第8話 体育祭 ハプニングです! 1
6月に入ってすぐ、玲花たちの学校では体育祭がある。それに文化祭が続く。
応援団の練習が図書室の窓からも見えていたが、玲花はあまり気にせず、普通に授業とサテライト塾をこなし、坂崎とぼちぼち面白いもの探しをして5月を終えた。
5月中にホームルームで体育祭が議題になり、特進クラスは半分に別れ、玲那とは別の組になった。続く出場種目の話し合いの中、面倒くさいので玲花はリレー選手に立候補し、早々に話から抜け、考え事をした。
センパイ、何の競技するのかな。
このところ、時間が空くと坂崎のことをよく考えるようになっていたのだが、玲花にその自覚はなかった。
6月になると制服は夏服に替わる。
基本的に半袖シャツで、男子も女子も同じだ。
二の腕がスースーするが、これから暑くなることを思えば絶対にこの通気性が必要だ。
図書準備室で坂崎に会い、彼の夏服姿を見て、改めて細いなあと思う。
「夏服だ」
彼が自分より先に衣替えを話題にしてくれたことが嬉しい。
「どうですか。似合うでしょう」
「かわいいよ。薄着になると細いのがよく分かるね」
「センパイだって細いじゃないですか。あ、でも割と腕に筋肉ついてる?」
「君の周りにいる競輪選手たちとは訳が違うけど。そう言ってもらえるのは嬉しい」
坂崎は本当に嬉しそうだった。
そして6月の第1金曜日、体育祭がやってきた。
晴れ渡った初夏の空が眩しく、また、暑くなりそうな朝だった。
1、2年生は第2グラウンドで合同競技だったので、坂崎の姿もグラウンドの端に見えた。しかし声をかけようと近づこうとして、玲花の足は止まった。
坂崎の前に太田先輩の姿が見えたからだ。運動服姿の太田先輩はスタイルの良さが際立って見えた。足がきれいで、凹凸が普通じゃないレベルで、場違いに思えるほどだった。坂崎も笑顔で応対していた。
3年生の太田先輩は第1グラウンドで別競技なのに、どうして第2グラウンドに来たのだろう。センパイに会いに来たのかな。
そう思うと、玲花は凹む。
あのセンパイの笑顔は『好き』の笑顔に間違いなかった。
「どうしたの玲花? こんなところで立ち尽くして」
白いハチマキをした玲那が、玲花の肩をつんつんとつついた。
「玲那姉――俊くんと一緒の組じゃん」
玲那の背後には俊の姿がある。
俊は上泉家が児童相談所から里親制度で預かっている里子だ。体育会系のくせに頭も良く、父に付き従って2番弟子みたいな立場にいる。顔も、まあいい。背も高い。筋肉もある。自転車を始めたばかりだが、高校生のときの巡と一緒で同世代とは頭一つ抜けていて、やはり理想的な競輪選手になれそうだった。
「玲花さん、リレーなんですって?」
俊は一般クラスだから、特進クラスの情報は玲那経由だろう。
「うん。面倒だからね」
「玲那さんもリレー選手だから、負けてられないんじゃない?」
100メートル12秒台の玲花の敵はやはり玲那だけだ。
「別に玲那姉だからって特別競う気はないよ。普通に全力で走るだけ」
「ところであの人がすごい感じでこっちを見てるけど、大丈夫?」
玲那がちらりと坂崎の方に目を向ける。坂崎の前から太田先輩の姿は消えていた。坂崎の視線は玲那がいうように、こちらに向いていた。
「気がつかなかったわ」
玲花は手を大きく振り、坂崎は目をそらした。
「変なの」
「仙人先輩だね」
「うん。世話になってる」
「いつも一緒にいるみたいだもんね。この分だと4代目仙人、玲花が指名されたりして」
「え、図書室の仙人って、センパイのあだ名じゃないの?」
いわれてみれば確かに坂崎は仙人らしくない。
「初代が名探偵みたいなことしてた図書委員長で、2代目がさっきまでいた黒髪のすごい美人さんの先輩で、3代目が今の先輩さん」
「知らなかった。センパイ、そんなこと、なにも教えてくれないから」
「今は探偵じゃなくてヨロズ相談屋さんだよね」
「4代目かあ。そもそも今、図書委員ですらないし」
「後期から図書委員やれば?」
この高校は前期後期制だ。
「コミュ障だからなあ」
「それは大丈夫でしょう。玲花さん、本当は熱い人だから」
