第15話 いろんな意味で告白 1
玲花たちが通う学校は前期後期制なので成績表は配られないが、普通の高校と同じように夏休みはやってくる。
特進クラスには夏期講習がもれなくついてくるため登校する生徒が多いが、オンラインでもOKの上、一般コースは任意出席なので、学校の人口密度は下がる。そのため、夏休み気分を味わえるというわけだ。校庭では朝の涼しい時間帯は部活動をやっているし、いかにも夏という感じだ。
冷房の効いた教室で夏期講習を受けながら玲花は考える。
楽しい夏にしよう。
もうそれしかない。告白したいと考えないでもないが、それで気まずくなるくらいならこの夏はこのままでいいかとまで思うくらいだ。
でも盛り上がったら言っちゃうかな。
玲花は1人にんまりし、黒板にまた集中する。
遊ぶ時間がなくなるから、講習に集中しないと時間がもったいない。
坂崎も夏期講習には来ているから、終わったら会う約束をしている。
夏休みだからといってしばらくは憂鬱になる要素はない。少なくともお盆前まではセンパイに会えるのだから。
講習は昼前には終わる。
午後も勉強できるように図書室と特別教室が開放されている。
坂崎と玲花は図書準備室で一緒にお弁当を食べる。
坂崎がラジオをつけると、インストゥルメンタルが流れてきた。
「こうも暑いと午後に出かける気にならないなあ」
音楽が終わると気象情報で、外出は控えるようアナウンサーが訴えていた。
「博物館巡りとかイオンタウン行ってみるとかまだ行っていないところがいっぱいありますよ。センパイのコメンタリー付きで博物館とか楽しそうだし、服を買い足しにいったっていいんです。私たちは高校生ですよ。青春を満喫しましょう!」
「パワフルだな。暑くても考え方次第だね」
「なにせこの数年、無駄なエネルギーを使いませんでしたから」
「勉強しようっと」
「じゃあいつ、面白いもの探しに出かけるっていうんですか」
「言ったでしょ、土曜日の朝に野鳥観察に行こうって」
「明後日じゃないですか」
「それでも別にいいでしょ? こうやって直接話ができているんだから」
「それは、そうですけど」
坂崎が側にいてくれるのが玲花の日常になっていた。
「僕は楽しいよ」
「私の方が楽しんでます」
「なんだこのマウントとり」
ふふふ、と玲花は笑ってしまう。
こんな時間もやりとりも楽しい。
好きという言葉が自然に出てしまいそうで怖いくらいだ。
「センパイ、じゃあ今日は、下校時間になったら久しぶりにアイスを賭けてなにかしましょうか」
「受けて立とう。お題は何かな」
「鶴谷八幡宮の鳥居の数でどうでしょうか」
「そんなになかった気がするな。じゃあ5つより多いか少ないかで」
「少ない方で」
「う、賭けにならないかも」
「でも数の設定をしたのはセンパイですから」
「それはそうか」
坂崎は苦笑する。
お弁当箱を空にして、2人は図書準備室で勉強を続け、下校時刻になってようやく下校する。下校時刻は16時45分だが、まだまだ暑い時間だ。
坂崎は自転車を押しながら、玲花は普通に歩いて学校から500メートルほどの鶴谷八幡宮へ行く。
一の鳥居から二の鳥居へ歩いていき、普段は静かな林の中、蝉の声がうるさいくらいだ。意識していなかっただけに、夏を感じた。
「さてここまでは記憶通り。摂社に鳥居がいくつあるかだ」
摂社とは本殿で奉られている神様に近しい神様を一緒に奉ったものだ。
「大きいから割とありそうですが」
2人でくまなく境内を探してみたが、1つしか鳥居はなかった。
「3! 勝った!」
玲花はガッツポーズをとる。
「わかったからきちんとお参りしよう。意外と少なかったな」
坂崎と玲花は拝殿で手を合わせて拍手して、鶴谷八幡宮を後にする。
近くのドラッグストアにいき、玲花がアイスを選ぶ。
「じゃあ、これ」
玲花はアイスチョコモナカと迷った挙げ句、雪見だいふくにする。
「うむ。仕方がない。敗者は勝者に従うのみ」
芝居がかったことを言いながら坂崎はレジに行き、店外のベンチに腰掛ける。
玲花がパッケージを開け、楊枝に雪見だいふくを刺す。
そして雪見だいふくを坂崎の口の前に持っていく。
「お先にどうぞ」
「君ねえ!」
玲花は無理矢理雪見だいふくを坂崎の口の中に突っ込む。
