第20話 がおー
ユキはそれからしばらくすると、兵士たちの撤退に合わせて、一緒に連れられて行った。
サリアも一緒に撤退して、王城へ戻るようだった。
兵士たちの会話を盗み聞いた範囲では、浅き森の戦いはシルヴァリア王国の勝利に終わったようだ。一部の駐留軍を残して、王国軍の大半は城や領地に戻って行った。
ユキはサリアと会うことになるとは思っておらず、驚いた。
そして一瞬考えた。もしかしたら、またしても自分は余計なことをしてしまったのではないかと。
ユキがマヨイと入れ替わらなければ、マヨイがサリアと、運命的な出会いを果たしていたのかもしれない。もちろん、そんなことはユキが実際に転移してみなければわからなかったことなので、仕方がないことではある。
(うーん、なぜかマヨイとサリアのことになると、すれ違うように上手くいかない……でも、だからこそ禁断の関係ってことなのかもしれない)
今一度、マヨイと転移して入れ替わり、サリアと会わせようかとも考えたが、檻の中に置かれているという時点で、ユキはマヨイをこんな場所に戻したいとは思えなかった。
何日かかけてユキは兵士たちと共に王城へ運ばれると、檻から出され、二人の兵士に連れられて他の兵士達とは違う方向、王城へと入った。
檻での移動中は布をかけられており、外の景色は全く見えていなかったが、檻から出されると目の前に巨大な王城がそびえ立っており、ユキは口をあんぐりと開けてそれを見上げた。
巨大な崖の彫刻のようだったビスタリア城よりも、さらに高いその城は、白亜の美しい何本もの塔が天空へ昇っていた。
「止まるな。速く歩け」
不愛想な兵士に背中を押されて、ユキは王城の中に足を踏み入れる。
兵士たちは衛兵にアイコンタクトをして、ユキが人質であると伝えては、どんどんと奥へと連れて行った。そしていくつもの階段を昇り、疲れ果てたころに、兵士は一つの部屋の扉を開けた。その中に押し込まれるようにしてユキが入ると、兵士は後ろで扉を閉めた。
その部屋は居室のようで、マヨイの部屋と同じくらい広かった。部屋の奥には大きな窓があり、日が差し込んで明るくなっている。大きなベッドが一つと、机とその周りに椅子が三つ。他にもクローゼットや本棚など、暮らすのに不自由しない程度の家具が置かれており、そのどれもが美しい装飾を施された高級品のようだった。
そして、奥の窓から外を見下ろすように、一人の女性が立っていた。サリアだ。サリアは戦場とは違う、美しい白のドレスに身を包んでおり、笑顔でユキを迎えた。
「ごめんなさいね、どうしても人の目があって、お父様に話を通すまでは、あなたを捕虜として扱うしかなかったのです」
ユキのしわくちゃに汚れ切ってしまったドレスを見て、サリアは申し訳なさそうにそう言った。
「でも、もう大丈夫ですわ。敵国の王族の者を、近くに置いておくというのは、よくあることですもの。とはいえ、私だけは、貴女がそうじゃないということを知っているんだけど。ねぇ、名前を聞いてもいいかしら? 不思議なめぐり合わせだと思いませんこと? マヨイと奪い合ったあの子が、今ここにいるだなんて!」
戦場にいた時の、強気な姫騎士のイメージとは違い、サリアはこうして話してみると、ユキには無邪気な年相応の少女のように見えた。サリアが思いのほかよくしゃべることにも、ユキは驚いた。
「ハクロ・ユキです。私の方こそ、またお会いできるとは思っていませんでした」
「本当、運命ってあると思わない?」
その言葉を聞いて、ユキはやはりマヨイの顔が頭をよぎった。運命という言葉が表すべきなのは、その二人の関係性だというのに。
「不思議なことはあるものですね」
「ね、くつろいでいいんですのよ。ここはもう貴女の部屋なんですから。ほら、座って」
ユキはサリアに勧められるままに、椅子に腰かけた。
「来客用の居室を、一つ借りたんですの。お父様も、亜人の王族であれば利用価値はあるだろうだなんて、偉そうなことを言って許してくださったのよ。それも一つの政略ですわ。貴女がいる限り、少なくともこの城を襲ったりまではできなくなるんですから」
ユキにはさっぱりわからない世界だったが、シルヴァリア王国の考えとしては、そういう事がまかり通るらしい。
