第3話
活動休止が正式に伝えられる十五日前、私たちはやっと仕事の合間を見つけ話し合いをすることになった。
「話は大体聞いている。ただな、武道館ライブの予定が入っていただろう? 資金の問題ではなく、あれを楽しみにしているファンは数え切れない。それは分かるな?」
社長は会社の損失ではなく、ファンの為にもカメラの前やステージの上ではいつものCiElでパフォーマンスをしてほしいと言ってきた。澪も陽葵も最初は嫌な顔をしたけど「ファンの為」という言葉を聞いて渋々頷き了承した。
私は最初から賛成だったし、目すら合わせない二人に任せることに。
「現在の報道。あれは否定できる部分がない。だからこそ解散という手段を使ってしまえば世間に一生後ろ指を指されてしまう。だから活動休止という選択をするが、それと同時に君たちの人気は確実に減る。実際今もファンクラブから退会している者もいるくらいだ。それでもいいのかな?」
現時点で二人は事務所を止めるつもりはなく、澪は歌手として陽葵は女優として今後は活動して行く事まで決めていたみたいで、いつの間にか一人取り残された私はこれからのことを何も考えていなかった。
というより、考えることができなかったのだ。
三人で活動できないなら解散を受け入れると口では言ったけど、精神的には無理だった。事務所から解散ではなく、一旦活動を休止するという提案をしてもらった時には正直言ってほっとした。
これはマネージャーが頑張ってくれた結果であり、これから先ずっと口を利かないかもしれないが、すぐに仲直りをするかもしれない。そう言って彼女たちをずっと説得していたらしい。
だから今回は解散ではなく活動休止という案を受け入れてほしいと。
「七海はどうするんだ?」
社長に尋ねられ少しこれからのことについて考えてみた。
私は車も好きだしドライブも好き。知らない街で初めて行くゲーセンで遊びつくすことも大好き。ここしばらくは遊んでも三時間程度だった。
今回の件、少しだけ我が儘言っても許されるんじゃないだろうか?
「しばらくはゆっくりしたいです。愛車で色んな所に行ってゲームセンターで遊びつくしたい」
「まあ七海は他の子たちに比べて働きすぎな所もあったもんな。分かった。ゲームセンターで使うお金は一日に三万円以内って決めるならいいよ」
「私が稼いだのに?」
「社長ってよりもお父さんとして心配だから」
「……頑張ります」
「よろしい。じゃあこれからのことを滝宮と共に考えて行こうか」
マネージャーである滝宮さんの表情は未だに曇ったまま。私たちがデビューする前から面倒をみてくれていて、デビューが決まった日には私たちよりも喜んでくれたのがマネージャーだった。
だから思うところがあるのだろう。
「くっそ! 活動休止したら星宮がやってる教育番組についていけなくなる! 子役との癒しが!」
そっちか。
「滝宮っち。そろそろ警察に捕まってもいいんじゃない?」
ここに来て初めて発言して笑ったのは澪だった。
思っていたよりも彼女は普通みたいで、後から冷静になって冷めたのかもしれない。
これからの話をある程度決め、皆が事務所から居なくなったのは辺りが暗くなってからだった。あれこれ話している内にもう共演したくないと言い合っていた二人は意気投合し、ライブでやってみたいことや歌いたい曲などを楽しそうに話していた。
もちろん今回全く関係ない私への謝罪もあった。今はまだ世間話が簡単に出来ないくらいの溝が深まってしまった二人だけど、いつか必ずいつも通りのCiElとして表舞台に立つと約束して。
そして――。
「大阪って言ったらやっぱりお好み焼きとたこ焼きとか食べたいですよね?」
「何言ってんの? まずは蟹でしょ?」
「七海ちゃんは?」
「ゲームセンターで遊び散らかす」
武道館ライブだけでは物足りないとファンからの意見に事務所が大阪と福岡も追加し、これからしばらくはファンと会えないから精一杯喜ばして来いと送り出された。
リハーサルなども含めて早めに目的地に着いては本番まで観光している。活動休止へ向けて少しずつ仕事の量を調節しているため、ゆっくりできる時間がいつもより多いのだ。
まぁ、リハーサルした日は疲れてすぐにホテルに帰っちゃうんだけど。
「またですか? じゃあ提案者に奢ってもらうってのはどうです?」
「じゃあ蟹一択。食べまくるよ陽葵! ついでに滝宮さん」
「え? 僕までいいの? ありがとう望月」
こんな感じで楽しんで、ライブして。一つ、また一つと終わっていくライブに寂しさもあるけど、二度と会えない訳でもなさそう。
これは女の勘だ。
「ちょ! そこは半分出してよ滝宮っち」
大阪と福岡はいつも通りのライブで、ゴールの武道館では他とは違って最後にこれからどうするのかなどの説明をしたいとお願いしていた。
だから曲が終わって静かになって澪が今回の謝罪を陽葵と共にし、絶対に返ってくるから待っていてほしいと皆に伝えた。
アイドルなんだから一から説明しなくてもいいって滝宮さんとは違うマネージャーに言われたけど、これはケジメとして話させてほしいと。
活動休止前のライブだから他のグループからの助けは絶対にいらないと言っていたのに――。
「初めまして! アクアマリンでーす!」
陽葵と澪の話の途中で私たちの知らないグループが突然介入してきて、勝手に歌い始めたのだ。
ファンも私たちも反応できなくてただぼーっと彼女たちの中途半端な歌を聞いていた。この件に関しては事務所から何も聞かされていない私たちは袖のマネージャーに視線を送ったら彼も知らなかったみたいで首を振った。
サプライズで現れたにしてはこう言っちゃ失礼かもしれないけど、歌とダンスが酷すぎる。
「CiElさんの妹分としてこれから頑張っていくので応援してください」
活動休止する私たちの妹分が出来たことすら知らないし、メンバーの数名が同期の子だったのだ。
次の日、私たちのライブよりもアクアマリンの存在がニュースを通して世間に伝わったと同時に、CiElは活動を休止した。
もちろん私たちのこともきちんと取り上げてはいても、突然出てきたアクアマリンという存在が気になるみたいで、勝手に「CiElの妹分」と表現していた彼女たちの映像をしばらくの間眺めていた。
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