第9話 友達として!


 ネザーラから魔法の練習方法を教わったユキは、その日から小さなものを転移させようと、結果をイメージして、練習を始めた。


 拾った小石をマヨイの部屋に持ち帰り、机の上という小さな距離で、置いてあるところから少しでもずれた場所へ動かせれば成功と思い、手をかざして目をつぶっては、転移させようと試みた。


「んぐぐぐぐ……」


 ユキがいくら力んでも、小石はびくとも動かなかった。


ユキは人生で二度、自分の身体の転移に成功している。その時は、元居た場所から転移先へ、全く時間をかけずに瞬時に移動していたはずだった。


その為ユキは、小石が浮いて移動するのではなく、次の瞬間には別の場所に移動しているというイメージを続けたが、それでも一度として小石が動くことは無かった。


 全く動かないものに、動けと念じ続けるのは、実際にやってみればかなりの苦行だった。多少でも動きがあればやる気もでるのだろうが、小石は置かれたその場所から、一度たりとも動いたことが無かった。


 ただ、それが苦行だとしても、ユキにとっては気が紛れるだけよかった。


それを始める前は、マヨイが心配で何をしていても手に着かず、心臓が嫌な速さでずっと鳴っており、不安を感じ続けていたのだ。修行に集中しようとするだけでも、しばらくは心から不安が消え、前に向かって進んでいるような気にはなれた。


「進んでいるのかわかんないけど……」


 全く動かない小石を、いじめるように人差し指で突っつきながら、ユキはそうぼやいた。日中はずっと小石や、対象を他のものに変えては、魔法の修行をし続け、疲れて集中できなくなったら、トバリに借りた本を読んで過ごした。


 ユキが魔法をまったく習得できないで悩んでいたある日、外が騒がしいことに気づき、ユキは窓の外を覗いた。すると城の外に、帰還した兵士たちが、続々と集まっていた。木の上で暮らす人々も大木を降り、兵士たちを迎えた。


ユキは必死でマヨイの姿を探したが、城の窓からでは見つけられなかった。ユキは急いで階段を降り、城を飛び出して、兵士たちの中からマヨイを探そうと歩き回った。


 ロアート王は無事で、トバリ妃に迎えられてちょうど城に入るところだった。


「おお、ユキ。元気にしていたか?」


 こんな時にでも、ロアートはユキを見かけると、優しく声をかけた。


「王様! おかげさまで。ご無事で何よりです」


 ユキは礼儀正しくそう答えた。


「うむ。厳しい戦いだったが、今回の攻撃もなんとか耐えきることができた。マヨイは後から来る。心配するな」


「ありがとうございます!」


 ユキはそう言うと、兵士の列の奥の方へと駆け出した。ロアートとトバリは、それを見て、顔を見合わせると笑い合い、城へと戻って行った。


「どこ? マヨイ、どこ?」


 無事だと聞いたというのに、ユキはマヨイの顔を見るまでは、安心できなかった。人は呆気なく死ぬし、死んだのが信じられなくてきっといつか会えそうだと思っても、実際には二度と会えない。ユキはそれをよく知っていた。


(顔が見たい! 生きているのを確かめたい!)


 見て、触って、生きていると、そう答えてもらうまでは、ユキにはそれが信じられないのだった。


 そしてようやく、森の中を兵士の列と共に歩いてくるマヨイの姿を見つけて、ユキは一直線にそこへ向かった。


「おーい、ユキ。元気にしていたか?」


 ユキの不安など露知らず、昨日行って今日帰って来たかのような調子でマヨイは言ったが、ユキは自分でも信じられないことに、気が付けばマヨイにぶつかるように抱き着いていた。


「うっ⁉」


 抱き着かれたというよりぶつかられたような衝撃に、マヨイは肺から息を吹き出した。しかし、抱き着いたユキが少し震えていることに気づき、足を止めてそっとその背中を撫でた。


「心配をかけたな」


 マヨイはそう言いながら、しばらくユキの背中を撫でていたが、ユキは答えずに、強く抱きしめ続けていた。兵士たちがにやにやと笑いながら脇を通り過ぎていくので、マヨイはさすがに恥ずかしくなり、髪を触るふりをして赤く染まった頬を隠した。


しばらくするとユキの震えは落ち着き、自分から抱き着いたくせにマヨイをぐっと押して離れると、そっぽを向いて城の方へ歩き始めた。


「お、おい。ユキ?」


 マヨイは走ってユキに追いつき、顔を覗き込もうとしたが、ユキはさらに顔を背けた。


「友達として! 心配しただけだから」


 ユキは振り向かずに、そう言った。マヨイはその隣を並んで歩いた。


「……ああ。しばらくはゆっくりできる。また一緒に過ごそう」


 ユキはマヨイを素直に迎えてやれないことに、自己嫌悪していたが、それは人を失う恐怖ゆえの反応だった。マヨイはそれを察して、ユキにそれ以上のことは求めなかった。


しかし、ユキは歩きながら、ふとマヨイの腕を見て、小さな生傷がいくつもあるのに気付いた。よく見れば足にも小さな傷があり、服も所々が血で濡れていた。


「それ、怪我してるじゃない……」


 ユキはマヨイの手を取って、刺激しないようにそっと、細い指で傷口をなぞる。


「かすり傷だ。戦っているとどうしてもな」


 ユキは眉間にしわを寄せて、傷がついた原因を考えながら、そっとその傷を撫で続けていた。


「ふっ……立場が逆になったな。あの時は、ユキも傷だらけだった」


 奴隷として保護されたころ、ユキの身体についていた傷は、時間が経って今はほとんど目立たなくなっていた。


(そうね。あの時はマヨイが私を助けてくれた。だったら、やっぱり今度は私がマヨイを助けないと)


 ユキは、口には出さず、心の中で固くそう決意した。

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