第3話 面白いもの探し
高校の特進クラスでの玲花はぼっちである。
玲那がいるから体育などで完全にぼっちになることはないのだが、玲那がクラスの中心人物であるのに対し、玲花は気難しい人物として認識されていた。
声をかけるな、という雰囲気を360度に放射していると言われたこともある。鉄仮面という二つ名の由来でもある。
実際そうかも、と本人も思う。
それなので『双子の性格のかわいい方』と『双子の性格の悪い方』になるのだが、玲花にはとにかくクラスメイトがつまらなく見えるのだ。
父や巡のように何かに一直線の人間が彼女の琴線に触れるらしく、特進クラスにそういうタイプの人間はいなかった。進学を志す特進クラスだから皆、勉強に専念するのは当然のことだったが、それにしても息抜きの趣味があまりにも平凡でつまらなく思えてならなかった。恋に音楽にアイドルにゲーム――その他、いろいろあるのだが、玲花はそのどれにも話題に入れない。
たとえばクラスでまとまってカラオケに行こうという話が持ちあがっても、玲那は率先して行くが、玲花は一顧だにせず断る。行けばクラスメイトの反応も変わるかもと思わなくもないが、気が乗らない。何に、誰に誘われても、まったく楽しく思えないのだ。
楽しくないことに参加するのは、誰でもそうだろうが、苦行でしかない。
それに同調圧力は大嫌いだった。
そんなクラスでの様子を姉の玲那にはつぶさに見られているので、心配した彼女が図書室の仙人の話を仕入れ、玲花に仙人のところに行ってみては、と勧められた。恋のキューピットをするだけでなく、お悩み相談も受け付けているというので、玲那の顔を立てるかという気持ちで図書室に行ってみたのだが、随分と図書室の仙人は変わっていた。
玲花は休み時間に鞄からぐりとぐらを取り出し、眺める。
クラスメイトがそれを見てひそひそ言いながら様子を窺い、1人、話しかけてくる。
「絵本、好きなの?」
「久しぶりに見ただけ」
「そんなお菓子、作ってみたかったなあ」
彼女は素直に言葉にしていた。その言葉は玲花を傷つけるようなものではない。それは応じるべきだ。そんな気持ちになれた。
「実は昨日、食べた」
それでも玲花はぶっきらぼうにしか話せない。
「おお、そうなんだ。玲花さん、お菓子作りとかするんだね」
自分が作った雰囲気になってしまったが、否定する機を逸してしまった。
「う、うん」
お菓子作りなど玲花は久しくしたことがないが、玲花は頷いてしまった。
そのとき予鈴が鳴った。
「今度、お菓子作りの話をしようね」
そして彼女は席に戻っていった。
他の友人たちと彼女は、いっぱいお話ししちゃった、などと話していた。
確かに、入学してからクラスメイトと話した時間では新記録かもしれない。
ぐりとぐらのカステラ。
センパイに作り方を指南して貰わねば、と心の中で玲花は決意した。
そういえば彼女の名前、なんだっけ。
クラスメイトの名前すら覚えていない自分を、玲花はかなり寂しく思った。
待ち望んだ放課後になり――いや、待ち望むなんて言葉そのものがもう自分にとってレアだ、と思いつつ、玲花は図書室に向かう。
クラスでぐりとぐらのカステラの話をしたことを報告しようと思い、扉を開ける。
窓際に坂崎の姿はなく、ノックもせずに図書準備室に入る。
「センパイ、来ました!」
「なんだい元気だね」
坂崎はDバッグを手に、帰り支度をしていた。
「まさか帰るんですか?」
「違う違う。今日はせっかくだから外に出ようと思って。学校に戻らないから、上泉さんも帰る準備してきてよ」
「うわー面倒」
「じゃあ、今度にする?」
「いや、センパイの方針に従いますよ。連絡してくれれば帰り支度してきたのに」
「1年生のクラスに顔出したくないよ」
「いや――そうですね。いきなり連絡先交換なんかしてませんでしたからね」
「ああ、だけど今日は合流できなかったときのために連絡先を交換しておいた方がいいな。いや、勘違いしないでくれよ。女の子の連絡先を知るために今回の『面白いもの探し』を考えたんじゃないからね」
「予防線張りますね。まあ、不便だからいいでしょう」
玲花は上から目線だ。
「悪用はしないよ」
「第一印象からそんな気はしました」
「それは喜んでいいのかな」
「喜んでください。だって美少女の連絡先ですよ」
玲花はニッと笑った。
「それは余計」
「冗談です」
冗談を誰かにいうのも久しぶりだった。
「そんな気もした」
坂崎は笑ってくれた。
連絡先を交換した後、坂崎とは校門で待ち合わせることにした。
玲花はクラスに戻り、帰り支度を済ませて校門へ向かう。
校門では坂崎が今日の準備とやらを整えてもう彼女を待っていた。
坂崎は手にはゴミはさみを2本、手首にコンビニ袋をぶらさげて、その中には軍手らしきものを入れていた。
「何しようっていうんです?」
「今日は、『タバコの吸い殻拾い競争』です。ちなみにゴミはさみと軍手はボランティア担当の先生から借りてきた。一応、ボランティア活動ってことにしてる」
「それ、面白いんですか? 本当はセンパイの内申点稼ぎなのに私、騙されてません?」
「面白くないかも知れないけど、面白いことに共通する課題だと思ってやってください」
「何それわかんない」
