第13話 どうなんだ?


 しばらくして、ユキのベッドの傍で容体を診たネザーラは、マヨイにその診断結果を伝えた。


「急に二度も魔法を使ったせいで、疲れちまったのさ。ったく。そそっかしいったらないね、この子は」


 呆れたように、ネザーラはそう言った。ついさっき別れて、喜んでマヨイの元に向かったと思ったら、これだ。さすがのネザーラもそんなにすぐユキと再開するとは思っていなかった。


「じゃあ、命に別状はないのか?」


「ただの疲れだね。覚えたてにはよくあることだよ」


 それを聞いて、マヨイはほっと胸を撫で降ろした。ネザーラ曰く、小石という小さいものでも、森の中から遠いマヨイの部屋まで正確に飛ばして見せるのはすごいことのようで、さらにその後本を数冊同時に移動したというのも、覚えたてにしては考えられないことらしい。


「ふっふふ、よっぽど嫌だったんだね、この本を読まれるのが。アンタ、どう責任取るつもりだい?」


「責任と言われてもだな、私はあんまりそういうのは、詳しくないのだが」


「ま、そのうち目を覚ますだろ。私はこれでも忙しいんでね……アンタが面倒見るんだよ」


「ネザーラ! 二人きりにしないでくれよぉ、気まずいだろ!」


 ユキの前では絶対に見せない素振りで、マヨイはネザーラに泣きついた。


「知るか! もうアンタたちの痴話喧嘩に、もう付き合ってらんないんだよ!」


 抱き着いてくるマヨイを、ネザーラは鬱陶しそうに押しのけながら、そう言った。


「ちわっ⁉ そんなのではないぞ!」


「そのご本でも読んで、ご機嫌の取り方でも勉強するんだね。じゃあ後のことは頼んだよ!」


 ネザーラはそう言い捨てると、マヨイの部屋から出て行ってしまった。


 しんと静まり返った部屋の中で、マヨイはユキの寝ているベッドの隣に椅子を運び、それを見守ることにした。しかしどうしても先ほどのことを思い出してそわそわしてしまい、真面目なマヨイはネザーラの言うことを真に受けて、椅子に座りながら、例の本を読み始めたのだった。


(なんだ、この気持ちは。この本、女同士だというのに、まるで、こ、恋じゃないか)


 マヨイは今まで自分がユキに持っている感情を、ただ一緒に居たいとか、守ってやりたいとか、ふとした時に可愛らしく見えるだとか、そういう漠然としたものとしか理解していなかった。


 特にその感情に名前を付けたことは無かったが、強いていうなら友情だと思っていた。


(そういう世界があるのか? 女同士で……ああ、そんなことまでしてしまうような、そんな世界が?)


 マヨイは口に手を当て、頬を染めながら、収まることのない心臓の鼓動を何とか呼吸で落ち着けようとしながら、ひたすらに本を読み続けた。ユキはなかなか目が覚めず、マヨイは気がつけば夜になるまで我を忘れて本を読み、気が付けば「姫と飼い猫」を一冊読み終えていた。


 そして本能的に次の本に手を伸ばそうとしたとき、ユキが少し苦しそうに呻いた。


 もしかしたらそろそろ目を覚ますかもしれないと、マヨイは思った。マヨイが読んでいる時に、ユキが目を覚まそうものなら、ユキは再び気を失ってしまうかもしれない。そう思い、マヨイは本を一冊ずつ、元あったベッドの下へと滑り込ませた。


(ふぅ……落ち着け。平常心、平常心だ。ネザーラのアドバイスを思い出せ。私があの物語の姫なら、どう行動するか……今しっかりと勉強できたはずだ)


「ん……あれ……私……」


 そんな時、ようやくユキは目を覚ました。ぼんやりとした表情で、目をぱちぱちさせる。まだあまり頭が働いていないようだった。


「目が覚めたか、ユキ。無事でよかった」


「マヨイ。ごめんなさい。私……あっ」


 ようやく頭が回り始めたのか、ユキは先ほど起きたことを全て思い出したようだった。素早く上体を起こすと、辺りを見回した。おそらく、本を探しているのだろうと思ったマヨイは、赤い小石をユキに差し出した。


「ほら、これを探していたんだろう」


「あっ……そうね。私、ついに成功したんだった」


 思考の方向を上手く誘導され、ユキは小石の方へ意識を向けた。


「ネザーラから聞いたぞ。私のために、魔法を練習してくれていたんだってな。言ってくれればよかったのに。しかし頑張っているのを邪魔するようなことをして、済まなかったな」


 マヨイは嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな表情で、そう言った。


「ううん。私こそ素直に話せなくてごめん。上手くいかなくて、つい。大人げなくマヨイに当たっちゃった。本当にごめんなさい」


 ユキは全てが明らかになった今、改めて、マヨイに謝った。出かけている理由を話さなかったときよりも、心の底から、ようやくマヨイは謝ることができた気がした。


「いいんだ。しかし、転移魔法だなんて、すごいじゃないか。兵士の中にも、そんなもの使えるやつは一人もいないぞ」


「転移魔法……」


 ユキの思考が再び、例の本のことに向かおうとしているのは明白だった。察しのいいマヨイは、先回りして、その考えを阻止する。


「私のために魔法を覚えてくれたなんて、嬉しいぞ。そのお礼に、してほしいことはあるか?」


 マヨイはそう言うと、椅子を立ち、ベッドに膝を乗せた。そしてユキの起こされた上体を、こてんと後ろに倒した。


「え? え? マヨイ?」


「ほら、どうなんだ?」


 マヨイはぐいっと顔を近づけ、ユキはマヨイの吐息すら感じるほどの距離で、マヨイの顔を見ることになった。


「何言ってるの? マヨイ……ちょっと、近いって。変だよ」


「私は嬉しいんだ。ユキが私のために何かをしようとしてくれたことがな」


 マヨイはユキの髪を撫でながら、ユキの耳に口を近づけ、そう囁いた。


(物語の中で、姫はこうしていた。きっとユキも喜ぶはずだろう)


 マヨイの作戦は功を奏し、ユキは本のことなど頭の中から吹き飛んでいた。それどころではない異常事態が目の前で起きているのだ。


(マヨイ、近くで見るとやっぱり、顔、強っ! 綺麗すぎる! それに、すごくいい匂いする……じゃなくて! 私はこんなことしてほしくて魔法を練習したわけじゃなくて、うわ、さらさらの黒くて細い髪の毛が、肌に当たって心地いい……幸せ……)


「あ……あ……ああぁ……」


 もはや言語を口から発せないほどユキは焦り、ただうわ言を繰り返した。まだ完全に回復しきっていなかったユキは、身体の安全のために脳が再び、勝手に意識のスイッチを落とした。


 しばらくしてマヨイは、ユキが再び気を失ったことに気づき、自分の行いを反省するのだった。

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