第22話
「うっ……」
オレは目を覚ました。ゆっくりと起き上る。オレは爆音に顔をしかめた。そして何事かと音がした方を見た。
そこには、
瓦礫が宙に浮いている。それが勝手に踊っている。ソーを攻撃していた。ソーは紙一重にそれをよける。防戦一方という感じで、攻撃に転じられずに四苦八苦しているようだった。
とりあえず二人の戦いは凄いものだった。人間離れしているといっても過言ではない。目で追えないような速度で移動したりや天井にまで届く跳躍。
爆発やらも起きていて、本当の意味で火花が散っていた。
オレはゆっくりと立ち上がる。考えを巡らす。
「オレのやるべきこと……」
オレは呟いた。そして、イオルの記憶の中での雪華との会話を振り返った。
あいつに……あいつらにやるべきことがあるなら、オレにだってある。
オレは小指以外の指を全て折りたたんで、その小指をジッと見つめた。そして、ぎゅっと拳を握った。
「ようやくお目覚めですか」
オレは声の主が誰かすぐに分かった。
こんな光景を目の当たりにしたので、目覚めたばかりだというのに頭が良く働いていた。
「黒木……さん」
「呼び捨てで結構ですよ。「さん」だとかそんなの、今はどうだっていいのです。ところで。大丈夫ですか? 体の方は」
「だ、大丈夫だけど……」
言われて気が付いた。よくよく体を調べてみると、外傷らしきものはどこにも見当たらなかった。だが、脇腹付近がずきずきと痛む。
「すみませんね。貴方を撃ってしまって。反省をしています」
「なんで……? なんで無事なんだ? オレは?」
「簡単な話です。これ、実弾は入っていないんですよ。ゴム弾です。さすがに、傷をつけるわけにはいきませんから。まあ、脅しの為に用意していたのですが」
「最初からイオルを殺す気はなかったというわけか?」
黒木は首を横に振った。
「あの娘が撃たれた貴方を見て、このように暴れだしました。私はこの状況を作りたかったのです。よく見てください。あれが、彼女の本当の姿です。それをあなたに見せたかった。ただ、それだと危険ですので、彼がああやって相手をして我々の被害を最小限に抑えようとしています」
「ソーさんが……」
「ほら。これを見て何も思いませんか? やはり、彼女が我々にとって脅威であるということを。アレを見れば分かるでしょ? このような爆弾を彼女は抱えているのです。力のなき弱きものにとっては畏怖の対象であり、脅威なのですよ。たとえ貴方が私の気持ちを惑わそうとしても、それは揺るぎない真実なのです」
「いや。アレは……事実だ」
「貴方はそう。事故であるといいはる。それは事実でしょう。彼女がこのようなことにならなければ、凄惨な事故は起こりうることはなかった」
オレはイオルの記憶を思いだす。
「あのような能力を使い、彼女は被害を拡大させたのです。それは確かな罪ですよ。罰が必要なのです」
「……」オレは黙った。
「危険な存在は排除。異常なものは排除。それがこの世の定めですよ」
「なあ……黒木……本当にそうだと思うのか?」
「ええ。もちろん」
「だったら、オレがそれは違うと証明してやる」
「どういう事ですか」
「そのままの意味だ」
オレは歩きだした。危険地帯に自ら赴こうとしている。
「ちょっと、おやめなさい!」
黒木が止めようとする。だが、オレは構わずに歩きだす。
これがオレのやるべきことだ。だから迷わない。
ガラスの破片がオレの方へ飛んでくる。それは運よく逸れた。ただ頬をかすめて切れただけだった。
これから先は命を伴う。だが、そんなのは関係ない。命を賭してまで進まなければ何も変わらないからだ。
「ソーさん! 下がってください! あとはオレがやります!」
オレはソーに向けて言った。ソーは驚愕した面持ちで「何を言っているんだ! あぶねぇから下がっとけよ!」と怒鳴る。しかし、オレはもう一度ソーに頼んだ。ソーは舌打ちをしてイオルの攻撃を防ぎながらわずかに下がった。
「イオル! こっちだ!」
オレは自らを標的にさせた。そうしてイオルの視線を完全に向けさせる。
オレはまっすぐ進んでいく。視線は絶対にそらさない。向き合い続ける。
イオルは奇声をあげる。そして何かの能力ちからを発動させた。オレは吹っ飛んだ。身体が空中に浮き、数メートル飛んだ。そのまま地面に叩きつけられると思ったが、間一髪のところをソーに助けてもらった。だからそれほどダメージはいっていなかった。
「どうしたんだよ。お前は」ソーはやや怒り気味で言った。
「手は出さないでください。これは……オレとあいつらとの問題です。オレが……やらなくてはいけないんです」
オレは立ち上がる。フラフラの足取りでまたイオルに歩み寄る。
「イオル。オレはお前に何もしないさ。誰も傷つけない。そうはさせない」
オレはイオルに話しかける。しかし、イオルは聞く耳を持たない。それだけではなく物を飛ばしてきた。何かの器材だ。それはオレの左肩に直撃する。オレは肩を抑える。苦痛が広がる。だが、止まらない。
オレは懸命にイオルの傍に行こうとする。イオルは絶叫する。苦しむ。もがいている。
ガラスの破片がオレを目指して飛んでくる。だが、それは外れる。外傷はなかった。
どんどんと距離が縮まっていく。
イオルは暴れながらオレに攻撃を打つが、どれもこれもぎりぎりのところで外れる。
そうして、とうとう、手の届くところまでやって来た。イオルは最後に攻撃を仕掛けてきた。それは目視が出来ないものだった。威圧感だけを感じた。しかし、オレはよけなかった。それが見えていなかった、というのではなく、こいつらなら大丈夫だという信用からだ。
イオルが叫びながら攻撃をしかけたあと、オレの横側に強烈な風圧が届いた。思わず体の全てを持っていかれそうなほど重たいものだった。
しかし、オレは耐える。歯を食いしばり、足に力を込めてそれを乗り切る。
オレはイオルを見る。イオルは狂気の孕んだ瞳でオレを睨み付ける。そして、また何か攻撃を仕掛けようとしている。
「もう大丈夫だ」
オレはイオルをそっと優しく抱きしめた。
「恐いものはもう、ない。だから、落ち着いてくれ」
腕の中でイオルは必死に暴れる。力は向こうの方が上だ。
「オレはお前を傷つけない。だから落ち着いてくれ」
オレも力強く抱きしめているわけではない。だが、イオルはその腕を振りほどけないでいた。
「イオルは……もう、苦しまなくていいんだ。もう十分に苦しんだ。だから、もう、楽になっていい」
イオルの暴れる力がどんどんと小さくなっていく。やがて、それを受け入れるように力が抜けていく。
「バカな事をやって、遊んで、話して、笑いながらみんなで普通に日々を過ごしていきたい。その中には、お前もいてほしい」
イオルは「うっ……うっ……」とうめき声をあげる。瞳にあった狂気が薄れていくのだった。
「オレがお前を……守ってやるさ」
それが……二人の、約束であるから。
イオルの狂気はすっかりと消えて無くなっていった。重苦しい空気はさっぱりとなっていた。
イオルは多分、薄れる意識の中でオレにこう呟いた。
「ごめんね」そして「ありがとう」と。
イオルは完全に意識を失う。ガクッときた。イオルの重さを一身にうけた。オレはそれを抱き留めた。体をする抜けることなく、しっかりと受け止める事が出来た。
オレはフッと笑う。
イオルは子供のような安心した顔で眠っていた。その表情は本当に安らかだった。
オレは「まったく」と嘆息して、イオルを強く抱きしめるのだった。
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