第9話 体育祭 ハプニングです! 2

 午前中の競技はつつがなく終わり、観戦エリアから立ち上がり、解散する生徒たちの群れからそっと抜けだし、玲花は指さした立木の下に急ぐ。坂崎がジェスチャーを分かってくれればきっと来てくれると確信していたが、もう既に彼の姿はそこにあった。急いだ甲斐あって、先に来ていた坂崎をあまり待たせずに済んだようだった。


「まさかこうなるとは」


「私もついさっきまで何も考えていませんでした」


 坂崎は草地にそのまま座って、お弁当箱の蓋を開けていた。茶色い系弁当で、野菜はブロッコリーにニンジンが一欠片ずつくらいだ。


「健康に悪そう」


「適当にあるもの詰め込んでいるだけだから」


「私の、少し分けてあげましょうか」


 そして玲花がランチボックスを開けると、色とりどりの具材のサンドイッチが現れる。


「上泉さんが作ったの?」


「母も上泉ですので、間違っていません」


「君は作りそうにないよな」


「ひどい。やっぱりあげるのやーめた。でも、母は料理上手なので、食べたらセンパイのネガティブな感情なんて吹き飛びますよ」


「――もう、それはないよ。ううん。あるけど上書きされた」


「何に?」


「だぶん、君のサンドイッチに」


「食べる前から?」


「だから、食べさせてよ」


「はい」


 玲花はサンドイッチをまるまる一切れ、坂崎の口に押し込む。一口サイズに切ってあるとは言え、不意打ちは効いたようで坂崎はむせた。どうにかこうにか飲み込むと言った。


「食べさせてってそういう意味じゃない!」


「そうでしたか」


 玲花はちょっとしょげる。


「――もう、誰が見ているか分からないんだから」


 確かに坂崎の言うとおりで、周りでも他の生徒たちがランチタイムに入っている。


「美味しかったですか?」


「はい」


「もう1切れいかがですか」


「今度は自分で食べる」


「――はい、どうぞ」


 玲花はランチボックスをおずおずと坂崎の前に出す。


「調子が狂う」


「もう! センパイは難しいな」


「僕の取扱説明書ならば、ない」


 坂崎は一切れ口に放り込む。


「もしあったとしても、分厚くて読み切れないに違いありません」


 そして今度は吹き出しそうになり、むせた。


「君と一緒にいるとなにごとも予想通りにはいかないね」


「たとえばあれのことですか、パンクですか」


「それもその一つだ」


 坂崎は自分の弁当をかき込み始める。


「T20号のチューブは新しいのに交換しました。替えチューブも用意しました。もう大丈夫ですよ」


「遠出もしたいけど、文化祭の前だから図書委員会の展示準備をしないと」


「何するんです?」


「自由に持って行ける古本の整理とオススメの本のPOP作り」


「本当に図書委員会っぽい展示だ」


「オススメの本の紹介POP書いてみる?」


「私が? そんな……」


「図書委員より図書室にいる時間が長いでしょう」


「否定できませんね」


「でも1日くらい準備しなくてもいいかな」


「準備は準備で進めて、遠出するなら土日でいいじゃないですか」


 サンドイッチを無造作に食べる玲花のすぐ横で、坂崎はまたむせる。


「また私、変なこと言いました?」


「土日って学校ないよ?」


「だから時間に余裕がありますよね」


「いや、だから、その、それは」


「面白いもの探し遠出編、良くないですか?」


 坂崎はがっくり肩を落とした。


「いいとか悪いとかじゃなくて――ああ、もう、確かに嫉妬するのなんか無駄だ。こんな無邪気さに一喜一憂して……」


「ぶつぶつ何を言っているんですか」


「そうだね……週末、探しに行こう。何か面白いもの」


「やった!」


 玲花は指をパチンと鳴らした。


「鳴らせるんだ」


「確率半分くらいですけど」


 坂崎は苦笑した。


「さっき、青春観察していたんですよ」


「青春観察?」