俊が指を振って気軽そうにいう。
「全く自信ないよ。自分のことだけで精いっぱいなのに他人の世話まで焼くなんて」
「でも、今、焼かれている自覚があるみたいだから、その世話を焼かれた分、後輩に伝えてあげないと、ね」
玲那が笑い、俊と一緒に白組サイドにいった。
「確かに指名されるなら私だわ、今のところ」
玲花はたまに図書室の仙人への相談事の手伝いをすることもあるが、他の図書委員が首を突っ込んでいるところを見たことがない。自分がヨロズ相談の主体となるとかなりのプレッシャーだ。
それは考えないことにして、坂崎の方に行く。坂崎も玲花と同じ赤いハチマキをしている。同じ赤組らしい。
「センパイ、私が手を振ったのに無視したでしょう?」
坂崎はあからさまに不機嫌そうに玲花を見上げた。
「悪かった」
「あら、ご機嫌斜め」
「感情が制御できなくて困っている」
そういえば玲那と会うまでは自分もどうしようもなく凹んでいたことを思い出す。しかしさっき太田先輩と一緒にいた坂崎は笑顔だった。どうしてこんなになったのか見当もつかない。
「そんなに体育祭、嫌いですか」
「そんな理由なら良かった」
「そうだ。私もそうだったんだ。感情が制御できなくて――なんで太田先輩、こっちに来ていたんですか」
「心配してきてくれた」
「なんの?」
「僕の、体調」
「そういえばセンパイ、前に体育の授業見たとき、見学してましたね」
「まあ、その辺を太田先輩は知っているから」
しかし坂崎の顔をマジマジと見るが、あんな美女と仮にもお付き合いできていたのが信じがたい幼さだ。
「しかし太田先輩、ショタだったんですね。今でもこんなに気にしてくれるなんて」
「先輩とは1コしか違わない!」
坂崎は憤慨する。
「冗談ですよ、センパイ」
「童顔なの気にしているんだからやめてくれ」
「かわいくて好きですよ」
思わず本音が飛び出してしまって、玲花は口に手を当てたあと、弁解する。
「童顔なのがね、童顔が」
坂崎は動揺しているようだ。
「文脈的に分かってる。でも、言葉が足りないのは罪だ」
「反省します」
「――体育の授業で手を振られたときもひどい目に遭ったが、今日も遭いそうだ」
玲花が周囲を見回すと男子の目が集中しているのが分かる。センパイと話をしている自分に皆、興味津々らしい。
「君はきれいだから」
「慣れて欲しい」
「慣れないよ。眩しい」
「何いっているんですか。そうだ、センパイ、何に出るんです? 私、リレーです」
「12秒台だものね。僕は借り物競走」
「お題で『恋人』とか出たら私の手を掴んでいいですからね」
玲花は自分で言っていて大いに照れる。
「そんなお題、出るわけないだろ」
「冗談に決まってるじゃないですか。リラックスして貰おうと思って」
「――さっきの男は、知り合い?」
坂崎はためらいがちに聞いた。
「俊くんですか」
「俊くん!?」
「里親制度で預かっているウチの里子ですよ。家族です」
玲花は声を潜める。
「内緒ですけど、玲那の片思いの相手です」
坂崎は特大のため息をついた。
「え、なにそのリアクション」
「自分のバカさ加減に腹が立つ」
「どういう意味ですか」
「――誤解しないで欲しいんだけど、今までメチャクチャ不機嫌になってた」
「不機嫌、ですか?」
「君が学校で話せるのが僕だけだと思い込んでいたから」
「ほぼ、合ってます。俊くんにもしかして嫉妬していたんですか。イヤだなあ。そんな必要ないですよ」
「そうかもしれない。そう聞いた今もまだダメだ。これは高ぶった感情の底にある本心だと思う。ネガティブな感情をぶつけるのは卑怯だから我慢していた」
玲花が嫉妬と言っても坂崎は否定しない。嫉妬してくれるほどセンパイが自分のことを特別に思ってくれているのが、玲花はすごく嬉しい。
「さっきの、有効ですから」
「え、何が」
「借り物競走の話」
「そんな、思わせぶりなこといわないでくれ」
「じゃあセンパイ~またあとで~」
これは今までの自分のキャラではないなと思いつつ、玲花は1年生の赤組観戦エリアに戻る。凹んでいた気持ちはとうに消えていた。
体育祭はスケジュール通りに進んでいく。