坂崎は口の中に雪見だいふくがあるのにもぐもぐ言い、なんとか飲み込んだ後、ようやく言った。
「またこのパターンか」
「分け合いたかったんです。センパイ、吸い殻拾いのときもアイスを分けてくれたので。あれ、地味に得点高かったんですよ」
「何の点だ」
「好感度」
坂崎はしばらく黙る。玲花はその間に残った雪見だいふくを食べる。
「あれはズルみたいなものだから、ちょっと遠慮しただけで」
「それでも、嬉しかったんです」
玲花は自分の表情が緩むのが分かる。やっと言えた。そんな気がした。
「にしても、なんだ……また誰かに見られてないか心配だな」
「見られると困ります?」
「それは、だって、こういうの、カップルのやることだろう」
坂崎が挙動不審になる。
「周りで私たちを恋人同士ではないと思っているのは、もう私たちだけだと思います」
恋人という言葉を口にすると強く意識してしまい、言った玲花が俯いてしまう。
坂崎は困ったように口元に手をやる。
「だよなあ」
「ですよ」
「価値観も近いしな」
「私はかなりセンパイに引っ張られてますけど」
「はっきりしないといけないかな?」
「それは、女の子としては『お待ちしてます』とまだ言える段階ですね」
「じゃあ、まだ待っていて。君も冗談じゃないって、そのときまでに自分の気持ちに白黒つけてくれていたら嬉しい」
「ハイ」
自然に玲花は笑顔になる。
「そうなったらなんて呼びますかね。センパイも私のこと『君』じゃない方が嬉しいですよね。私もクウガ先輩って呼びますから」
「いきなりライダーシリーズっぽくなるけどね」
「ご自分の名前なんですから、そんな揶揄しなくていいんですよ」
「ありがとう。玲花ちゃん」
坂崎は微かに笑んだ。
「名前呼び、破壊力すごい――」
玲花は自分の胸を押さえる。言った方の坂崎ももちろん照れている。
「今度、また今度にしよう」
「賛成です」
玲花と坂崎はドラッグストアを後にして別れる。
また明日を言い合える関係が嬉しい。
玲花は1人になって、ゆっくり家路を歩いた。
翌日も学校で夏期講習を受け、同じような午後を過ごし、土曜日がやってきた。
今日の待ち合わせは朝4時30分。日の出より前だが、もう明るい時間だ。まだ涼しいうちに活動したかったのと、やはり朝の時間の方が野鳥の動きが活発で、観察には適した時間というのが理由だ。
ヘルメットの下にお揃いの防水キャップを被り、T20号で待ち合わせの高校の校門に赴く。東の空は明るいが、ライトは前後点灯。涼しい風が気持ちいい。
坂崎は荷物を持って待っていて、玲花は笑顔になる。やっぱり、ヘルメットの下に同じ防水キャップを被っている。それに服装はワークマン女子で揃えたものそのままだ。
「着てくれているんですね」
「今日は上がお揃いだ」
「ウインドブレーカーをお揃いと言うかどうかは怪しいですが、そうですね」
「帽子も」
「はい」
玲花はセンパイが気づいてくれたことも嬉しい。
2人はT20号に乗って国道410号線を南下する。途中で寄りたい神社があると坂崎がいうが、今日はスルーする。野鳥観察を優先したことと、あと安房神社には最初に立ち寄る予定だったからだ。
40分ほどでアップダウンのある道を通り抜け、安房神社に到着する。
安房神社は安房国の一宮である。さすがに今は玲花も一宮の意味は分かる。平安時代、各々の国で一番最初に国司が挨拶に行く神社、つまりその国で一番偉い神様ということだ。こんな田舎にある割にはものすごく立派な神社だ。
広い境内に拝殿の向こう側にきれいな山並みが見えた。
拝殿の前には巨石があって、これは
参拝を終えて、野鳥の森の駐輪場にT20号を置く。駐車場や施設は9時からだが、散策は24時間可能だ。涼しい間に野鳥観察を堪能したい。
駐輪場から散策路への道を歩きながら坂崎はまだ安房神社参拝の感銘に浸っていた。
「安房神社は関東だけでなく全国でも有数の神社だからね。神郡だったんだ」
「神郡?」
「直轄領を朝廷から与えられていたんだよ。他に与えられていたのは伊勢、香取、鹿島、熊野、日前、そして宗像。そうそうたる神社ばかりだ。いやあ、良かったなあ」
何が良かったのか玲花にはさっぱりだが、並べられた名前と同格というなら相当なものだ。観光地になっていないのが不思議だ。
