第2話

 マネージャーが取ってくれた夏休み初日。生放送も上手くいってこれで心置きなく休みを満喫できると思っていたら、事務所から恐ろしい数の連絡が入っていた。

 無視するわけではないが今は夏休みだからとSNSから確認して事務所にはその後で、と思ったんだけどその連絡が何に対してのものなのかすぐに分かった。



 ――CiEl解散。



 SNSのトレンドの上位がCiElで埋め尽くされ、何事かと取り敢えずCiEl解散が何処から来たのかを探る。一つ一つ読んでいくがどれも「かも」や「そうじゃないかな」なんて言う憶測ではないことに驚き、何処からそんな話が出て来たのか更に探るととんでもない動画を見つけてしまった。


 いくつも拡散されているその動画を開くと、暖簾のれんで仕切られた半個室の居酒屋で澪と陽葵が言い争いをしている動画だ。しかもよく見るとそこには例のADくんまで居るではないか。


「終わった……」


 モザイクを入れてくれている動画もあるが無修正の動画が殆どで、どれだけ大きな声で言い争っていたのか声だけでも彼女たちだとすぐに分かる。最初に動画を投稿した人は逃げたのかアカウントが消えているみたいだけど、それを保存した人たちが次々と動画を貼り付けて広めている。


 ネットニュースも取り上げていて、事実確認をしているとかなんとか。

 事務所からの数え切れないほどの電話の後に届いていたマネージャーからのメッセージを確認すると、せっかくもらった休みの行動を制限する内容が書かれていた。


「せっかくクマ吉郎のプライス景品が入っているってのに。何やってんの」


 連絡はどれも事務所とマネージャーから。今回の騒動の中心人物であり私が一番求めている二人からは連絡が一切ない。

 動画の内容は昨日の夕方の出来事らしく、既にお昼のニュースではCiElについて取り上げられていた。取り敢えず私が出来ることは特にないし事務所にも家から出るなと言われている以上、ご飯を用意しながらテレビで情報を得ることに。


 同じ事務所の先輩が庇ってくれていることに申し訳なくその場で謝罪のメッセージを送った。


「星宮居るか?」


「いますよ~。リビングに」


 いつになるか分からないが私の家に来るとメッセージが来ていた通り、マネージャーが合鍵を使って入ってきた。


「ニュース観ながら優雅に飯かよ。既読になっても返事が返って来なかったからこれでも焦ってきたんだぞ」


「すみません。色々情報を集めている内にお腹が空いて。二人は今どうしてるんですか?」


「動画が出た時点で携帯を没収して事務所に泊まってもらっている。あの日僕が家まで送っていたらこんな事にはならなかったはず……。本当にすまない」


「マネージャーが謝らなくても。些細な事で喧嘩してこうやってニュースで取り上げられたけど、CiElはまだ活動出来るんだし」


「その事なんだが……」


 スーツ姿で立っていたマネージャーは突然床に膝と手をつき、床に頭を打ち付けながら土下座をした。それもゴンッと音が鳴るくらい。


「ちょ! マネージャー?!」


「すまない星宮!! 二人の問題をその場で解決する事なく適当に誤魔化した挙句、仕事が溜まっていたことを理由に、僕はその日彼女たちを例の居酒屋の前に送り届けてしまった。今回の件は当事者はもちろん、僕も悪い」


 顔を上げるように言っても動かないマネージャーは、言い争っていた二人を同じ場所に送り届けてしまったことを悔やみ、現在は顔を合わせたら掴み合いの喧嘩をするくらい二人の関係が最悪だと言った。


「こちらの方で仲を取り戻そうと思っているんだが、陽葵が何を言っても泣いて澪とは仕事をしないと言うんだ」


「え? 嘘でしょ? じゃあCiEl解散のニュースは間違いじゃ」


「……ない」


 CiElの人気にヒビが入ってもまた一から活動して人気を取り戻す努力をする、って自分の中で勝手に思っていた。あれだけ苦労して嫌な仕事も沢山乗り越えてきて今の位置を獲得できたのに……。



 そっか。


「お、おい! 星宮!」


 CiElがなくなると分かって自然と溢れてきたのは怒りでも悲しみでもなく、止められない涙だった。


「澪は何て言ってるんですか」


「陽葵を面倒だって言ってな。CiElとして活動してもいいがその中に陽葵の存在が無ければと言っていた。陽葵がいるなら自分が抜けると」


「皆、結構自分勝手なんだね。周りのこととか一番に考えないといけないファンの存在とかそういうの無視して一人の男を理由に解散とか。ダサいんんだけど」


 二人がその気なら私が反対しても意味がない。

 不仲のままCiElを続けてもファンに申し訳ないから。


「顔を上げてマネージャー。二人がその気なら解散するしかないよ。だってCiElは望月澪と春夏冬陽葵と星宮七海の三人でCiElだから。誰一人かけてはいけない。一人が辞めるなら皆でってグループ結成の時に約束したからさ」


 三日間の休みの間に気持ちが変わらなければCiElは解散。

 そのことをマネージャーに伝えると、何としてでも二人を仲直りさせてまたCiElとしてステージに立てるようにする。


 そう言って彼は事務所に戻った。



 意気込みも努力も私たちの為に動いてくれるのもありがたいが、どうしてかこの時ばかりは解散の二文字が頭から消えなかった。


「恋愛って面倒」


 準備したご飯は美味しそうだったが食べる気を失い、山盛りサラダはそのままラップをして冷蔵庫へ。食後に楽しみにしていた桃のゼリーを隠すように。



 それから私はずっとCiEl解散についてSNSとニュースを見まくって、マネージャー伝手でも知り合い伝手でもいいから彼女たちからの連絡をまってみた。事務所にいるなら誰かしら声を掛けるはずだから。


 でも初日も、その次の日も、そして休みの最終日も彼女たちからは一切連絡はなく、届いたのはマネージャーからの現状報告と、芸能関係の友達からの心配のメッセージ。


 どれだけ待ってもメンバーからの連絡はなかった。


「よし!」


 鏡の前に立って一般人の星宮七海からCiElの星宮海未へと気持ちを切り替える。

 テーブルに置かれたスマホの画面に映し出された「すまない」という、マネージャーからのメッセージに返信する事なく。



 一ヶ月後、事務所から世間に発表された無期限活動休止のニュース。

 それと同時に発表されたのは武道館ライブについて。来年の夏、CiElが結成された七月三十一日に全国の映画館からライブビューイング中継もされると。


 それは元々デビュー五周年記念として計画されていたものだった。

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