「今日の面白いもの探しです。観客エリアの人間関係を観察していました。露骨に火花散らしてる女の子たちがいて、考えました」


「へえ。どんな男の子なんだろうね」


「あ、そっちはろくに見てない」


「それは確かに女子の視点だね。何を考えたの?」


「そのエネルギーが羨ましいと」


「僕に言わせれば君もパワフルだけど」


「それは――普段がローテンションだからです。今日もコールド系女子って言われました」


「また新語だ。確かにエネルギーがある人間は羨ましいね」


「私なんかお子様ですから、自分のことで精一杯だし、あんなに傍目に見ても火花散らせるの感心してしまいます」


「でも、僕のことを気に掛けてくれたじゃない? 自分のことだけで精いっぱいなのに、ってこともない」


「センパイにはお世話になりっぱなしですからそれは当然」


 玲花は自分がちょっとにやけているのがわかる。


 坂崎はお弁当箱を片付け、玲花に言った。


「午後はすぐ借り物競走だから、ちょっと休むよ」


 そして木陰でごろんと横になった。


「膝枕しましょうか」


「そんなのまた餌食になるからいい」


「もう二度とこんな機会はこないかもしれませんよ」


「膝枕券でも作っておいてくれ。そうしたら使えるときに使うから」


「肩たたき券もつけておきますよ」


 こんな軽い会話が玲花は嬉しい。


「肩もみ券がいい。叩くのは効率が良くない」


「細か……」


 玲花はサンドイッチを平らげ、自分もフェンスにもたれかかる形で目を閉じる。南国の日差しは木陰で遮られ、昼寝にちょうどいい。風も微かに吹いている。気持ちよく、玲花は10分ほども意識を失った。


 目を覚ましてもまだ坂崎は寝ていた。よく寝ている。寝顔はかわいい。中学生くらいにしか見えない童顔さだ。こんなにまじまじと顔を見る機会はないな、と気づき、そして、寝顔を撮ってしまおうと思う。本人に見せたあとは消せばいいと思う。角度を変えて2、3枚とったところで坂崎が目を覚ました。


「よく寝た」


「私も寝ました」


「さて、かったるいけど借り物競走、いくか」


 もう集合5分前になっていた。


「『恋人』引くといいですね~」


「そんなカードはない、と思う」


 坂崎はそのまま立ち上がり、一度振り返り、玲花が立ち上がったのを確認すると歩き出した。寝顔の画像を見せ忘れたな、と思いつつ、玲花は観戦エリアに戻った。


 1時になるとスタートエリアに坂崎たち2年生が並んだ。


 コースにはもう長机が置かれ、手を突っ込む箱がコースの数だけ置かれている。


 玲花は1年生のエリアからぼーっとスタートエリアを眺め、坂崎の出番を待つ。


 坂崎はけっこうあとの方だった。


 無言で彼のスタートを待ち、いよいよスタートとなった。


 坂崎は出遅れた、というか、小走り程度だ。まあ借り物競走だし、とは思う。


 最後に借り物カードを引いたが、一直線に玲花のところへやってきた。


「ハチマキ、ハチマキ貸して!」


 玲花は彼の言葉に自分の赤いハチマキを彼に手渡す。


 観戦エリアがどよめく中、坂崎は走り始めるがその場で派手に転ぶ。


「センパイ!」


 思わず玲花はコースに飛び出し、彼の手をとって立ち上がらせる。


「痛てて……足ひねった。間抜け……」


 それを聞いた玲花は無言で彼をお姫さまだっこをすると、全速力でゴールに向かって走り出す。保健委員のいるテントはゴールの隣だ。


「えええ?」


「センパイ軽いし、抱っこしていたってこんなの楽勝です!」


 玲花は他の借り物に難儀していた走者をぶち抜き、その回、1位でゴールした。


 ゴールテープを切ったあと、ようやく坂崎を下ろし、玲花は保健委員を呼ぶ。


「――やらかしてくれたな」


 坂崎は真っ赤になりつつ、苦笑していた。


 赤白関係なく、観戦エリアは大いに盛り上がり、何やら上泉コールが巻き起こる騒ぎになっていた。玲花も今更、自分が何をしたのか理解し、真っ赤になりながら観戦エリアにサムアップして、笑顔を作って見せた。