「そして何がすごいってこれからそのご神体に上れるってことだ」
「どういう意味ですか?」
「神社と山は不可分な時代があって、安房神社は間違いなくその時代の神社で――要するに磐座が大きくなったと思えばいい。三輪山や吉備の中山の文法が、開拓地の安房にも持ち込まれていたんだ。結構、海から離れているけど、古墳時代は今は水田の辺りは海だっただろうから、香取や鹿島と同じような立地だったと思うよ」
「スルータイムきました」
「聞いてくれるとは思わないよ。でも配置的にたぶん、安房神社の
「へえ。実はそっちが目的?」
「実は安房神社には元宮があって、そっちは神奈備山が2つあって、ああ、そっちも行きたいなあ」
「行きましょうよ。夏休みは長い」
「いや、女の子が行って楽しいところでもないでしょう」
「それはそうかもですが、決めつけられても」
「遊びに行きたいところとかないの?」
「だってそんなのあったら、そもそも楽しいことがないなんて言わないですよ」
「確かに」
「今はセンパイと一緒にいられればそれで十分です。でも、そのうちそうは行かなくなるのも間違いないので、今のうちだと思いますよ。それにT20号を出すし、バス代が浮くでしょうから、その分、道の駅とかでご飯ごちそうして貰いますよ。私がメインエンジンなんですから、ガソリン代だと思ってください」
「そんなんでよければ。バス代、バカにならないから」
「約束ですよ」
玲花が笑いながら坂崎の顔を見ると、彼はニヤニヤしていた。
「楽しそう。そんなに楽しみなんですね、神社探訪」
「違うよ。君が一緒に来てくれることが、君とT20号で走ることが楽しみなんだ」
坂崎は満面の笑みを浮かべた。
「――そうですか」
玲花はそれだけ答えるのが精いっぱいだった。この笑顔は卑怯だと思った。
すぐに一番近い展望台まで登ることが出来た。傾斜はあったが距離はさほどでもない。
MAPによると標高63メートルしかなかったが、沿岸の集落と太平洋が望めた。
「うわー、きれい」
空が青い分、海も深い青を湛える。
「忘れられない光景になるなあ」
坂崎は笑顔を浮かべるが、玲花は違和感を覚える。よく見ると彼の顔は青ざめていた。
「――大丈夫ですか」
「うん。久しぶりに山を登ったから」
「ここ、山ってほどじゃないですよ……」
「大島の展望台まで行きたいな。行こうよ」
「いやいや。山登りに来たんじゃないんですから、野鳥を観察しましょうよ」
そして坂崎をベンチに座らせる。
「確かに野鳥の気配があるね」
坂崎は青ざめた顔でDバッグから双眼鏡を2つ取り出し、1つを玲花に渡した。
無理をしている気もするが、歩かせるよりずっといい。
玲花はそう判断して、双眼鏡を受け取る。受け取って、太平洋の方に双眼鏡を向ける。
「言っていることと違う」
坂崎は笑う。
「だって見たいでしょ、高いところに上ったら」
「子供か」
そう言いつつ、坂崎も双眼鏡を海に向ける。
「漁船が見える」
「朝早いですねえ」
「僕らもね」
2人して笑う。彼は少し落ち着いたのかも知れない。顔に血の気が少し戻ってきていた。
早速、展望台から下の木に中型の猛禽類が留まり、2人は双眼鏡を向ける。
「トビかな」
「ミサゴかも」
スマホで両者の差を調べると頭が白いとミサゴらしいことが分かった。もう一度、双眼鏡をのぞき込むと頭が白いのが分かった。
「ミサゴですね」
「初めて見た」
「私もです。来た甲斐がありましたね」
2人して初めてだらけだ。
「魚を獲るみたいですよ。海で狩りして、朝ご飯は終わったんでしょうかね」
「そうだね。きれいだ、ミサゴ」
今の坂崎は本当に中学生にしか見えない。
「かわいい」
「そうかい。格好いい、だろう」
「そうですね」
かわいいの対象が坂崎のことだとは、言わない。
しばらくするとミサゴが飛び去り、2人してあーああと声を上げる。
せっかくなので座ったまま、周囲の木の間を肉眼で見回してみると、何か中型の鳥が枝の上で休んで、ぴくりとも動かなかった。
「フクロウの仲間っぽいね」
調べてみると夜行性の鳥でアオバズクだと分かった。
「こんなところでフクロウが見られるんだなあ」
「カワセミ見てみたいですね」
「ここで見られるみたいだけどどこにいるんだろうね」