たしかに、城まで迫ってもそこに王女が囚われていたのなら、ロアートは無理に攻めることをためらうだろう。かといって、人質を戦場に連れて行って開城を迫るほどには、シルヴァリア王家も野蛮ではないらしかった。
「はかりごとの世界ですね。私、あんまり好きではありません」
ユキは素直にそう言った。戦争も、政争も、この世にとってはよくないものだと思った。
「使い方次第ですわ。そのおかげで、ユキを無事で近くに置いておけるんですから」
サリアは気にもしていないと言ったふうに、そう言った。政治に関しても、サリア王女は強かな人物のようで、そんなところは同じ王女でもマヨイとは違うようだとユキは思った。
「さて、色々お話したいことはあるんですけど、まずはゆっくり休んでくださいな。従者を一人付けます。身体を拭かせて、衣服を用意させますわ」
サリアはそう言うと、部屋を出て行った。しばらくすると女性の従者が一人入ってきて、自己紹介をした。
「どもども! ローラっす! お世話をするように仰せつかっていますので、来ましたよ~」
ローラと名乗った従者は、白いフリルの付いたエプロンを身に着け、同じく白いヘッドドレスを頭に着けていた。ふんわりとした柔らかそうな茶髪を肩まで伸ばしており、活発そうなくりんとした目のイメージ通り、陽気な声で挨拶をした。
「ローラさん、よろしくお願いします」
「あらま! 亜人さんって、私間近で見るの初めてっす。意外と礼儀正しいんですね。がおー! とか、言われて引っかかれるのかと思って、ビクビクしていたんすよ!」
それにしては元気よく挨拶してきたので、ユキは本当にそう思っていたのか疑問に思った。冗談のつもりなのかもしれない。冗談の時、どういう反応が正解なのだろうか、とユキは考えて、返事をした。
「えっと、が、がおー!」
ユキは両手を獣が爪を立てるように構えると、そう言って見せた。ローラはそれを見て、一瞬笑顔のまま固まった。
「か、か、可愛い~! もう一回やってくださいもう一回!」
「い、嫌です……」
さすがに恥ずかしくなり、ユキは断った。どうして冗談で返そうなどと思ってしまったのか、酷く後悔していた。
「わぁ、本当に耳が動くんすね! 貸してください。触ってもいっすか? ねぇねぇ」
そう言うと、ローラは遠慮なくわしゃわしゃとユキの耳を触って来た。
「ひやぁぁぁ!」
ユキが悲鳴を上げると、ローラはびくっと驚いて、手をさっと引っ込めた。
「ぎゃーっ、ごめんなさい! 痛かったっすか⁉ やばい、またサリア様に怒られる……お願いだから内緒にしてくださいね、ね!」
「いいけどもう二度と触らないでくださいね!」
ユキはそう言いながら、一度サリアにも同じことをされたのを思い出していた。
そういうことであれば、サリアもローラにはそう強くは言えないだろうとユキは思った。というか、人間はどうしていつも亜人の耳を触ろうと思うのだろうか。亜人は特に人間の耳を触ろうとは思わないのに。
ふとそう思い至ったユキは、思わず手を伸ばして、ローラの耳たぶをぎゅっと指でつかんでみた。
「んえ?」
亜人の耳と違い、それほど敏感ではないらしい。そう思い、ユキは人差し指でつつーと、形を確かめるように耳を触り、耳の穴に近づけるように指を這わせた。
「ひゃぁん⁉ なんすか? 仕返しっすか?」
ローラは腰を折って大げさに逃げると、耳を押さえて抗議した。やはり人間の耳も同じじゃないかとユキは思った。
「わかりましたよ私が悪かったですー。ほらほら、身体を拭きますから、服を脱いでくださいね」
ローラは部屋に持ってきたバケツでタオルを濡らすと、それを絞って準備した。
「い、いいですよ。自分でやりますから」
「四の五の言ってる場合じゃないっすよ! ユキさん、くさいっす!」
「えぇ~⁉」
捕虜として運ばれてきたのだ。臭いのは当たり前だったが、まさか正面切って言われるとは思わなかった。
(臭い……くさい……くさい……くさ……)
ショックで呆然としたユキは、その隙にと身体を拭き出したローラに、結局されるがままに全身隅々まで綺麗にされたのだった。
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