後日談

「さて、と。どうだ? 黒木さんよ。満足したか?」


 ソーはとある公園に来ていた。ソーはベンチに座り黄昏ている一人の男に声をかけた。彼は眼鏡を上げて、手で表情を隠そうとしていた。だがその雰囲気からは哀愁が漂っていた。ソーの言葉とは裏腹のようであったが、手をどけたとき、口角が上がった口元が見えた。


「さあ。どうでしょうか」


「しかし。わからんね。あの透も。まあ、いいんだけどさ。それと、お前もだよ。あんなに憎んでいたのに、簡単に許すとは思えなかったんだけどな」


 黒木はゆっくりと顔を上げた。無限に広がる空を眺めるその眼はどこか澄んでいた。ソーは隣に腰掛けた。そして、黒木が見ている方角をぼんやりと眺めた。


「あなたなら薄々いや、はっきりとですか。感じているのではありませんか? 私の台本に」


「……その台本とやらもほんの一部分だけだろ。それにしても、無理やりな部分はあったけど、気づかれなくてよかったんじゃないか?」


「ええ。だって、私の理論で行きますと、貴方も始末の対象になりますからね」


「ははっ。そうだな。確かにそうだ」


 ソーは高笑いした。


 そのあと、二人に会話はなくなった。そして、しばらくの沈黙が流れる。大人が同じベンチに座り、空を眺めるだけという不可思議な光景がうつる。

 

風がなびく。


 今までの出来事があっという間だったという事を示すかのように風が彼らをすーっと通り抜ける。


 沈黙を最初に破ったのは黒木だった。つばを飲み込み、重い言葉を紡ぐようにしてゆっくりと語り始める。


「昔話をしてもいいですかね?」


「ん? ああ、別にいいよ」


 黒木は軽く鼻で笑った。彼はそのあと、下唇を噛む。そして、ゆっくりと口を開いた。


「私には大切な人がいました。まあ、それはご存じの通りかもわかりませんが。彼女は、私の幼馴染でした。幼稚園のころから一緒で、不思議なことに高校まで一緒でした。家が近所だったという事もあったのでしょうが、両家共に仲が良かったです。よく遊んでいました。私にとって彼女を家族のような形で接していた。当時は恋心のような浮ついた気は一切なかった。近すぎた故に思えなかった、いえ、でも、今にして思えば、当時の私は彼女へ恋心を抱いていたのかもしれません。しかし、私にはそう想う勇気がなかった」


 ソーは背をもたれかかり、腕を組んで黒木の語りを無言で聞き届けようとした。


「大学は別れ別れになりました。お互い他県の大学へ進学しました。時々は連絡は取りあったり、たまにはお互いのところへ遊びに行ったりや、実家に帰省したタイミングでお酒を交わしたりしていました。私は彼女のことをそうですね、やはり好きでした。本当の家族のように、妹のように可愛かった。しかし、付き合ってはいません。なぜなら、彼女は違う男性と恋に落ちたからです」


「……」


「子供の頃に私は彼女と2人で、遠くに咲く花火を見て、木々が紅く色づいた道を歩いて、かじかんだ手に白い息を当てて、花がまた散るその景色をずっと隣でみていました。でも、途中から進む道が変わったのです。ずっと一緒にいられるなんて、まるで夢のような出来事なんです。それを風がくれた便りが知らせてくれました」


「……」


「ああ、そうそう。彼女は斎藤佳苗といいます。結婚して名前は変わってしまったのですが。佳苗は元気な男の子を産みました。私は彼女によく似た赤ん坊を写真で見たとき、もう遠くに行ってしまったんだと実感しました。でも、好意は変わりません。私にとって、佳苗が幸せであるという事が、何事にも代えることのできない幸福だったのです。だから、このまま幸せな家庭を築いていてほしかった。数年が経ってもその思いは変わり映えすることはなかった。ですが、あの事故があり、その望んだ幸せは泡となりはじけ飛んでしまったのです」


「例の事故のことだな」


「ええ。佳苗とそのご主人は帰らぬ人となりました。でも、幸いにもその子供が生きていました。佳苗の面影を残したその少年は今も立派に生きていました」


「……それで?」


「……恥ずかしい話ではあるのですが、私はイオルさんに対しての殺意が復讐によるもので、それが佳苗の無念を晴らすものかと信仰していました。ですが、佳苗に止められた気がしたんです。彼女の面影をおぼろげに、いや、はっきりと見たんです。その彼女は私に「大丈夫、いいんだよ」と優しく言ってくれたような気がしたんです。だから、私はもう何も思うことはなくなりました」


 黒木は奥歯をかみしめる。唇が震えていた。


「これで私もようやく前に進めるような気がします」


 黒木は立ち上がった。ソーは彼の背中を眺めた。


「ソーさん。ありがとうございました。多分、もう二度と会うことはないでしょう」


 そう言って、そのまま立ち去っていくのであった。


「……」


 一人残されたソーは深いため息をついた。額に手を当てて、うなだれた。


「変な話しやがってよ……」


 髪をかきむしり大きなため息をもう一度ついた。そうすると電話が鳴った。彼はそれを手に取った。


「はい、もしもし」


『やあ。どうやら、すべて無事に終わったようだね。ありがとう』


「はいはい。どういたしまして。言われたとおりに、一封も渡しておいたよ。あと、追加料金もそちらで持ってもらうよ」


『それは大丈夫。しっかりと振り込むから、心配しないように』


 電話の主は大きく笑っていた。


「しっかしな。丸く収まってよかったんじゃないか? お前の描いた絵図のようになってよかったな」


『それは、君のおかげでもあるよ。……僕はね憂いていたんだ。妹の大切な息子の透君の事、「SMP」のイオル君の事、そして、大事な社員の黒木君のことも。3人とも、あの事件にずっと囚われていた。あそこから、彼らの人生――時は止まってしまっていた。だから、このようにしてみんなの時計の針を進めたかった。過去を清算し、未来へと進んで歩いてほしかった。その望みが君のお蔭で成った。ありがとう』


「どういたしまして、と。しかしながらまあ、色々あったけど、終わりよければ全てよし、てことでいいかね?」


「ふふ。相変わらず変なところで適当だね。まあ、また何かあったら、依頼するよ」


「はいよ。そん時のお気持ちは四角いものを分厚くどうぞ」


『わかりましたよ。じゃあ。よろしくね』


「いつでもごひいきに。斎藤史さんよ」


 そういってソーは電話を切った。そして、立ち上げり、背伸びをする。首をぐるんと回して、あくびを大きくする。そして、彼も公園を後にするのだった。

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その未来の先に何があるのか 春夏秋冬 @H-HAL

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