第19話 飼ってあげる

 シルヴァリア王国、王女、シルヴァリア・サリアは、戦場の後方に建てられた野営地のテントの中で待機していた。


 美しい金髪の巻き髪は、朝整えられたまま乱れておらず、自慢の鎧も今回は汚れていなかった。サリアはマヨイと出会ってから、自ら前線へ出て亜人と戦うことをできるだけ避けていた。サリアがそんなことをしなくても、この戦はシルヴァリア王国の勝利で、浅き森を支配領域に置くのは確実だった。


 サリアは浅き森を焼き、攻めるという、兄の作戦に散々反対していたので、部下たちからしてもサリアが積極的に参加しないというのはさもありなんという受け取られ方をしていた。


 そんな時、サリアは、敵国ビスタリアの王女を捕虜としたという報せを受け取った。


 それを聞くとすぐに、誰に会わせるよりも先に自分の元へと連れてくるようにと、サリアは部下に指示を出したのだった。


「捕虜にした王女はまだなんですの? いい? 絶対に傷つけることはなりませんよ。必ず無傷で連れてきなさい」


 サリアは手近な部下に、改めてそう話しかけた。


「落ち着いてください、サリア様。偶然にも、王女を捕らえたのは我々と同じ、サリア王女の私兵の軍団の一人でした。問題なく連れてこられるはずですよ。今に無事、ここへ連れて来るはずです」


「そうは言っても、何があるかわからないのが戦場ですわ。兄上が見つけたら、どんなひどい目に合わせることか。改めて傷つけず迅速に連れて来るよう、こちらからも人を出しなさい」


 サリアはなかなか王女が連れてこられないことに落ち着かず、そうして部下に注意した。しかしちょうどそんな時、部下の言った通り、外から兵士が一人入って来た。


「捕虜を連れて参りましたが……」


 そう言った兵士は、その戦果にもかかわらず、妙に自信なさげだった。


「よく戻ってくれました。さぁ、中に連れて入ってください」


 サリアはほっとして、にっこりと微笑んで兵士に伝えた。しかし兵士は相変わらず歯切れが悪い。


「連れては来たんですが、妙なことが起こりまして……」


「何です? いいからつれていらっしゃい。まさか怪我をさせたのではないでしょうね?」


「いえ……ではそうします」


 兵士は一瞬テントの外に出ると、もう一人の兵士と共に、捕虜をテントの中に連れて入って来た。


「あ、あなたは……」


 マヨイが入ってくるものと思っていたサリアは、代わりに連れてこられた白狼の亜人を見て驚いた。見違えるほど綺麗に身だしなみを整え、高貴なドレスを着ていたが、確かにあの時、マヨイとともに見つけた、奴隷の娘だった。


「サリア王女? どうして……」


 ユキはユキで、どうして自分がサリア王女の元に連れてこられたのか、よくわかっていなかった。てっきり以前のように、奴隷として売り飛ばされでもするのかと思っていた。


「これはどういうこと?」


 サリアは責めるというよりも、説明を求めるように、ユキを連れて来た兵士に尋ねた。


「それが、我々にもよくわからないんですが、一時的に檻に入れておいた黒髪の王女が、いつの間にか消えていて、この白髪の亜人が代わりに入っていたんです。鍵はずっと私が持っていたし、壊されてもいないので、絶対に開けていないと断言できるんですが……だからこそどうしてこんなことになったのか、さっぱりわからないんです」


 ユキは転送魔法を使った直後、檻の中に現れた。もし近くに人がいなければ、虚を突いて逃げようかと思ってはいたが、檻の中にいたものだから観念したのだった。とはいえ、兵士たちは何が起きたかさっぱりわからず、そのままユキをサリアの元へ連れてくるしかなかったようだった。


「ま、まあいいですわ。彼女の姿を見なさい。王女ではないにしろ、おそらく、ビスタリアの要人ですわ。人質としての価値があるに違いありません」


 サリアがそう言うと、兵士たちもユキの見た目から判断して、それに納得したようだった。ユキの服装は、王城から直接飛ばされて来たこともあって、戦場にいるにしてはあまりに優雅なものだった。


「きっと、何らかの魔法や呪いで、王女の代わりに送り込んだのでしょう。いいですか? このことは内密に。私がビスタリアの要人を人質にしているということだけを、情報として流すのです」


「はっ!」


 サリアは兵士たちにそう指示を出すと、兵士たちは何の疑いもなく、それに従った。そしてサリアはユキに近づいた。そして顎を指でくいっと持ち上げ、脅すようにして言った。


「逃げようなんて思わないことですわ。貴女は私がこれから、飼ってあげる。価値のある人質として、ね」


 一瞬怯えた表情をしたものの、すぐに毅然とした態度に戻るユキだったが、サリアはユキの耳元に口を近づける。


「少しの間、我慢して。落ち着いたら、話を聞かせてもらうわ」


 誰にも聞こえない声で、サリアはユキに耳打ちした。


 兵士たちは、先ほどの言葉に続いて脅しの言葉をかけたのだと思ったようだ。


 ユキは驚いたような顔でサリアの顔を見たが、何も返事はしなかった。


「連れてお行き」


 サリアは兵士たちに指示を出して、ユキを連れて行かせた。サリアは連れていかれるユキの背中を、心配そうに見つめていた。


 ユキは兵士たちに連れられて、小さな檻に入れられて、上から布をかぶせられた。本来は亜人の捕虜を何人も入れる檻だったが、その檻はユキだけを収容するのに使われた。


 敵国の捕虜だというのに、サリアの部下たちはユキに酷いことは何もしなかった。食料や差し入れは、兵士が口にしているものと同じものが差し入れられたようだった。

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