「わからないことだから面白いんです」
「今日はセンパイの方針に従うと決めてきたんで、文句はこれくらいにします」
「やる気あるじゃないか」
「毒を食らわば皿まで!」
「毒じゃないって」
坂崎は苦笑する。
「それではルールを説明しよう。まず、対象の吸い殻は紙巻きは当然として、加熱式たばこのカートリッジは含む」
「カートリッジがわからないんですが」
坂崎がスマホで画像を見せてくれる。15ミリほどの円筒のプラスチックだ。
「タバコの箱もOK。勝ち負けは体積ではなくて重さで判定。制限時間は30分。ゴールは館山駅の東口ロータリー」
「いいでしょう」
「もちろん一般道なので車が通っているから、夢中になって撥ねられないように注意が必要です」
「そんなに夢中になるかな」
「自分の集中力を甘く見ないことだね」
「はいはい。センパイ、わかりました。でもセンパイ、私、100メートル12秒台ですよ。コンパスもだいぶ差があるみたいだし」
玲花はじっと坂崎の股下を見る。
「マジで。メチャクチャ速いな。でも、吸い殻拾いに足の長さは関係ありません」
「先行して、センパイが来る前に拾い尽くしますよ」
「それどころか3分のハンデをあげよう。何せ君は初体験だろうからね」
「嘗められましたね」
「自信あるね。じゃあ、何か賭けようか」
「いいですよ」
「じゃあ負けた方がコンビニでアイスを奢るってことで」
「それくらいが罪深くなくていいですね」
ふふ、と坂崎は笑った。
どうやら絶対の自信があるらしい。
「負けませんよ」
「その意気だ」
16時きっかりにスタートすることにして、センパイは3分遅れということになった。
センパイの合図で玲花は校門を出発する。
乗り気ではなかったはずなのに、アイス1つでも賭けられているとなんだかやる気が出てくる。
あ、そうか。
玲花は気づく。
「楽しくないなら、面白くすればいい、か」
玲花はまんまと坂崎にはめられたようだった。
学校の周りにタバコの吸い殻はなく、駅までの片側1車線の道を急ぐ。
車も人も通る道なので、タバコの吸い殻はそれなりにある。
側溝のグレーチングで特に多く見つけた。
タバコの吸い殻はグレーチングの間に挟まっているため、ゴミはさみでは取れず、軍手で取ることが多く、また、結局、路上に落ちているものもゴミはさみで挟む時間が惜しく、軍手でとることにした。
走っては見つけ、走っては見つけ、グレーチングでしゃがんで吸い殻をとり、路上のタバコの空き箱を拾う。ざーっとすぐ脇を車が通り抜けていき、ぞっとする。
「おお、確かにこれは視界が狭くなるわ」
普段、タバコの吸い殻なんかに目を向けることがない。見えていても認識していない。だから車に注意を向けなくても大丈夫だが、いざ、路上でゴミ拾いを始めて見ると、視界の外から接近する車は脅威だった。
「うう、センパイに言われたとおりだった」
しかし驚くほどにタバコの吸い殻は落ちている。50メートルに2、3本はあり、200メートルに1つは空き箱が落ちている。
ダッシュ、ストップ、ダッシュの連続だ。
「なんで道にポイポイ捨てるんだ。きちんとゴミ捨てに入れるか灰皿使えよな!」
駅前に到着する前に玲花はマナー違反の喫煙者に激しい怒りを覚えていた。普段気づかなかったが、これはあまりにもひどかった。
玲花は100メートル12秒台の俊足である。ダッシュの勢いは並大抵ではない。ゴミ拾いをしながらでも15分ほどで館山駅のロータリーに到着してしまう。
駅の周りにはさすがに吸い殻が多く見受けられ、手早く回収する。
意外とこの見つけては回収するという作業が単調だが、集中できる作業だった。
面白い、と思う人もいるかもしれない。
そう玲花は思いつつ、コンビニ袋の3分の1までたまった吸い殻を見て満足する。
そろそろ30分が経とうかという頃、坂崎の姿が見えた。
坂崎はゆっくりした歩調で玲花に近づいてきて、声をかけた。
「時間だね」
「時間ですね」
玲花はコンビニ袋を掲げて見せた。坂崎も同じように掲げたが、重さを量るまでもなく、明らかに坂崎の方のコンビニ袋に入った吸い殻の方が多かった。
「ええー! なんでセンパイの方が多いわけ? 私、全部拾ってきたのに!」
坂崎は自信たっぷりに笑った。
「それはね、まだ君が見えていない吸い殻を捨てている場所があるからだよ」
「まだ、見えていない?」
「説明しようか。実は僕は西口の方の飲み屋街を回ってきたんだ」
「あー! それ、ずるい!」
坂崎は飲み屋に出入りする客が店の外で吸って捨てた吸い殻を狙ったのだ。
「あと、ゴミ捨て場の周りにもいっぱい落ちてた。駐車場の看板の後ろとかも狙い目」
「それは――私、見なかったな。東口の飲み屋の前も見なかった」
「喫煙者の行動パターンなんて考えないだろうから、仕方がないよね」
「次やったら絶対に負けない!」
「だろうねえ。でも今回の負けも負けには違いない。さて、コンビニでアイスを奢って貰おうかな」
「悔しい~!」
玲花は本気で悔しがる自分を見つけ、なんともいえず、嬉しくなった。
こんなに熱くなれる自分がいることを久しぶりに感じていた。
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