 保健委員に導かれ、玲花は坂崎に肩を貸しつつ、保健委員のいるテントに向かう。


 競技担当の生徒が1位の旗を玲花に持たせてくれて、あれれ? となる。どうやら許容されたらしい。玲花は苦笑するしかないが、保健教諭に診て貰う間も坂崎に付き添う。


「カードのお題、なんだったんです?」


「『友達のハチマキ』」


「ふふ、私、センパイの友達だったんですね」


「しかし派手にやってくれたな。当分、噂の的だぞ、これ」


「咄嗟に身体が動いてしまいました。謝罪します」


「謝罪されても――ねえ」


 坂崎が恐る恐る観戦エリアの方を見る。玲花も確認するが、まだ多数の視線が向けられていた。


 保険医が坂崎のひねった方の足首に湿布とテーピングをし、応急処置は終わる。玲花に導かれ、坂崎は2年生の観戦エリアに戻る。観戦エリアは拍手喝采、口笛の嵐で、2人とも真っ赤になりつつ、坂崎は自分が座っていたところに戻り、玲花も1年生の観戦エリアに戻ると、1年生の観戦エリアがまたざわつき始める。


 やりすぎたかと思うが、面白かったとも思う。


 近衛がやってきて、声をかけてくれる。


「体育祭のMVP間違いないよ、これ! やるなあ、上泉さん」


 スマホの動画を見せられ、玲花は固まるが、口を開く。


「――あとでください」


「もちろん」


 近衛は満面の笑みである。


 動画の中の自分はなかなかに懸命な顔をしている。


「うん。悪くないね」


 自分の中に隠れていた熱いものを目の当たりにして、玲花は心の中で頷いた。


 少しして体育祭のクライマックス、クラス代表の混合リレーとなった。


 玲花と玲那の身体能力の高さは校内に知れ渡っており、陸上部員を差し置いて、2人はアンカー直前の走者に選ばれていた。女子では最終走者になる。


 玲花はスタート位置でも坂崎の様子を窺う。坂崎の足の様子が気がかりだった。


 玲那はそんな妹の様子を確認して、にんまりしていた。


 数分後、準備が整い、パンと銃声が響き渡って混合リレーがスタートする。


 数周で玲花と玲那の出番だ。


 バトンを受け取るのはほぼ同時だった。2人の勝敗がわかりやすい。


 双子の姉妹で競うのはいつものことだが、体育会系に所属している玲那の方が頭1つ分先行して、アンカーにバトンを託した。


「……ま、しょうがないかな」


「日々の努力の違いです」


 玲那は玲花に手を差し出す。


「うん。戻ろ」


「でも、今日、一番目立ったのは間違いなく玲花だからね」


「それを言われると~」


 玲花は苦笑せざるを得ない。


 双子は仲良く手をつないで、走者が待機するテントに戻る。


 リレーはそのまま白組が勝ち、会場は大いに盛り上がった。


 それでも総合得点では赤組の勝ちで、それはそれで盛り上がった。


 体育祭が終わり、第2グラウンドから教室に戻る。歩いていく生徒の中に坂崎を見つけ、片足を引きながら歩いているのを確認する。玲花は坂崎に駆け寄り、声をかける。


「手、貸しましょうか?」


「1人で歩けるよ」


 そして一度玲花に目を向け、坂崎はまた前を向いて歩き出す。


「まだ怒ってます?」


「いや」


「なんか、変ですよ、センパイ」


「セクハラしそうなので口を閉ざします」


 自分が彼をお姫さまだっこしたことを考えているのだと玲花には見当がついた。


「胸の感触ありました?」


「自分からふるな!」


「あまりご期待には添えなかったかと……」


「そんなことなかったよ」


 それを言うだけで精いっぱいだったのだろう。坂崎はその後、沈黙を貫いた。


 そんな坂崎がかわいくて、玲花は校舎で1年生の階と2年生の階で分かれるまで、ずっと彼の後ろを歩いたのだった。

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