第24話 一番最初の、友達と

 その日、ユキはサリアの部屋に向かうため、ローラに連れられて城の中を歩いていた。


 すると、廊下の角を曲がるとき急に、飛び出してきた人物と、ユキはぶつかった。


「あっ!」


 ふとももの辺りに痛みを感じたが、ぶつかった人物がネスターだったと気づき、ユキはネスターから目を離さずに警戒した。


「わわっ! すみませんっす! 私が注意していないばっかりに!」


 ローラはすかさずネスターに謝った。


「気を付けたまえ。なんてことだ、服に亜人の匂いが付いた。チッ……着替えないと」


「匂い? 特に気にならないっすけど、服なら洗いましょうか? ほら脱いでください」


「ばっ! やめろ馬鹿! 触るな! サリア王女の従者は揃いもそろって馬鹿ばかりだな!」


 ユキを貶めるネスターに対しても、ローラは通常通りだった。ネスターはいきなり自分の服を脱がそうとするローラを押しのけると、最後に一言吐いてその場を去る。


「気を付けることだな、亜人の娘。この城を歩いている間は、いつ死んでもおかしくないと思え」


 そそくさと立ち去るネスターを見送った後、ユキはだんだんと太ももの痛みが、ぶつかっただけのものではないと気づいた。ジンジンとした痛みは増していき、焼けるような痛みが走り始めた。


「な、なにこれ」


 足元を見ると、ドレスの一部が切られており、その中の足から血が流れ出していた。


「わぁ! ユキ様! どうしたっすか! 怪我してるじゃないっすか! 大変だ!」


 ローラはスカートの裾に赤く染みが付き始めたのを見て、素早くスカートをめくって傷口を確かめた。


「っちょ! ちょっと!」


 ユキは必死でスカートの裾を押さえるが、ローラは有無を言わせず傷口を確認する。


「恥ずかしがってる場合じゃないっすよ! 血がこんなにも。ちょいと失礼!」


「ひゃあ⁉」


 ローラは軽々とユキを身体を、膝の裏側と肩の下に腕を差し入れるように持ち上げると、そのまま走ってサリアの部屋にたどり着いた。


「サリア様! 緊急事態っす! ユキ様がお怪我を!」


「何ですって⁉ 何があったの?」


「多分ネスターっす。ぶつかったと見せかけて、初めから怪我をさせるつもりだったんすね……今からぶん殴ってきます」


 ローラはユキを椅子に座らせると、すぐに再びサリアの部屋から出て行こうとしたので、サリアに襟を掴まれて止められた。


「待ちなさい!」


「ぐえーっ! 喉潰れたっすよ!」


 ユキはローラの抗議を無視して、ユキの傷口に布を当てた。


「サリア。駄目だよ、手が汚れちゃう」


「何を言っているんですの⁉ そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」


 サリアは声を震わせてそう言った。ローラはネスターのところへ行くのを諦めたのか、サリアと代わるとユキの足を布で押さえた。


「切り傷は綺麗すから、まあ刃物だと思うっす。傷は浅いので押さえていれば血は止まると思うっす。ネスターの奴、きっと脅しのつもりっすよ」


「そっか、ありがとうローラ……」


 ユキがそうお礼を言うと、ローラは困ったように笑った。


「ごめんなさい、私、私……」


 サリアは、狼狽しながら後ろに一歩下がった。


「サリア?」


 ユキはその出血のわりには、痛みを強くは感じていなかった。むしろ心配そうに、サリアのほうを見ている。


「私、約束したのに。あなたを守るって。ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 ユキは絶望したような顔をして、涙を流しながらユキのことを見ていた。


「サリア、私は大丈夫だから……こんなのかすり傷だよ」


「ユキ……!」


 平気だと言って、サリアを心配させまいと笑って見せたユキを見て、サリアはユキに縋りつくように抱き着いて、泣いた。


「サリア? 大丈夫?」


「私、私……怖い。ユキが傷つけられるのが、どうしてかわからないくらいすごく怖い。ねぇ、ユキ、もうこんなところ出ていきましょう? 亜人も人も全部忘れて、私と一緒に暮らしましょう。ユキが傷つかなければ私はそれでいい……」