落ち着いたようだ。顔色が戻った。
坂崎は立ち上がり、玲花に言った。
「一番高い展望台まで行きたいな」
「そうですね」
坂崎を疲れさせたくなくて、玲花は一度降りて舗装路を行き、それから天神山を上り、大島展望台に行こうと提案した。坂崎は特になにも意見せず、そうしようと答えた。
大島展望台は文字通り、天気が良ければ伊豆大島が望めるという展望台で、富士山も見えるということだ。
玲花は坂崎の顔を見ながら一緒に歩く。
「僕の顔に何かついてる?」
坂崎が玲花の視線を気にしているようだ。
「えーっと、センパイの顔、忘れないようにしようと思って」
口から出任せで玲花はそう答える。
「分かるよ。たまに人の顔って分からなくなるよね」
「夢だと分かるのにね」
「あるね。君の夢を見た記憶はあっても、いつも細かく覚えてない」
「私の夢、見るんですか?」
「平安時代だと、夢を見るのは相手も思ってくれているから、なんだよ」
「はは、当たりです。私も、同じ感じです。出てきたな、ってうっすら覚えている程度です。夢だとセンパイがいるんですよ、側に、当たり前に」
沖ノ島で海水浴をした夢は確かに見られた。記憶は定かではないが、側にいたのは彼のはずだった。
「当たり前じゃないんだけどな。君が側にいてくれるのは特別の特別だ」
初めてT20号で出かけたときの自分の台詞を彼は覚えていたようだ。
「じゃあ、私の水着姿は特別の特別の特別ですね」
沖ノ島で彼は、自分の水着姿を特別だと言ってくれた。だから『特別』を足してみた。
「違いない」
坂崎は笑う。
舗装路を行くと池があったが、鳥の姿はなかった。
「カワセミいないかなあ」
「今度、カワセミを探しに行くのもいいよね」
玲花は頷いた。
舗装路が終わり、どうやら30分ほど上りになるらしい。
玲花はじっと坂崎の顔を見る。
「苦しくなりそうだったら言ってくださいね」
「――わかった」
坂崎はゆっくり頷いた。具合が悪いなら帰ってもいいのだから。自分と一緒にいたいと言ってくれさえすれば玲花はどこでもいいのだから。
「膝枕券と肩もみ券、いつでも使っていいんですからね」
「それは名案かも」
2人は笑った。
20分ほど歩き、傾斜が続いたが、最後の上りは階段だった。ゆっくりと丸太風の土留でできた階段を上る。玲花は常に坂崎の顔色を窺うが、幸いあまり変化はない。ゆっくりと15分以上掛けて登り切り、天神山標高146メートルの天神山山頂が見え、そのすぐ下にある大島展望台に到着した。早朝なので誰もおらず、貸し切り状態だ。
「やったー!」
坂崎は大変そうだったが、苦労した甲斐があって、展望台の光景は最高だった。
風に波立つ海。風が動くのが見える。手前に布良漁港、右手に洲崎の先端、そして正面に伊豆大島ともう1島の影が見える。富士山だってすっきりとした姿を見せている。
「すごいね!」
「苦労して良かった」
玲花には軽いハイキングだが、坂崎には冒険だったのかもしれない。
玲花は自撮り棒で伊豆大島をバックに2人で記念写真を撮る。
「うわあ、まずいな……」
記念の画像を見て、坂崎は呻き、東屋に入り、ベンチに腰をかける。
坂崎の唇は紫色に変色していた。爪も紫色だ。
「チアノーゼ?!」
それくらいは玲花も知っている。低酸素状態で、身体の中の酸素が不足している状態だ。さっきまでそれほど苦しくなさそうだったから急性と思われた。
坂崎は無言でベンチに横になった。
「センパイ! 大丈夫ですか!」
答えはない。意識レベルは低いと判断せざるを得ない。
将来、何かの役に立つかと考えて、中学生のときに救急救命講習を1度だけ、受講したことがあった。まさに今がそのときだった。
意識レベルが低く、呼吸は浅い。チアノーゼ状態。
迷ったり、スマホで調べている時間はない。
玲花は持ってきたタオルとウインドブレーカーを巻いて、坂崎の首の後ろに枕として置き、気道を確保する。玲花は自分の焦りを胸の動悸として感じている。この胸の動悸はこれからしなければならないことへの躊躇ではなかった。彼の生命を救えるかどうか掛かっている、そのプレッシャーだった。
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