第7話 ひよっ子になりたくなったら


 ユキは、それからしばらく、マヨイの友人として城に居させてもらった。


 それも、マヨイの部屋に同居するという形だったが、周りの亜人たちは王や妃を含めて、誰も気にしなかったどころか、暖かくユキを迎え入れた。トバリは娘がもう一人できたようだと喜び、読んだ本のことをユキと熱く語り合っては、二人で意気投合していた。


 そんな平穏が続いたある日、ユキが目を覚ますと、珍しくマヨイが先に起きたのか、ベッドからいなくなっていた。


「マヨイ?」


 呼びかけても部屋におらず、部屋のすぐ外にもいないようだった。今まで無かったことなので、少し不安になり、簡単な上着を羽織り、ユキは外に出た。


 廊下から窓の外を見ると、兵士が集合しており、装備を整え、荷車の点検をしているところだった。その中の一人に、出会った時と同じように装備を身に付けているマヨイを見つけて、ユキは走って階段を駆け降りた。


「マヨイ、一体どうしたの?」


 ユキは城の外に駆け出ると、息を切らしてマヨイにそう声をかけた。


「ああ、ユキ。目が覚めたか。心地よさそうな寝顔だったのでな。つい起こせずに出てきてしまった」


「剣なんて持って、どこへいくの?」


「もちろん戦争だぞ。亜人は王族こそ、兵士に先んじて戦いに身を投じるものだからな」


 ユキも初めて会った時にマヨイの強さは見ているので、マヨイが戦争に参加していることは知っていた。しかし、こうしてまた出かけていくとなると、さすがに心配になる。


「どうしてもマヨイが行かなくてはいけないの?」


「兵士たちは城で控えていろというがな。そういうわけにはいくまい。私は自分の手で、皆を守りたいのだ。その為にも訓練を積んで来た」


 ユキはトバリに聞いたことを思い出す。かつて友達を失ったことを聞いてから、マヨイは後悔を抱えて訓練に打ち込むようになったのだ。それを知っているからこそ、ユキは心が痛んだし、無責任にそれを止めることはできなかった。


「気を付けて。無理をしないで帰ってきてね」


 ユキの心配そうな表情を見て、マヨイは嬉しそうにすると、ユキの頭を撫でた。


「ああ。前にも言っただろう。戻ればユキが待ってくれているというだけで、私は頑張れるんだ」


 ちょうどその時、兵士の一人がマヨイに、準備ができたと伝えに来た。


「それでは、行ってくる」


「本当に、絶対に帰って来てね……」


 ユキはそう言いながらマヨイを見送った。笑顔で勇気づけたかったが、そんなことはできなかった。本当を言えば、ユキは泣き喚いてでもマヨイを引き留めたかった。ユキは戦争の怖さを知っている。ユキの知っている人はもうみんなこの世にはおらず、その時のように孤独になることを何よりも恐れていた。


 ずっと一緒にいる時は、積極的なマヨイに少したじろぎ、ユキはあくまで友人でいるために必要以上に距離を縮めないようにしていた。しかし、こうして一人で置いて行かれると、自分のそんな態度を少し後悔し始めていた。


(もう二度と、マヨイに会えなかったらどうしよう……)


 もしそうなったら、ユキは今までの行いをひどく後悔するだろう。もっと優しくして、理解してあげればよかったと。ユキは小さくなっていくマヨイの背中を見送りながら、そんな未来を想像するだけで、少し泣きそうになった。


「心配いりませんよ。あの子はいつもああして出て行っては、最後にはちゃんと帰ってくるのです」


 気づかないうちにユキの傍に来ていたトバリが、ユキの肩を叩いてそう言った。


「信じて待つしかないんでしょうか。私がマヨイの為にできることは……?」


 ユキは無力感を感じていた。マヨイが人の命が簡単に散っていく戦場にいるというのに、ユキにできることは何もないのだ。


「ユキがこうして待っていてあげるだけでも、あの子にとっては百人力です。さ、城に戻りましょう」


 ユキはトバリに促されて、城へと戻った。しかしその日は何をしていても手に着かず、これからマヨイが帰ってくるまでずっとそんな調子では身が持たないとユキは思った。


 そうしていても立ってもいられず、城の外を歩いていると、戦場に出ていない兵士たちが訓練しているのが目に入った。


 柵に囲まれた広い場所で、兵士たちは木でできた的に矢を放ったり、剣で型を確認したり、木の剣で模擬戦を行ったりしていた。ユキがぼんやりと柵の外からそれを見ていると、少し気が紛れた。亜人の兵士たちは、人間と違って、素早く跳躍したり、木に登って奇襲したりなど、動きが多彩だ。