 そんなことを口走ったサリアを、ユキは冷静になだめる。きっと動転しているだけで、それがサリアの本心だとは、ユキは思わなかった。


「そういうわけにはいかないでしょ、サリア。世界を変えるんじゃなかったの?」


「そんなこともう、どうでもいいよ……」


 子供の様に泣きじゃくるサリアの背中を、ユキはぽんぽんと叩き続けた。


 焦らせることなく、ユキはしばらくサリアが落ち着くまで抱き続け、嗚咽が少なくなって来たころ、サリアは顔を上げてユキのほうを見た。


「落ち着いた? サリア王女。私は大丈夫だって」


 泣かれてしまって少し照れながら、ユキはそう言った。


「ねえユキ、私を一人にしないで。置いて出て行ってしまわないで。貴女のことが大事なの」


 ユキが戸惑っていると、サリアは堪えていた気持ちを全て吐き出した。


「貴女が怪我をしてしまうのが、壊れてしまうのが怖い。ここを出て行った方が、ユキにとって幸せなのはわかってる。でも、一緒にいたいの。一緒にいると貴女が傷ついてしまうの。どうすればいいの? 行かないで、行かないでユキ」


「私はどこにも行かないよ、サリア……」


「嘘。私知ってるんですもの。貴女は魔法で、身代わりになったんでしょう? 本当は、魔法でここをすぐにでも出ていけるのに、いてくれているんでしょう? ユキは優しいから」


 ユキはちゃんと自分の魔法を説明したことが無かったから、サリアがそう思ってしまうのも無理は無かった。


 実際には、ユキにはそこまでの魔法は使えない。仮に遠くまで転移するとしたら、マヨイと入れ替わる必要があるので、マヨイがこちらに来てしまう。だからユキは魔法を使うつもりはなかった。


「私は優しくなんてないよ。変な事ばかり考えているんだから」


 ユキは自分でも驚くほど冷静だった。怪我は派手だが痛みは見た目ほどは酷くないので、サリアのほうがよっぽど精神をやられてしまったのだろう。


 ユキは、サリアが孤独に戦ってきた今、ユキという秘密を打ち明けられる相手が初めてできたことで、ユキのことを必要以上に大事に思ってしまっているのだろうと思った。


 それはユキがそこにいたからそう思っただけで、ユキじゃない相手だったとしても、サリアは依存してしまったのだろうと、自己評価の低いユキは当然の様に思っていた。だから、以前から少し考えていた計画を実行に移せば、それは解消されるだろうと思った。


 ユキはこの世界を変えようとしてくれている。


 実権を握って、亜人たちを救い、戦争も終わらせたいと思っている。しかし、ユキがただ人質の立場でその話を聞いてあげていたところで、状況は変わらないのだ。もっと、力を持っていて、決断力があって、実際に行動できる相手がサリアの協力者じゃないと、夢は夢のままで終わってしまう。


 ユキはそんなことを考えて、少し寂しそうに笑った。自分はあくまで、脇役だ。なら、脇役に徹しよう。トバリにまたもや少し申し訳ない気持ちになりながらも、ユキは決意した。


「サリア。落ち着いて聞いてくれる?」


「うぅ……何ですの?」


「待った待ったっす。それは私も聞いていいやつっすか?」


 先ほどから置いてきぼりになっていたローラが、複雑そうな顔をしてそう言った。ここから先の大事そうな話を聞いていいか迷っているようだ。


「別にいいわ」

「別にいいですわ」


 二人から同時にそう言われて、ローラは肩をすくめた。


「サリア、私の魔法は、まだ未完成なんだ。ここに来てからも練習していたけど、せいぜい数歩くらいの距離を移動することしかできないの。だから逃げるなんてできないし、サリアには助けられてるわ」


「そう……だったんですのね」


「サリアが私と一緒にいて欲しいって言ってくれて、私嬉しいよ。私も、本来だったら関われないようなサリアが私をそんな風に思ってくれるなんて、サリアを独り占めしたいくらい。だけど、大きな夢のために、仲間は多い方がいいでしょう?」


「どういうことです?」


「マヨイと私は、位置を入れ替えることができる。遠く離れているけど、わかるの。それなら私は魔法を使える」


 戸惑うサリアに、ユキは続ける。


「マヨイと話して。あなたの、一番最初の、友達と」

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