」


 目を開けて、ユキはすぐにあたりを見回した。


 いつの間にかユキは腰掛けており、そこは見慣れたトバリの部屋だということにすぐ気づいた。


 いつもの、トバリが紅茶を出してくれる机の前の、椅子の上。


 目の前には、口を開けて、それでも言葉が出てこない様子のトバリが、座っている。


 トバリが持っていたティーカップを落とし、それは机の端に当たって床に落ちて、割れた。


(やばい……これは大ピンチだ)


 ユキは冷汗を大量に流した。


 どうやら、マヨイはトバリの部屋でお茶をしていたようだ。トバリからすれば、そこで突然、目の前のマヨイの姿がユキに変わったことになる。


「ユキちゃん……無事だったのね……?」


 現実か確かめるように、トバリはユキの顔を見ながら立ち上がって、少しずつ近づきながらそう聞いた。


「ええ。大丈夫です。マヨイも大丈夫です。すぐに戻りますから。少しの間だけです、本当に!」


 またもや娘が目の前から消えたのだから、きっと不安に違いないと思い、ユキは素早く説明した。


 しかし、どちらかというと、ユキは焦っていた。そして案の定、トバリの顔は怒ったような、悲しんだような表情に変わった。ユキはそんな顔でトバリに悲しまれるのが少し嫌だった。


「悪い子ね、本当に悪い子! 約束を破って。私の言うことなんて、何にも聞いていなかったんじゃない!」


 マヨイの身代わりに大けがをしたときに、二度とするなと言われ、素直に受け入れたユキが、そのほんの少し後に、捕まったマヨイの為に捕虜になりに行ったのだ。怒られて、失望されて当然だった。


「ごめんなさい。トバリ様」


 しかし、もちろんその怒りは心配からくるもので、トバリは強くユキを抱きしめるとしばらく離さなかった。


 トバリが落ち着いてから、ユキは今どうなっているのかを説明した。


 サリアにかくまわれていること、そして安全を確保したうえで、マヨイと会わせるために魔法を使ったこと。この後ユキが、しばらくしたら、再びマヨイと入れ替わって向こうへ戻ること。


 トバリは心配そうな顔をしながらも、真剣に話を聞いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る