第11話 昂るような感覚


 ダメだ、集中できない。マヨイは今どうしているだろうか。まだ部屋にいるのだろうか。私のことを怒ったり、悲しんだりしているのだろうか。


 ユキがそんな考えに心を乱されたその時、ユキは自分の脚に違和感を感じた。自分は全く動いていないのに、何かが蠢いているような感覚がして、ユキは手を小石にかざしたまま、目をうっすらと開ける。すると切り株の根が動き、自分の靴に、足首に、絡みついて来ていた。


「ん……へ? えぇーっ⁉」


 ユキは思わず二度見して、後ずさった。小石を飛ばそうとしていたのに、木が動き始めた。


 まさか、自分は別の魔法を使えるということだったのか? と一瞬ユキは思ったが、絡みつく木の根の動きは自分を拘束するかのようで、友好的には思えなかった。


「あっはははは! 驚いた? 驚いただろ!」


 後ろからネザーラの声が聞こえて、ユキは起きたことを瞬時に理解した。


「何してるんですか、ネザーラさん。これ、どけてくださいよ」


 ユキは足に絡みついている木の根をもう一方の足でげしげしと蹴った。植物を操る魔法を使えるのだと、以前ネザーラが自ら言っていたのだった。


「わーかったよ。ほら」


 ネザーラが手を切り株の方へ向けると、根は地面に潜り込み、元の位置へと戻って行った。


「どうしたんですか? こんなところに来て」


「どうしたとはお言葉だねえ。出来の悪い弟子が、そろそろ心折れているかと思って様子を見にきてやったのに」


「おっしゃる通り、全然うまくいっていません……上手くいかない原因もわからなくて、直しようがなくて困っているんです」


「だろうね。それで苛々して、マヨイのチビに当たり散らかしたのかい?」


「マヨイから聞いたんですか?」


「アイツはそんな奴じゃないさ。知ってるだろう。だが見てるだけで分かりやすい奴でもある。それと気になって、フロシィのことをお前が知っているのか、トバリに聞いてみたんだ。そうしたらトバリがアンタに話したと言っていたから、来たんだ」


「フロシィ?」


「アンタと同じ、白狼の亜人の子だよ」


「そういう名前だったんですね」


 ユキがトバリから聞いた、マヨイと友達だった白狼の亜人の子の名前は、フロシィというらしい。


「なあユキ。フロシィのことを聞いたのなら、マヨイの気持ちはわかるだろう。なら、どっちつかずの態度を取って傍にいるのは、やめてやってくれないかい?」


「どっちつかず、ですか」


「マヨイがアンタの中に、フロシィを見るのは、アイツの勝手さ。だから別に、それに応えろと言っているわけじゃない。でも、わかるだろう、フロシィに似ているアンタに冷たくされ続けるのは、アイツにとって一番悲しいことなんだ。そんな状態で傍にいるくらいなら、『私はフロシィじゃない』ってはっきり言って、アイツの前を立ち去ればいい」


 ユキは何も答えられなかった。ユキはフロシィではないし、代わりになれない。せめて新しい友達になろうとしたが、空回りして傷つけあってしまっている。


「マヨイが私の中にフロシィを見ている限り、マヨイは私といても、ずっと傷つき続けるんです。きっと」


 ユキは最近そんなことばかり考えていたので、思いのほかすらすらと思いの丈が口から出てきた。


「私はフロシィを忘れさせるくらい、一緒にいて楽しい友達になりたかった。でもそう思っているだけで、全然上手くいかない。もうやだ。嫌なんです。益々自分が嫌いになっていって、そうするともっとマヨイと自然に話せなくて、どんどん、どんどん心が離れて行って……」


 ネザーラはユキに寄り添い、その肩を抱いた。


「悪かったね。アンタなりに色々考えて、あの子と寄り添おうとしてくれていたんだね。しっかり者のアンタたちを見ているとつい、大人と同じ次元で考えちゃうけど、アンタたちまだまだ子供なんだよね。私が大人げなかったよ」


 ネザーラはそう謝ると、ユキの背中を優しく撫でた。


「フロシィも魔法の才能があった。アンタとそっくりで、ムキになって意地になって、ちょっかいをかけてくるマヨイに当たり散らかしては、泣きながら魔法の練習をしていた。私の優秀な弟子だ。努力する才能があったんだろうね。ものの数か月で、魔法が使えるようになってしまった」


「そこだけは、私と違うみたいですね……私には、努力の才能、無いみたいです」


 すでに心が折れかけていたユキは、虚ろな目をしてそう言った。しかし、ネザーラはそれを聞くと、吹き出して笑った。


「あっははは! なんだ、気づいていないのかい!」


 笑って指をさしたネザーラの姿を妙に思い、ユキはその指した指の先を見た。先ほどまでユキが魔法を唱えていた切り株の上から、例の赤い小石が無くなっていた。


 ネザーラが切り株を動かしたからかとユキは思ったが、赤い小石の周りにあった小石は、全て元のまま切り株の上に置かれたままだった。


「えっ? 無い! どこに?」


 ユキは焦って切り株の周りを探したが、土の上でも目立つその赤い石は、どこにも落ちていなかった。


「アンタが大きな魔法を発動できたのは、命の危険が迫った時。私言ったろ? あり得ないほど感情が高ぶった時、魔法は発動しやすい。今、切り株の根に巻き付かれた時、アンタは驚いただろ?」


「確かに、現実には思えなくて物凄く焦った……」


「だから成功したんだろう。昂るような感覚は覚えたかい?」


「わかんないですよ、咄嗟のことだったんだから。でも、小石はどこに? 見当たりません」


「さぁね。その時どこに飛ばすことをイメージしてたんだい?」


「その時……その時は確か……」


 ユキは思い返した。その時、ユキは心を乱されて集中できず、マヨイは部屋でどうしているか考えていたのだった。


「あっ! 私、見てきます!」


「はい、はい。私はもう戻るよ。これでも忙しい身だからね」


 ネザーラがそう言うと、ユキはネザーラの目を真っすぐみてお礼を言った。


「ネザーラさん、本当にありがとう。マヨイのことも、魔法のことも!」


 ネザーラが肩をすくめて応えると、ユキは走って城の方へと走って行った。


「全く、放っておけない可愛い弟子だよ」


 ネザーラは空を仰ぎ見てそう呟き、自分の家の方へとゆっくり歩いて行った。

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