第10話 お人形じゃない


 マヨイが戻ってきてから、ユキとマヨイにはまた以前の二人での生活が戻って来た。しかし、マヨイから見れば、以前と違う点が一つあった。日中のほとんどを、ユキは部屋を離れ、どこかへ出て過ごすようになっていたのだった。


「ユキ? また今日もどこかへ行くのか?」


 その日、マヨイはベッドから上体を起こして、そう声をかけた。ユキは既に支度を終え、部屋を出て行くところだった。


「ええ。お昼には一度戻るから」


「それで、お昼を食べたらまた出て行くんだろう?」


 マヨイはベッドから降りると、立ってユキの方へと近づいた。


「いい加減教えてくれ。どこへ出かけているんだ?」


「秘密。別にいいでしょ、何だって」


「よくない。私が気になる。昔はそんなに出かけていなかったじゃないか」


「私もビスタリアに慣れたの。だから、以前より頻繁に出かけるようになっただけ」


「だったら私もついていく」


 マヨイがドアの前に立ちふさがるように立ったので、ユキは少し感情的になって、冷たく言い返した。


「来なくて、いい」


 しかしその日はマヨイも退かなかった。こうしたやり取りをするのは、ユキが出かけるようになってからも幾度かあったが、最後にはマヨイが諦めて送り出していたのだった。


「なあ、私、ユキに何かしたか? 私のことが嫌いになったのなら、そう言ってくれ」


「別にそんなこと言ってないでしょ。いい? これは……」


 ユキは、魔法の修行を続けるために、日中は外に出ているのだった。今まではマヨイの部屋の中で行っていたのだが、マヨイに小石の前で念じ続けている姿など見せたくなかったし、少しも魔法を習得できていないのに練習していることを伝えるのも嫌だった。


 せめて少しでも役に立てるようになってから、ユキはそのことをマヨイに伝えたかった。そうしたほうが、より熱心に努力することができると、ユキは信じていた。


「これは、あなたのためなの。マヨイ。今は言えないけど」


「私のためを思うなら、私の傍にいてくれ、ユキ。私はそれだけでいいんだ」


「それじゃ私は、マヨイのお人形じゃない!」


 ユキはそう叫んだ自分自身に驚いた。


 マヨイは、過去の友人を重ねて、ユキにただ傍にいて安心させてほしいと言ったのだろう。顔を見せなくなって、それきり会えなくならないで欲しい。そんなマヨイの気持ちが、ユキにも痛いほどわかっていた。


 しかし、ユキにとってその言葉は、ユキ自身の無力さを肯定しているように聞こえてしまった。ただそばにいてくれ。なにもしなくていい。守ってやる。そう言われて実際に守られるだけで、戦いで傷つくマヨイの手助けを全くできない自分が不甲斐なくて、悔しかった。


 ネザーラの言った通り、少しの時間では石一つ移動させることができない。その焦りが、ついいつも追及してくるマヨイとの口論の最中、出てしまった。


 ユキは自己嫌悪した。すぐに謝ろうとしたが、言葉が出てこなかった。


「ユキ……そうだな。私はユキに……理想を押し付けていただけかもしれない。すまなかった」


 真面目なマヨイは、ユキのわがままと言えるそんな言葉さえ、優しく受け止めて、謝ることまでして見せた。ユキはそれを聞いて、一層自分が嫌になった。


「マヨイ、違うの。私……」


「いいんだ、ユキ。ユキは奴隷じゃない。ユキは自由なんだ。どこへ行ってもいいし、何をしてもいいんだ」


「違う、私そんなこと言いたかったんじゃない……」


「もういい、ユキ。行っておいで。私も支度をしないと。またお昼にな」


 そう言うと、マヨイは少し強引に、ユキを外へと導き、謝ろうとするユキと目を合わせずに、扉を閉めた。


「うぅっ……」


 自分が悪いと思いながらも、ユキは涙を抑えられず、声を殺して泣きながらその場を離れ、人目につかない森の中へ向かったのだった。



 言い合いの後、次に部屋に戻った時、ユキはマヨイに謝った。


 マヨイと言い合いしてまで出て行ったというのに、ユキの魔法の修行に成果は全くなかった。


「もういいんだ、ユキ。さあ、昼食にしよう」


 マヨイはいつも通りに戻ろうと、あっさり流したように見えたが、ユキにはマヨイとの間に埋められない溝を作ってしまったように思った。

 ユキとマヨイはその後しばらく、ぎくしゃくしながら共同生活を続けていた。ユキはそれからも外へ出ては魔法の修行を続け、マヨイはそれをそれほど追及しなくなっていた。

 その日もユキは、森の中で切り株の上に石を並べて、その一つ一つに転移するよう強く念じていた。しかしいつも通り、小石にまるで変化は無かった。


「うう……本当に数年もこれを続けるの?」


 あまりに変化がない、成長もない、何の手ごたえのないその修業は、例えば剣を振って型を見直すというような分かりやすい失敗や反省すらなく、ただただ苦行だった。その修業は、失敗した時の原因究明や反省が、全くできない。何故ながら結果はいつも、石が少しも動かないという事実だけだったからだ。


 それでも諦めずに、ユキは少し目立った鈍い赤色の小石に手をかざした。小石は何でもいいのだが、少し目立った方がもし転移した時に分かりやすいだろうし、なんだか少し魔法が効きやすくなるような気もしていたので、ユキはそれを選んだのだった。


 手をかざし、目をつぶり、集中する。イメージして、手に力を籠める。


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