「マヨイ様のご友人のお嬢様、でしょ」


 ユキに気づいた亜人の兵士の一人が、近づいて声をかけて来た。その兵士は犬の亜人のようで、ピンと立った耳に、茶色の髪の毛をしていた。兵士にしては珍しく、やる気のなさそうなゆったりとした話し方をしていた。


「お嬢様なんてものではありませんけど」


「そうかい。どうしたんです? こんなむさくるしい所を見に来るなんて」


「いえ、何でもないんです」


 ユキは本当に何となく立ち寄っただけだが、兵士と話せたのなら、一つ聞いてみようと思った。


「兵士の人って、戦場で大変だと思うけど、私達にしてほしいことってあるの?」


「お嬢さんにしてほしいことが何ってそりゃあもちろん……っと、変なことを言ったらマヨイ様に斬られっちまうな……」


 ユキは頭に疑問符を浮かべたが、それ以上深くは聞かなかった。兵士は真面目に考えることにしたのか、少し首をひねってから、答えた。


「俺たちだって、好きで人を殺しているわけじゃねえんです。兵士が増えて、戦争に勝ったら、もう二度とそんなことしなくていいんだ。そう言う意味で言やぁ、欲しいのは戦力ですかね」


「戦力、ですか」


 ユキは少し考えてから、兵士に尋ねた。


「私も訓練すれば、マヨイみたいに戦えるでしょうか?」


「いやいや、そう言う意味じゃありませんがね。そう一朝一夕で戦えるようになられちゃあ、マヨイ様だって立つ瀬がねえや。あの人は努力の人ですぜ。お姫様なのにな。皆尊敬しているんだ」


「そう、そうですよね!」


 マヨイのことを褒めた兵士の言葉を聞いて、ユキは何故か喜んだ。


「何なら持ってみますか?」


 兵士は腰に提げた剣を、とんとんと指で叩いた。


「え、ええ。貸してみて」


 ユキは剣を手にしたことがなかったので、好奇心をそそられてそれを貸してもらった。柄の部分を差し出され、恐る恐る、ユキはそれを持った。


「んぐぐぐ! お、重い!」


 ユキはそれを両手で持って、地面に落ちないように支えるだけで精一杯だった。剣の方がユキの身体よりも細く小さいというのに、自分の体重が負けて引っ張られるような心地がした。


「そりゃ重いですよ。全部金属なんですから」


 わかってはいたものの、こんなものを軽々と、それも目にもとまらぬ速さで振り回していたマヨイが、どれだけすごいのかユキは初めて身をもって知った。


「女性で剣士ってえのは少ねえや。魔法を使う兵士なら、少し女性の亜人がいるぜ」


「魔法! それが使えたら、私も戦えるかもしれません」


 魔法などユキには縁のないものだったが、剣を鍛えるよりはまだ見込みがあるのではないかと思い、ユキは希望を持った。


「魔法が知りたきゃ、ほら、あそこに見える大樹の上にある、魔女の家に行ってみな。でもな、お嬢さん。俺たちゃ、あんたたちみたいな、か弱い女子供を守るために、仕方なく命を張っているんだぜ。無駄に命を落とすくらいなら、戦場には出てくるなよ」


 兵士の言いようは少し辛辣ではあったが、実際に命を懸けている者としてユキを気遣っての一言だろう。


「うん、ありがとう、兵士さん。お名前を聞いても?」


「俺はバーシルってもんです。ここでひよっ子にも満たないような奴らをひよっ子にする仕事をしてんだ。アンタもどうしてもひよっ子になりたくなったら、また来るといい」


「バーシルさん、ありがとう。まずは魔女に会ってみます」


「おう、元気にやってくれ」


 そうしてユキはバーシルに別れを告げると、城の中を通って上へと上がり、大木につながる橋を渡って、教えられた家へと辿り着いた。

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