5.大学四年 六月 恭介

 一瞬、言葉の意味がわからなかった。

「オレは恭介のことが恋愛対象として好きなんだ」

 オレっていうのは真鍋だ。恭介は俺の名前。恋愛対象として好きっていうことは、友だちとしての好きとは違う。つまり、真鍋は俺を女として見ている。いや、そんな訳がない。ゼミ合宿では一緒に風呂へ入った。まさかそれで俺を男として認識していない、ってことはないだろう。だとしたら、俺を男だってわかった上で好きだって意味になる。真鍋は男だ。そこから導き出される答えはひとつ。こいつはゲイだってことだ。

 俺はまじまじと真鍋の顔を見つめようとしたが、暗くて表情がわからない。俺のことを励まそうとしてくれているのか、それとも別の意図があるのか。いずれにしても、今の状況では何もわからない。俺は電気をつけるために布団から身体を起こした。真鍋は震えた声で再び声をあげる。

「オレ、恭介のことが好きだ。キスしたい。そういう好きだ」

 そうか。やっぱり真鍋はゲイで、俺に恋愛感情がある。さっきまで友だちとしか思っていなかったヤツに突然そんなことを言われても、俺はどうしたらいいのだろう。こんな経験は初めてだ。どんな顔をしたら良いのか、わからない。口から言葉がこぼれる。

「そっか。いきなり言われたから、びっくりした」

「ごめん。話の流れでつい。でも、気持ちは本気だ」

 俺が黙っていると真鍋は言葉を続けた。

「で、どう思った?」

「どう、って言われても。俺、今までお前のこと、普通の友だちだと思ってたから」

「気持ち悪くない?」

「それはない、かな。お前はお前じゃん。ゲイだってわかったからって、それが変わる訳じゃない」

 どこかで見た模範解答のような言葉を選ぶ。真鍋をあまり刺激したくない。暗い森の中で、夜行性の肉食獣に出会ってしまったかのような心地だ。上手く対処しないと。背中に冷たい汗が流れる。

「良かった」

 真鍋は息を吐き出した。こいつも緊張していたんだ。それがわかって、こちらも肩の力が少し抜けた。じゃあ、この後はどうしたらいいのだろう。俺は頭の中を整理する。

 俺は真鍋が俺のことを恋愛対象として見ていることを知ってしまった。俺はこいつのことを恋愛対象として見ることはできるだろうか。嫌悪感はない。だが、付き合うって場合は、それ以上のものが必要な気がする。人間としては嫌いじゃないが、恋人として考えたらどうだろう。うーん、全然想像がつかない。高校時代、学内にゲイカップルはいたが、親しい訳じゃなかった。へぇ、そういう奴らもいるんだ。その程度の認識だった。俺の知識なんて、せいぜいメディアで目につく程度のことだ。

 恋人同士になるってことは、友だちと何が違うのだろう。男女の場合は身体の関係がある。じゃあ、俺は真鍋とそういうことができるだろうか。っていうかその場合、俺はどっちの役なんだ? とはいえ、真鍋にそれを聞く訳にはいかない。まあ、いい。そこは深く考えないようにしよう。どちらであれ、判断すべきはその気になるかってことだ。

 いろいろ想像してはみたものの、全くそんな気持ちにはならない。ポルノサイトでそういう映像を見かけた時も、何も感じなかった。まあ、それが全てじゃないか。にしても、今まで男に恋愛感情を持ったことは一度もない。そうだ。俺の恋愛対象は原則として女の子のみだ。例外のないルールはない。けれども、真鍋が例外に入るかと聞かれれば、答えはノーだ。俺は言葉を選びながら、話始める。

「えっと、その。真鍋が俺のことを好きだって言ってくれることは、うれしい」

「本当に?」

 真鍋は高いトーンの声で言った。もしかして、期待させている? これは一気に畳み込まないとダメだ。

「けど、俺。男と付き合うなんて考えられない。お前がダメとか、そういう訳じゃないんだ。俺がそうじゃないってだけで」

「ああ、それは知ってる」

 よし。そういえば、さっきまで大久保さんの話をしていたんだ。俺が違うっていうのは、わかっている。丁寧に伝えれば、大丈夫だろう。

「男同士で付き合うって言われても、全然ピンとこなくて。だから、ごめん。これまで通り、友だち同士で」

「わかった。これからもよろしくな」

「もちろん」

 真鍋は大きなあくびをする。

「今日は寝るか」

「だな。おやすみ」

「おやすみ」

 真鍋がベッドに倒れこむ音がした。そのまま、静かになる。

 わかってくれたみたいだ。じゃあ、俺も寝るとするか。俺は布団を被る。

 にしても、真鍋がゲイで、俺のことを好きだったなんて、びっくりだ。たまに変だなって思うことはあった。けど、それも俺のことを好きだった、っていうんだったら納得だ。今日も風呂上がりにパンツ一丁でうろうろしていたら「何か着ろよ」って言いながら、妙にジロジロ見ていたもんな。って待てよ、それってヤバいんじゃないか。俺の服を貸した時だって嬉しそうだ。「洗濯して返す」っていつも持って帰っていたけど、まさか別の目的で使ってないよな。今だって、俺の匂いがついたベッドで寝ている。

 何を考えているんだ、俺は。これまで何もなかったじゃないか。友だちを信じろ。けど、今日あいつは、俺に本性を見せた。これまでと同じだなんて思って、のんびり寝ていて良いのだろうか。「してみればわかる」なんて、言い出さない保証はない。いや、そんなのは偏見だ。ゲイだからって、そんな風に決めつけるのは良くない。でもーー。結論の出ない議論が頭の中で延々と続けられ、眠りについたのは、外も白む頃だった。

「恭介」

 誰かが俺の身体を揺する。うるさいな。俺は全然寝ていなくて、眠いんだ。誰だよ、お前は。目を擦りながら、開けると真鍋の顔が間近にあった。一気に眠気が覚める。

「おはよう」

「おはよう、やっと起きたな。お前、用事があるって言ってなかったっけ」

 そうだ。俺は時計を確認する。そろそろ起きないとヤバい時間だ。

「おお、サンキュ。助かった」

 さっさと着替えなくちゃ。俺は寝間着代わりに着ていた服を脱ごうとして、手を止める。真鍋がいる。こいつの前で着替えなんて、していいのだろうか。しかも寝起きだ。

「俺、出掛ける前にいろいろやらなくちゃいけないことがあるから。お前、先に行けよ」

「ん、了解。じゃあ、借りた服は洗って返すから、持っていくね」

「えっ、いいよ。そんなことしなくて」

「いや、そんな訳いかないだろ」

「けどさ。いつも洗ってもらってるじゃん。悪いかなって。一度着たくらいじゃ、そんなに汚れないだろ」

「悪いって言うけど。母さんにお願いするだけだから」

「お前、それは良くない。自分がやらないからって、安請け合いするなよ」

「そっか。わかった」

 俺は真鍋の手から服を取り戻す。

「じゃあ、また今度な」

「うん。恭介も遅れるなよ」

 真鍋は不思議そうな目で俺を見たが、そのまま部屋を出て行った。

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