リレーは最後で、坂崎が出るという借り物競走は午後一番の競技になる。
午前中は暇だった。
さて、どうしたものか。こういうときこそ面白いもの探しだと思い、競技の行方を注視するが今ひとつだ。なので他のクラスの人間関係を眺める。
あからさまな1年生カップルがいたり、反目し合っている女子たちがいたり、様々な人間模様を観戦エリアで見ることが出来る。少々、体育祭の見方としてはひねくれてはいるが普段、授業している間には見られないものだから面白い。
ふふ、と笑う。
「玲花さんが笑ってるなんて」
最近、話しかけてきてくれる同じ特進クラスの女子、
「私だって面白ければ笑うんだよ」
「珍しい」
「否定はしない」
「何見てたんです?」
「白組の観戦エリア」
「それはわかります」
「あの男の子が好きなのかな、2人の女の子が火花散らしてる」
「それっぽい」
「青春だ」
「青春だ」
「あんなに情熱を傾けられるなんて恋はすごい」
近衛は首を傾げる。
「玲花さんは図書室の仙人先輩と
「そういう風に見られてるの?」
薄々そうは思っていたが、直接言われると衝撃がくる。
「違うの? さっきも話しに行ってたよね」
「センパイは、私の世話を焼いてくれているだけ。玲那姉は高校に入っても相変わらず男の子を千切っては投げ、千切っては投げしているけど、私の方はもてない」
「玲花さんはクール系を通り越してコールド系女子だから」
そう言われても反論できない。
「だからこれまで、男子から一度も告白されたことはないし、センパイもそういう目では、見ることはないはず――あれ? 違う??」
かわいいとかきれいとかセンパイに連発されていることを思い出す。それについさっき、瞬くんに嫉妬しているとも言っていた。
「ほら、やっぱりそうでしょう」
玲花は自分の頬が赤くなっているであろうことを悟る。頬が熱い。
「――自分のことなのにわからない」
自分がセンパイに甘えているから一緒にいて欲しいのか、または既にセンパイに依存しまくっているだけなのかと思っていただけに、恋というきれいな言葉が出てくるとまた混乱してくる。ただ確かに、またジーンとしたくて、彼の側にいるのも間違いない。
「仙人先輩が特定の人に固執することはないって聞いているよ。玲花さんが特別なんでしょう」
「近衛さんも私にとって特別だ」
「えええ?」
「クラスで唯一話しかけてくれる人だから」
「――全クラスメートに聞かせてあげたい。かわいい」
「理解できないんだけど」
「いいの。玲花さんは少しずつ、自分のペースでいいの」
近衛は自分を自分で抱きしめていた。
「近衛さん、ときどき、変だよ」
「本当は玲花さんをギュウしたいの」
「謹んでお断りいたします」
玲花は両腕を構えてガードする。
「分かってる」
近衛はシュンとしつつ、正面の白組の席から赤組の2年生の観戦エリアの方に目を移した。
「いるよ、仙人先輩」
「知ってる」
「時間あるんだから行ってくればいいのに」
「私が行くと騒ぎになるからダメだって言われるに違いない」
「それも分かるわ」
近衛がいうように行きたい気もするが、迷惑をそうそう掛けられない。
「お昼はどうするの?」
最近はお弁当を近衛のグループに入れて貰って食べている。
「いや――教室に戻るんじゃなくて?」
「仙人先輩のところに行ってくればいいんじゃないのかな」
それは考えてもみなかった。
「近衛さん、ナイスです」
玲花はお弁当を教室に置いてきてしまったが、生徒の大半は第2グラウンドにまで持ってきている。本校舎とやや距離があるためだ。
がんばれーと近衛の声を背中で聞きながら、玲花はいったん教室に戻って弁当を回収し、第2グラウンドに戻る。
途中で赤組2年生エリアに立ち寄り、坂崎に声をかけようとしたが、その前に彼は振り返った。そして玲花は無言でランチボックスの袋を見せ、唇に人差し指をあてたあと、テニスコートの並びの立木を指さした。
坂崎は目を丸くしていたが、玲花はそのまま立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます